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明治31年春場所3日目 (朝日新聞/明治31.1.9)
○回向院大相撲
・昨日(三日目)は申し分なき好天気なるに、かてて加えて前日来付け込みの総見物多く、場内立錐の地もなき大入にてありし。
淡路洋鬼龍山は、突きの一手にて淡路突出さる。
高千穂嶽ノ越は相力士、左四つの挑み合いにてはついに押出されての負は残念。
雲採虎勇は、右四つより釣っての勝。
司天龍御舟潟は、互いに秘術を尽くしてもみ合いしが、御舟司天の矢筈を外し御舟の勝は手際なりし。
金山岩戸川は、立上り岩戸の左を引張り込み泉川に行きしが、はこれを解きてすぐに突張りての勝は拾いものなり。
境嶽勝平は、芽出しのに手練の勝平、互いによく働きしが二度の出端をは突張り突き離しての負けはに似気なし。
八剣は幕下の好相撲にて、が二本を差して一斉に押切らんと急るを、は一心に防ぎたれどは押さえ掛け寄切りにて勝を占めしは天晴。
増田川鶴ヶ濱は、立上りの鉄砲には受身となりヂリヂリ退く、此方は気を倍し左筈にて押切りの勝は骨折らず。
玉風若島は、の元気にの回復いずれの勝と定めかねしが、の立ち後れをは隙なく突きついに突き出しての勝は角力にならず。
外ノ海天津風は、の二本差しを天津の片閂にて絞りつつ寄り出さんとせしが動かずして水となり後、右は殺し合いて二三合揉み合いしが、果てしなくして引分は五分五分。
千年川唐辛は、千年の出端には右手を引込ませ一本背負に行きしが千年の体量の重きにしばし猶予のありしかば、千年は上より左手を伸ばしの内股取って引きたればは腰砕けて押し潰され様の悪さよ。
北海高浪の突張り強く、は東溜りの隅にて今一足という一刹那、は捨て身にて勝を占めしは僥倖。
源氏山松ヶ関は、突掛け角力にて体が合えば手四ツとなり離るれば突掛けのニ手にて、ついにの勝は興なし。
當り矢大砲は、の右筈にては平押しに押され土俵際にて突離しの勝は小児を弄ぶに似たり。
黒岩大戸平は、の足に癰の発して治療中ゆえ休み。
逆鉾不知火は、立上り不知の左手を取りトッタリに引くを、は敵の右を殺しそのまま預けて押行けば不知は寄り返す暇なくして寄切りの勝は造作なし。
大蛇潟海山は喝釆に迎えられ土俵に上るやマッタ数回にて立上り、最初左四ツよりは右前袋を引きは左を巻き投げを打ちしが敵は大兵ゆえよく防ぎて効かず、水入後取り疲れて引分は大角力なりし。
小錦梅ノ谷は、の人気に場中は拍手喝釆しばし鳴りもやまざりしが、両力士は悠々と場に仕入りゆたかに立上りて、の突きをは頑として動せずたちまち右四つとなり、離れてが左をさす出端をが引掛けて捻りたる力には堪え得ずコロリと倒るるや否や、場中総立ちとなり羽織帽子は雨あられの如く飛散り喝釆割るるばかりにて十分間余も静まらざりしは近来の大角力にてありたり。
・中入後、岩木野松ノ風は好取組にて、相四ツに挑みの左をさし替える途端がひねっての勝はの不覚なり。

黒岩は足のできものが化膿したのでしょうか、休場となりました。現在でいう大戸平の不戦勝といったところですが、当時のルールでは両者休みとなります。新聞記事にこうして休場の情報が出るのはこの時代まだ珍しいです。不知火は注文相撲で軽量逆鉾に挑みますが速攻に敗れ、元気者を止めることは出来ませんでした。梅ノ谷は小錦に挑戦、体力を生かした相撲で初金星を挙げて場内大騒ぎとなりました。これぞ番狂わせ、時代の分かれ目と言っていい一番かも知れません。小錦はこの後引退まで梅ノ谷には勝てなかったのです。

明治31年春場所星取表

西前頭5・梅ノ谷音松
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2010/02/07 00:05】 | 大相撲 | コメント(2) | page top↑
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コメント
こんばんは。
この画像の「梅ノ谷音松」とは後の横綱「梅ヶ谷藤太郎」ですよね?画像だけだと絶対の自信がありますが、梅ノ谷の四股名を使っていた時期があるとは知りませんでした。「ノ」を勝手に「ヶ」と思い込んでいたのかもしれないです。

私は梅ケ谷2世の容姿(顔ではなく全体像)が大好きなのです。まさしく「お相撲さん」の曲線美を持っている力士だと思っています。失礼を承知で言えば、強くは見えない体つきなのですが梅ケ谷2世は「絵になる」と思います。

【2010/02/12 03:23】 URL | Gacktoh #GCA3nAmE[ 編集] | page top↑
お久しぶりです(・ω・)ノ
まさに「怪童」
この梅ノ谷音松は順調に出世し大関に昇進、4場所目に「梅ヶ谷藤太郎」と改名して
横綱にもなるのですが、この画像の頃はまだ若くて細いですね(笑)
これから徐々に成長していく様子を新聞記事から紹介してまいりますので
今後もよろしくお願いします。
私も、横綱時代の二代目梅ヶ谷のフォルムは大好きです。
横綱になるために生まれてきたとしか思えないような・・・綱がよく似合います。
【2010/02/12 22:04】 URL | gans #-[ 編集] | page top↑
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