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明治29年春場所9日目 (東京朝日新聞/明治29.2.1)

○土俵のかずかず
大纒雷山は、いづれも不元気同志にて双方立上るや突合にて競い、の寄り来るをは引っ外し泉川に撓めんとせしも極まらず、次では左差しにて西溜りの詰めまで押行き下手投にての勝。
不知火逆鉾は、少し遅れて立ちしが初めは先手争い次いで不知火は右を掛け投を試みしも極まらず、の突き手烈しきに堪り得ず遂に東溜りへ突き落されて不知火の勝。
谷ノ音越ヶ嶽は、左四ツとなりの右差しを泉川で撓め、は両差しにて投を打ち次いで押出さんとせしも手を撓められおれば力足らず、も仕掛けず双方士俵の真中に立往生、水入りてのち左四つとなり双方前袋を取りて勝負つかず引分、つまりが引分を待ちしものなるべし。
今泉小松山は、が左差しで行くを小松は左を巻いて受け右をさして投に行きしも極らず、今は残って一生懸命に寄り行き遂に小松は東の角へ押出されたり。
大戸平小錦は、当日第一の見物とて両力士土俵へ上るや大戸と叫び小錦と呼ぶ声囂々として鳴り渡りぬ、大戸は如何にもしてこの相手を土俵に埋め西方の威勢を示さんと意気込み、小錦はまたこの相手さえやっ付ければ横綱免許の値打ち確かなるより互いに堅くなって念入に仕切り、立上るや大戸は右筈に行くをが巻込み左筈にかまえて押出さんとせしに、大戸は体を突入れて首投に行きはこれを残して体を右へかわし左足を大戸の寄り来る両足の間へ割込んで捻ぢしかば、さすがの大戸堪り得ず行司溜りへ倒れたり、されども大戸は同体に倒れしと思い立ち上って西の方を見たれども物言の付人なきにすごすごとして引取り、は嬉しさの余り大人気なくも両手を挙げてドンドン。
當り矢荒岩は、當り例のハリ手にて相手の肝をひしがんとせしも、は屈せず左四つにてしかと組込み釣出さんとして行司溜りへ寄せしに、當りは全力を以て押返さんとしはここぞと右をかけしも極らず、更に左を外より掛けもたれて相手を倒したれども、にも踏切ありて預かりとなり、は釣った魚を猫に取られた様な顔をして引込んだり。
楯甲勝平は、が左差しで寄るをは巻いて防ぎ左手で首投を行きしも極まらず、は素早くの右の手を引っかけ後ろへ廻って高股を取りトアシにて押倒さんとせしも、は足を踏張りて詰め際より押戻し突き手にてを東溜りへ突落せしは天晴なるの働き、満場大喝采。
一力高浪は、が左筈に行くをは体をすかして一寸捻り、は土俵の上に横たんぼう。
鳳凰天津風は左四ツに組み二もみ三もみの末、腹櫓にかけての勝、これにては西方第一の勝越しなり。
大碇朝汐は、の左四つを取りのけんとするうちは押寄せて東溜りの詰際へ行き、上手投にて脆くもは土俵の外へ飛出したり、この時大碇は自分ながら脆かりしに相好を崩して大笑い、見物も余りの可笑しさにおかめおかめと呼立たり、負けて呼声のかかるはこの人あるのみ。

○愛宕下の花相撲
・横浜にて五日間、横須賀にて三日間の興行を打ち揚げ次第芝愛宕下町三丁目二番地の空き地にて興行する花相撲の幕の内及び幕下七枚迄の顔触左の如し。




幕内の最終日です。大関対決はいい勝負でした。最後は柔道の内股のような技でしょうか。小錦も万歳でドンドンですか(;・ω・)当時の力士は天真爛漫というか奔放ですね(;・ω・)大碇はやはり組んでの相撲は苦手とみえて連敗、丸顔でおかめと呼ばれていたそうですが愛嬌があって人気者です。鳳凰は安定した強さで8勝1敗という好成績でした。十両では兵役から復帰の横車が土付かずの活躍。

明治29年春場所星取表
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2008/08/08 12:04】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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