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明治31年春場所初日 (東京朝日新聞/明治31.1.6)

○回向院大相撲
・昨五日の初日は、陰晴不定の天気なりしにも拘わらず観客の入場七分以上ありて好景気なりし。
怪力嶽ノ越は、手練の苦もなく押切っての勝。
岩戸川境嶽は劣らぬ角力、の突手に岩戸は負。
千代川改め高千穂御舟潟は、御舟例の下手に入りしが血気のに振られて負。
金山松ノ風は、の片眼敵の隙を窺知し能わぬか、の押しに踏み切りての負は是非もなし。
岩木野高浪は、のニ本差しを左片閂にて捻らんとするも、は耐えて押切らんとする途端、は一寸体をかわし左内掛けにて捻りの勝は老練なり。
増田川鬼ヶ谷は、立上るや否やの突き手には土俵の外。
當り矢鶴ヶ濱は、立ち上り突合いの左差しにて防ぐを當りは諸筈にて寄りつつ左筈にて見事に押切ったり。
千年川谷ノ音、二三年振りにての顔合せ、千年が右差しにて左を当てしをが寄って諸差しに行き、千年の進み寄る体の軽きを諜りて捻りの注文極まりての勝は順当なり。
源氏山若島は、はやや立ち後れしも角カ上手の事なれば直ちに懐に飛び入らんと進むを、は二三度ハタキしが効かずして左四つとなりて挑み合い、水入後取り疲れて引分はの強きかの劣れるなるか。
大見崎(玉龍改名)大戸平は、大見の右差し大戸は左を巻き右差しにて振り出さんとせるも、大見はよく防ぐより大戸はもたれ込んで勝を占めしは流石なり。
大蛇潟大砲は、体格共に似た角力にては下手に入り二本差しに組むを、は閂にて絞らんとあせれどは解けて左筈になりの差し手を防ぎたるが、の猿臂はたちまちの左を取りて挑みぬ、されどの体は動かず水入後引分は面白し。
逆鉾小天龍は、突合いの一手にて小天は西溜りへ落ち入りたり。
北海海山は、立ち上りは小手投げに行くをは危うく残して直にの浮き身を押切らんと進むを、は体を廻して防ぎつつ尚進むの左差しを掬って見事の勝は関脇の貫目確かに見ゆ。
小錦不知火は、不知の懐に入らんとするをは突きつつ押切りの勝は苦もなし。
・中入後、常陸山稲瀬川は、の左差しを諸手に軽く振ればの体飛んで西溜りへ落つる有様、鞠かとぞ疑わる。
大纒鬼鹿毛は、の右差しをは左に巻いて内掛に行きしも、は素早く解きて寄切らんち進む途端、の逆投げにて見事に極まる。

・当場所は非常の好景気にて、勧進元と関取とへ贈られし幟は九十六本の多きに及び、また東西の桟敷上等場所は既に売り切れ、総見物の付け込みおびただしと。
・今度の番付にて評判の幕下力士常陸山は東の十一枚、国見山は二十一枚、錦山は三十六枚目にいずれも昇進せり。
・一時協会を脱走したる一力は、新番付に出でざるも初日より再び出勤し、また大碇はなお帰京せざれど四五日頃より出勤の運びに至るべしという。
・例の物価騰貴のため、本年より木戸札大人十五銭小児十銭に引き上げたり。(1.5)

新年を迎えて、新しい場所が始まりました。番付では東西に新小結、前年に旋風を巻き起こした期待の逆鉾と荒岩が並んでいます。新入幕は梅ノ谷が大抜擢の5枚目に据わりました。常陸山は幕下11枚目との事ですが、当時まだ十両と幕下の区別があいまいで、十両もまた幕下の一部という認識がありましたので、この11枚目というのは十枚ある十両のすぐ下、現在でいう幕下筆頭という地位に当たります。並び称される国見山、のちの大関です。錦山は出世できませんでしたが当時としてはアンコ型で、期待されていたようですね。初日取組、まずは順当な結果でした。

明治31年春場所星取表
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