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明治29年春場所4日目 (東京朝日新聞/明治29.1.24)

○土俵のかずかず
谷ノ音千年川は互角の力量、千年は左四ツに組みしばらく揉合い更に釣らんとせしに、は外掛にてもたれ込み勝を占めたり、この時見物の喝采は百雷の轟くに異ならず、ここかしこより谷ノ音谷ノ音と囃し立て、同人は打出しまで桟敷廻りに忙しかりき。
大戸平天津風は、大戸前日敗を取りしため評判悪しかりしが、やがて左四ツに組んで揉合うや天津は大事を取りて少しも仕掛けず、大戸は釣舟に行かんとしたれど天津の体肥満のため極まらず、大戸も大事を取りて呼吸を計るうち水入となりぬ、この時見物は大戸引込めと罵りし折しも組直すや大戸はこの悪口に激して獅子奮迅の勇を振るい遂に引寄せて釣出したれば、悪評変じて好評となり、満場破れるばかりの大喝采なりし。
鉄ヶ嶽唐辛は、段違いなれども劣らぬ手取にて、相四ツとなり互いに釣合い水入後再び釣合い引分となりしが、一方が足癖をかければ一方が釣を戻し一進一退もみ合う有様、さながら腕白小僧がダダを捏ね合うに異ならず、始終満場大笑い。
梅ヶ崎出羽ノ海は、出羽右を取らんとせしをが引き外し一突つきしが、効き過ぎて西溜まりの土俵の隅へ尻餅をつきたれば、出羽は呆れて口アングリ、やっと目を擦りて気のつきし様子なりしは当日第一の大愛敬。
荒岩真龍改め)に高見山は双方とも人気盛り、殊に高見山は凱旋兵なりとて一段見物の受けもよし、さて立上るや双方激しく張手にて小手争いより左四つとなり、荒岩は手訓のスクイをかけしが極まりて勝を制しぬ。
勝平鬼鹿毛は、小兵に大兵なれば見物大半初めよりに望みを属せしが、は例の手取もの、敵の下を潜りて爪取りしをは耐えて直ぐに右をさし、投に行くをは外掛にてもたれたればはタヂタヂタヂと六足ばかりも踏切りたり。
海山若島は、勝負如何と固唾を呑んで見ておりしに、右手を取り小手投に行くをは引外し、すかさず激しく突出したる鉄砲にこらえ切れず突出されたり。

○従軍力士
・二段目力士横車は、しばしば本紙に記せし如く予備召集に応じて出征し、かの鴨緑江において偉大の戦功を奏したるにより、勲八等に叙せられ一時賜金百円を下附せられたれば、横車はこれをそっくり師匠武蔵川へ預けて保管を託し、武蔵川もその心掛を賞して袴一具を与えたり、よって横車はこの程件の袴に勲章を懸け贔屓先を礼に廻りしよし。
・また二段目の宮戸川は、征清軍の軍夫となり二千円余の金を貯蓄して安田現行へ預けたれば、近々廃業して実業に就くという。

関脇から平幕に落ちていた谷ノ音は今場所好調、大得意の足技を決めて4連勝です。当時は客席の贔屓客を廻って祝儀をもらって歩くのが認められていたようですが、これも国技館建設後の相撲近代化に伴い禁止された習慣です。連敗中の大戸平は引き分け寸前でしたがヤジに奮起。幕下の相撲、荒岩(あらいわ)という力士が登場してきましたが、のちに名大関と呼ばれることになる大力士です。すでに注目度が高いようですね。それにしても宮戸川という力士、二千円とはすごい大金ですが軍隊はそんなに給料がもらえるのでしょうか。どんな事業を始めたのかも気になるところです。

明治29年春場所星取表
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【2008/07/08 23:12】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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