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明治32年春場所三日目 (朝日新聞/明治32.1.11)

○回向院大相撲
・昨十日(三日目)は朝まだきより曇天なりしが、二三の好取組のあると前々よりの付け込み総見物のありしとにより場内溢るるばかりの好景気なりし。
尼ヶ崎小西川は、小尼より寄られて廻らんとする後ろより突かれての負け。
待乳山千田川は、左四ツにては上手ミツを取り捻らんとせしには下に潜り右外枠に取って反りを打ちたるより、は耐える術なくしての勝は妙手。
高千穂岩木野は、互いに左を当て右を巻き挑みしがやがて無双を切って寄り進むを、は土俵際に踏み耐えて廻りたればは己れの力にて敗を取りたり。
若狭川改め橋立鳴瀬川は、の突掛けに危うくなり寄り返さんとする鼻をは送り出して勝を取りしは体量の優りし徳なり。
岩戸川鳴戸龍は、左四ツの競り合いにて右を引きすぐ釣って勝は先づ当然。
淀川淡路洋は、右を取って泉川に掛けしもは全身の力にてよく防ぎ、の少し緩みしを其のまま筈に当て押切っての勝。
金山利根川は、突き合いハタキ残したれど腰の据わらぬ間により突き出して勝は儲けもの。
荒雲嶽ノ越は、突き合い烈しく寄り進むより、はここを先途と防ぎ左外掛にて巻き倒さんとせしも、は浴びせての勝は相変わらず。
松ノ風は互角の技倆なるが、立ち上りすぐ諸筈にかいて働かせぬよりは具合悪しく体を開く途端、より付け入られて押し出されしは案外なり、もし四ツ身に組みなば面白かりしならん。
谷ノ川鬼竜山は幕下一二の好取粗にて、両力士は荒々しく突き立てしがは素早くハタキてのヒルムを又ハタキて敵の体屈むを又々ハタキ直し突き出しての勝は残念なりしならん。
天ツ風高見山は、左四ツの捻りにての勝は前後にあるまじ。
頂キ不知火は、右四ツより合四ツとなり頂キ釣り身に行くを不知は釣られじと体を引く鼻を捻って頂キの勝は綺麗。
響升御阪山は左四ツの押切りにての勝は評すまでもなし。
越ヶ嶽狭布里は、立ち上りは首投げを打ちしがは残してすぐ左内枠にて見事の勝はの馴れぬ技を施したる故なり。
外ノ海鶴ヶ濱は、右四つにしっかと組み外は満身の力にて寄り進むより、負けじと外掛にて防ぎしももたれ込んで勝はの前途思いやらる。
大見崎鬼ヶ谷は、双方劣らず突き合い一寸ハタキて効かず、また突き合い突き出しての勝は得意を敵に占められしなり。
稲川谷ノ音は、右四つにては左を巻き左前袋を引き体を落して足癖を防ぎ居れば、流石のも仕掛ける術なくして水となり、のち同様にて引分、観客は面白からぬも力士は疲れたり。
源氏山松ヶ関は、右を当て左を巻きは右を筈にかい左を巻きて互いに揉み合い、やがては左上手横ミツを取り釣り身に行くもは支えて釣らせず、水入後双方とも取り疲れて引分は大相撲にてありし、この角力今少し都合よくば面白かりしならん。
若湊大砲は、の右差しを抱えて其のまま押切りの勝は小児を弄するが如し。
朝汐大蛇潟は、の左差しをは巻き左を筈に当てしが、は十分の取り口で右に前袋を引きて攻め寄るをは耐えて寄り返したるが、又も攻め寄るには体を外して二丁投げを打ちて決まらんとするに、の体先に落ちしとて団扇はに上りしが、の体は土俵内にありかえっての体は無しとの物言い付きて丸預りとなりしは、の不幸は儲けものなりし。
小錦玉ノ井は、左四ツにて釣り身に行くをは釣られじと足癖にて防がんとする隙にの勝。
・中入後、鉞り國見山は二三合突きての勝は相撲にならず。
八剣鶴ノ音は、の二本差しにて苦なく釣り出し八剣の勝は素早く得意を施したるによる。
増田川高ノ戸は、突き合い逃げ損じて踏切りの勝はの妙手も出でざりし。

○角觝雑俎
・水戸出身なる当時日の出の力士常陸山は、当場所初日に徳川侯爵(旧水戸家)より化粧廻し一領及び金三百円を頂戴せしと、その勢い虎に翼を添えたるが如きものあらん。
大戸平廣吉は来たる五月の大相撲より検査員に加わるよう当選になり居りしが、現任検査員清見潟が弟子清見潟の名跡を譲りて辞任し欠員を生ぜしため大戸平は更に亡師尾車文五郎の名跡を襲いで検査員になり、すでに一昨日の初日より四本柱の一隅に控え居れり。
・貧乏神へ背進したる小天竜は、今度旧年寄荒汐の寡婦に示談し其の名跡を譲り受けぬ。
・行司木村銀次郎は行司を廃業して年寄峰島の跡を襲ぎ桟敷監査役となれり。
・かねて噂ありし好角同志会員は、一昨日本年第一回の総見物をなし場所終わりたるのち中村楼にて懇親会(会費一円)を開き各力士も来たりすこぶる盛会なりしが、来会の筈なりし板垣伯には事故ありて出席なかりしと。
○ひいき相撲
・力瘤というもの手足の節々に張るべきを、もし誤まりて頭部面部に現れなば余程奇妙の姿となり角力場の諸見物はさながら百鬼夜行の絵巻物、帽子衣類の羽なくして宙を飛び喝采の声の雲晴れながら雷を起すなどは何でもなき事となるべし、その絵巻物の一人に本所区若宮町百三十八番地の鋳物師右田萬次郎(四十一)という角力好きありて町内の評判男、未明に響く櫓大鼓に天下泰平の音あれど家内は為に安全ならずソレ相撲が始まったと自己が商売を晴天十日間休業して見物に行き、今日の取組も面白かったが明日はまた好い取組があるよと番付をくり広げ、モシ私の贔屓を当てて見なさい、ナンノその様に同という字を五六人共同で担いで居る同居人とは違います、憚りながら当時西の前頭四枚目海山関という強者さ、ナニ贔屓の引倒しだ?是れはけしからん角力に引倒しなどは洒落が悪い、と骨を折って肩を入れる海山びいき例も前夜より取組を枕辺に置きて海山を勝たせたいとの一念よりウロ覚えの四十八手敵がこう来りゃこう差してそこだヨイショと大声を発し家内の夢を驚かせしもたびたびなりき、この男大場所二日目に海山常陸山との取組と聞くや我が身の一大事より気を揉みて首尾よくに勝たさせたまえと神仏に祈りアア常陸が今夜のうちに痩せ細り序の口位の力量に減じたならこんな苦労はあるまいに、と冗な考えも起こりしに、ましても強いがどうでも是れは常陸のものらしいと人々の評判一致せるより萬次郎は大不平、せめて評判だけでも勝たせたいと湯屋理髪床に押し掛けて常陸のひいき争い、大概の人は体よくあしらいて「なるほど常陸の水戸と甲斐の甲府といずれ力が遠いとも云えませぬ」ナニサ旅角力の話ではない大場所の取組の事だ解らねえぜと泡を吹いて力み返り、二日目は早朝より見物に赴き溜り際に座を占めて頭から砂を浴びるも更に恐れず今や遅しと待ち構うるうち番数も取り進みていよいよ海山常陸山両人の取組、サアここだしっかり頼むぞと肘を張り肩をそびやかして海山海山と呼び立つる声も枯れんばかりなりしが、笑止や団扇は常陸に上がりて噂の如くの負に萬次郎の失望一方ならず、叶わぬまでもおのれ常陸に武者ぶりつき指の端でも喰い欠かんと焦るのみ、いまいましさに後の相撲も見ずトットと帰宅すれば女房おもとは待ち受けて、用の多い所をいい加減になさいと一本極めつけたるに、只さえ癪に障り居たる今日の勝負の思惑違い、その鬱憤を女房に向けてエイうるせえ手前などがツベコベと口を出すから関取が負けたのだ亭主の贔屓相撲を負けさして済むと思うか、と突然火鉢に掛けたる土瓶を取って浴びせかけすぐハタキ込んで亭主の勝という所を女房もさる者、軽く廻り込みて亭の出鼻を突くをすかしながら引落されて女の負、されども亭に無理ありと物言い付きて行司代わりの警官が説諭に、場所預かりの成敗は是非なし。

幕下の待乳山(まつちやま)は二枚鑑札の元十両勝平、潜り込んでの反りが決まって業師まだまだいけます。外枠というのは現在聞かない技名ですが足取りのような感じでしょうか。場所前に引退報道もありましたが誤報だったか方針変更か、現役を続けて来場所には十両復帰も叶えてみせます。幕内の越ヶ嶽(こしがたけ)は内枠で勝利、狭布里(きょうのさと)が首投げに来るのをこらえて相手の足を内側からはねあげて倒したのかなと想像します。現代ほどの巨漢力士はいませんので足を使った技が多く見られます。ニュースの方、前頭3枚目に下がっている元大関の大戸平はすでに引退して早くも勝負審判になっているようで、欠員のため予定より一場所早まったと報道されています。木村銀次郎も引退、昔は行司も親方になることが可能でした。峰島は峰崎の誤記でしょう。桟敷監査役というのは場内整理係のことでしょうか?最後の記事は海山の熱狂的ファン、本人は真面目なのでしょうが面白いです(笑)

明治32年春場所星取表
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2013/02/11 16:36】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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