スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
明治30年夏場所7日目 (東京朝日新聞/明治30.5.23)

○回向院の大相撲
・昨日(七日目)はますます好人気にて、正午頃には場内立錐の余地を見ざりし。
祇園山大鳥は、突き出しの勝。
司天龍甲岩は、寄ての負。
最上山鷲ヶ濱は、突き出しての勝。
千代川梅錦は、の蹴返し利かず腰砕けて自から敗を取る。
尼ヶ崎鶴ノ音は、釣りての勝。
鳴門龍鉞りは、鉞りより首投げを打て極りしが同体に流れ、かえって鉞りの肩口早く落ちしがために勝を占めらる。
金山磯千鳥は、左四ツにて挑みの捻り極りての負。
八剣雷ノ音は、突き合いての右足を取らんと逃げ廻りしも逃げ損じて寄り倒されしは、元気過ぎの失敗。
虎勇御舟潟は、互いに下に付け入らんと中腰の手四ツにて競り合い、取り疲れて引分はさながら床下の相撲の如くなりし。
鬼龍山松ノ風は、が右差しにて寄り返したり。
萬力鶴ヶ濱は、右四ッより相四ツにて押合いが引立てにて寄り切りたり。
境嶽勝平は、右四ツにて右を殺し合い互い得意の下手投げと足癖を行くもよく残して極らざりしが、惜しむべしは病後に疲れてやの内枠にてもたれ込まれたり、もっともは巧者なりし。
稲瀬川横車は、が右四ツの下手に行きて押し合い、の釣り身を土俵際にてサバ折りに行きしも体すべりて寄倒されの負。
高見山唐辛は、突合いての左差しにては寄り倒されたり。
大纒高浪は、左相四ツにて右を攻め合いが寄て投を打つ途端、は右を差して逆に打返しの体は土俵外に落つ。
増田川小天龍は、小天ようよう立ち後れしも増田の突きを受けつつ突き返し、更に突合いしが遂にの突きにて敗を取る。
梅ノ谷荒岩は実に近世無類の好取組にて、その昔天保年間小柳荒馬の好角觝ありし以来のものならんと老功者は片唾を飲んで見詰めたるに、両力士は立ち上るや突合いて左四ツとなり、の左差を巻きて挑み一寸より腰投げを見せたれどの体は感ぜずして又もや少時揉み合い、水となりのち取り疲れて引分は大相撲なりし。
源氏山谷ノ音は、片手車よりが左差となりて寄るをは例の蛙掛けにてて捻り倒さんとすれど、は軽く防いで遂に同体に落ちの方少し後れしとて団扇はに上りしも、物言い付き丸預かり。
越ヶ嶽海山は、左四ツにては上みつを引きの左差しを巻きて小手投を打ちしもが防ぎて利かず、更に注文中が投げを防いで充分に腰を落したるを見すましウンと引落したるがための体海鼠の如く伸び臥しぬ。
小錦大戸平は、一寸突き合ては右を当て寄るをは正面溜りの詰にて残し、左を差し一本鎗にて寄り行くを、は西溜りの詰にて耐えつつ捨て身にての勝は得意の手なり、も残念の事ならん。
・中入後、常陸山は左四ツにての寄るを小手投にて浴せ掛けの勝。
岩戸川淀川は、突ッ張りにて岩戸は突き出されたり。
玉風大戸川は、の左差しにて寄切られたり。

場所は終盤を迎え、景気も上々です。梅ノ谷と荒岩の対戦は江戸時代の取組に例えられていますが、この時から見れば60年程度前のことになるので、実際に天保年間から相撲を見ていた人もまだいたことと思われます。天保末期~嘉永年間にライバルとして人気を博したアンコ型の小柳と技能派の荒馬、タイプ的にも似ている梅ノ谷と荒岩の決戦。決着つきませんでしたが盛り上がったことでしょう。西の副将海山はタイミング良い技で5勝目。優勝争いという概念がもしあれば、荒岩と2人トップで並ぶという展開です。ナマコのように伸びた越ヶ嶽(;・ω・)

明治30年夏場所星取表
スポンサーサイト
【2009/10/26 23:51】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
<<明治30年夏場所8日目 (東京朝日新聞/明治30.5.25) | ホーム | 明治30年夏場所6日目 (東京朝日新聞/明治30.5.22)>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。