スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
明治29年夏場所7日目 (東京朝日新聞/明治29.5.26)

○大相撲
・一昨(七日目)は久しぶりの好天気といい日曜日にてもありしゆえ非常の大入にて、実に場内立錐の地を余さず貴顕方も多く来観ありたり。
響升梅ヶ崎は、が一心不乱に突来るをは押返すと見せて体をかわしながら投を打ての勝。
外ノ海大纒は、のはたきをは左差し左筈にて押し、敵が残さんとするを諸手にて捻りの勝。
越ヶ嶽鬼ヶ谷は、の左差を防ぎて働かせぬよりは片手枠にきめんとするも利かず、再び首投げに行くをは下より防ぎつつ右四ツにて押出しの勝は面白し。
朝汐谷ノ音は、喝采中に立上るやは左差にてどっと押しの体浮くを見てすかさずは駈け上るように体をまかせたればは土俵の外へ仰向けさまに倒れたり、その負けざまの見苦しさとは思われず。
小錦海山は、が例の合掌に行くをは右四ツの高矢倉にての足を二尺ばかりも釣上げ土俵の外へ持出す時、は体を捻ったれど利かず少々に痛みを感じさせたるのみ。
荒岩松ヶ関は貧乏神同志の好相撲にて登場するや破れるばかりの大喝采、は左筈にて右を巻きも左四ツにて互いに秘術を尽くせしも勝負つかず水入後引分、当日中の大相撲。
唐辛高浪は、の左差をは泉川に撓めて利かず更に片閂にて絞りしも利かず、水入後取り疲れてこれも引分け。
高ノ森狭布ノ里は、が得意の一本背負に行くを狭布は負われながら一突ついて狭布の勝。
逆鉾鬼鹿毛は、の右差を巻いて押すを防ぎながら蹴返しての勝、無傷ならんと思いしもこれで二度土がつく。
若島楯甲は、好相撲と思いの外の烈しき突手には難なく土俵の外。
若湊大蛇潟は例の待った沢山にて、立上るや大蛇は右四ツにて捻りしも同体に流れて預かり。
天津風一力は、が閂にて絞るを防いで水となり、遂に引分。
源氏山小松山は、小松の二本差をは左四ツにて挑み合い、次いで小松が釣身に行くをはもたれ込んで倒さんとする時、小松は早くも下手投を打て極まりしも踏切ありとて物言つき預り。
鳳凰大碇は、が左四ツで行き更に矢倉掛けに行くを防いでは一旦危うく見えたれど、すぐに突返して押出しの勝は強いもの。
・さて昨日は朝のぼろぼろ雨にて入掛となりしが、今日は天気直り次第太鼓を廻さずしてすぐに八日目を興行の筈。

○愛宕下の花相撲
・来たる六月五日より晴天八日の間芝区愛宕下町三丁目の空地にて興行する花相撲は、の組合にてその木戸銭は大人八銭、子供五銭、上等桟敷金二円四十銭、中等金二円の定めなるが、その幕内及び二段目の顔触れ左の如し。
東(幕の内)   西(幕の内)
大関 鳳 凰  大関 大 砲
関脇 海 山  関脇 小松山
小結 大 纒  小結 若 島
前頭 楯 甲  前頭 高ノ戸
同  鬼鹿毛  同  当り矢
同  小天龍  同  横 車
同  松ヶ関  同  荒 岩
同  勝 平  同  升ノ戸
東(二段目)  西(二段目)
淡路洋    御舟潟
鶴ヶ濱    猛虎勢
雷ノ音    鬼 若
梅 錦    鳴門龍
磯千鳥    鷲ヶ濱
生駒山    小 碇
岩 柳    竹生島
甲      成瀬川
小佐倉    小高山
重 石    小西川
八ツ巻    荒 川
若 梅    熊 響
○小石川の花相撲
・来たる二十九日頃より小石川区白山神社境内にて、晴天五日間大戸平鳳凰の両関にて花相撲を興行するという。
○相撲のかずかず
高砂友綱その他の年寄連との間に結ばれおる確執は、本年一月の大葛藤にて表面のみは雨降って地固まるの好成績を得たるが如く見えけれども、内実折もあらばと密かに隙を窺う様子なりしが、去る十八日の小錦大蛇潟との取組みに際し四本柱にいたる高砂が「どうせ負けるのだ早く立て」と小声にて大蛇潟を叱りし由にて同人は大いにその非を鳴らし、かねて高砂と不和なる西方力士一同へこの事を訴えたれば一同再び沸騰し翌十九日の相撲は中途より休業せんと謀りおよそ一時間ばかりも土俵に穴を空けしを、或る有力者の仲裁にてその日は一まず無事に済みしが、一昨々日の入掛を好機とし再び紛議を起こしたるに、高砂はあくまで「そんな事はいわぬ」といい喧嘩にもならぬ始末に及びしかば、大蛇潟を始め一同も「いわなければそれでよい」と初めて鉾先を引いたれども内心含む所あるをもていづれ本場所打ち揚げの上は再び高砂排斥の運動を始めるならんという者あり。
・後藤伯の令息猛太郎氏は同国出身の故をもて殊に海山を愛し大碇狭布ノ里をも目通りへ呼寄せてしきりに寵愛を加えおりたるに、海山の他はいづれも場所の出来よろしからず、おまけに海山源氏山との取組みに敗北せしを見るより殊の外失望落胆し、もうこんな相撲は見たくないとて十日間買切の桟敷を引き払い以来見物に来ぬと言い渡したので、サア若殿の御機嫌を損じたと一同呆気に取られた末、遂に海山を代表者として一昨朝お邸へお詫びに出したというが、首尾よく御不興が直ればいいがさ。(5.23)

十両筆頭同士の対戦は引き分け。松ヶ関(まつがせき)は新十両から4年がたっていますが入幕を狙える実力がついてきたようです。小錦と鳳凰は引き続き好調、西方は役力士の内容の悪さが目立ちます。期待の海山も強敵相手が続いて3連敗、大事な御贔屓も来てくれなくなりました(;・ω・)この時代は裸芸者と言われ力士の立場もまだ弱いです。高砂騒動は再燃の種がまだくすぶっているようですが、高砂も以前ほどの勢いが無いようなので何とか収まっています。
後藤猛太郎(知られざる探険家)

明治29年夏場所星取表
スポンサーサイト

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2008/11/04 09:46】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
<<明治29年夏場所8日目 (東京朝日新聞/明治29.5.29) | ホーム | 明治29年夏場所6日目 (東京朝日新聞/明治29.5.22)>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。