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明治30年夏場所3日目 (東京朝日新聞/明治30.5.19)

○回向院大相撲
・昨日(三日目)は朝来曇天なりしも柳派落語家ほか二三連中の見物もありて中々の大入なりし。
金山淡路洋は、突き合いたる後突張ての勝。
八剣最上山は、左四ツの釣にての勝は順当なり。
鉞り境嶽は、の左を撓めつつ寄り出さんとする時、はほどいて突放し、更に再び突きしがためは土俵の外へ出でたり。
雷ノ音松ノ風は、の左差しをは巻いて防ぎしも、注文悪しと差し替えるとたん突出されての負。
熊ヶ嶽鶴ノ音は、の出端を突いて突いて突き出したり。
笹島稲瀬川は、立上るや互いに付入らんとすれど互角にて極らず、のちがはたくをは残って付入り遂に勝を制したり。
鳴門龍勝平は、の両差しをはほどいて右差しに行き、手早く左を外がけに巻き倒さんとしたる甲斐もなく、の体量に押潰されしは小粒の損なり。
高見山若島は、左相四ツとなりは釣出さんと寄り、は寄られながら土俵の端にて甘くもこれを上手にうッちゃり見事なる勝を占めたり。
梅ノ谷横車は、の左差しで寄るをは右差しで廻り込み左足を一寸とかけて浴びせたればは腰くだけて倒れたり、この手は大乗掛けとての新手なり。
玉龍唐辛は、双方手なしの相撲にては只左差しにて押寄せるを、は詰めにて捨身のつりが外れ踏切たり。
岩木野鬼ヶ谷は、の無二無三に付入るをは防ぎ切れずして踏切りぬ。
松ヶ関小天龍は突きと殺しの競争にて、さながら子供のセリ合いの如くなりしが、難なく寄られて小天の負。
逆鉾不知火は、不知の出鼻を一本背負にきめんとするを、は危うく残て肩口より身体を滑らして廻り込み、不知の左を取てトッタリに行き見事に勝たり。
越ヶ嶽谷ノ音は、が右筈の左差しにて足くせを防げばは諸の上手にてつめを取り引寄せんとすれども動かず、水入りてのち内掛に行き遂に勝たり。
若湊天津風は、が相手の出鼻を引落さんとはたきたれど、天津は残って直ぐにの左を泉川に撓め直さんと寄り行くを、は寄返してそのまま委せて寄切りぬ。
外ノ海海山は、が合掌に行くをは突放して押切らんとし、は左足を割込み投げを打たんとする時、は早くも一寸足をかけ右手に巻きつつ寄り倒したり、これの力量優れし所なるべし。
小錦高浪は、の出来よき所なればも念入りに仕切り、立上るやは得意の突手に行くを、は引張て相手を前ヘズルズルと落とさんとせしが、流石は老練は早くも廻り込んで体をまかせ、は土俵を割って負となりぬ、この相撲の機敏はいうまでもなけれど大関としては軽挙なりという人もありし。

新十両で4枚目に躍進してきた稲瀬川(いなせがわ)はすでに32歳ですが急速に力をつけた感があり3連勝。十両筆頭の梅ノ谷も体格を生かした新技?で3連勝。小兵の逆鉾は相手の一本背負いをかわして取ったりで返す、見事な技術を見せました。2日続けて人気力士を倒して調子付く高浪は横綱に挑戦。引き技を見せましたが決まらず、一気の攻めに敗退しました。小錦の地位は大関横綱と言われるもので大関と横綱を兼任しているわけですが、当時まだ横綱が大関より一段上の地位という認識はあまり浸透していないと思われます。
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2009/07/07 22:11】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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