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明治29年春場所千秋楽 (東京朝日新聞/明治29.2.1)

○大相撲
・一昨日(十日目)は千秋楽の日にて二段目以下の力士ばかりなれど、あたかもよし孝明天皇祭の休日に当りたれば入客相変わらず沢山にて、楽の日らしくは思われざりき。
・相撲取り切りしのち序の口加入の新力士総出にて土俵祭りの式を行い、部屋頭勧進元代理者を胴上げにしてめでたく打出となりぬ。

○相撲社会の者警視庁へ呼び出さる
・紛議づくめの大相撲も表面の仲直りで臭い物に蓋が出来、首尾よく晴天十日の本場所を打ち揚げたれば、改良規約編成の事は一切挙げて委員に託し、東西力士思い思いに地方廻りに出掛けんとて中には一昨夜の東海道終列車に乗り込まんとするもありしが、同日突然警視庁第三部長森田警視より角觝協会へ向け「明三十一日午前九時役員選挙有権者一同出頭せよ」との旨を達したれば、正取締高砂よりこの趣を有権者一同へ報告し、同夜出発せんとせし仲間の者にも足を止めさせ、昨三十一日午前九時には正副取締を始め年寄行司(足袋以上)東西力士百三十余名ならびに仲裁者青木庄太郎、草苅矍翁等の人々警視庁へ出頭したるに、同庁にては先づ一同を総監応接所へ引請し森田第三部長、沼崎第一課長等列席して今度改正すべき規約その他の事につき懇々諭示する所あり、且つ力士一同に対しても粗暴の挙動を誡めよと訓諭したるのち、力士一同その他の人々を引取らせ更に正副取締、仲裁者等をとどめて各自の意見を吐露せしめなお種々協議する所ありしという、いづれ近日その結果を見るに至るべし。
小錦横綱免許となる
・東の大関小錦八十吉が横綱免許となるべしとはかねて聞く所なりしが、いよいよこの程年寄仲間の評議一決し、去る二十七日年寄阿武松緑之助、行司木村庄之助の両名より野見宿禰の後裔なる華族子爵五條為栄氏及び本朝相撲の司二十三代吉田追風代理熊本県士族清田直氏へ宛て横綱免許の願書を差出したるに、翌二十八日の夜願人の元へ「明二十九日午前九時細川侯爵邸内清田直方へ来駕あるべし」との通報ありしかば二十九日午前八時臨場し、清田氏より白木造りの三宝に免状を載せて小錦へ授与したり、免状は左の如し。

    本所区緑町三丁目二十七番地
             小錦八十吉
右者依相撲之位横綱令免許畢以来方屋入の節迄
可相用者也依て免状如件
    本朝行司の司二十三代
    吉田追風代理
明治二十九年一月二十九日 清田 直(書判)
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    本所区緑町三丁目二十七番地
             小錦八十吉
右者方屋入の節迄持太刀令免許畢依て免状如件
    本朝相撲の司二十三代
    吉田追風代理
明治二十九年一月二十九日 清田 直(書判)

右につき小錦は明年の春場所まで横綱免許の披露をせぬといいおれども、贔屓筋の貴紳方などは是非とも今年の五月場所より披露せよと勧め込み、化粧廻しその他の費用についても寄進を申込むもの極めて多しといえり。

千秋楽は恒例の勧進元胴上げで無事に打ち出しとなりました。紛擾による延期があったり、休場者も結局は結構な人数になってしまいましたが、最後までファンはついてきてくれたようです。そして協会規約の改正を前にして警察や仲介者による調整が続く中、小錦の横綱推挙が決まりました。同じ片屋の西ノ海が現役のままならばこの昇進は無いでしょうから、この時点でもう西ノ海引退は決まっていたものと推測できます。成績は何年も前から横綱級だった小錦、ようやく頂点に上ります。それでも29歳での横綱は当時としては史上最年少です。

明治29年春場所星取表
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