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明治14年夏場所6日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.22)

・昨日回向院六日目の相撲は天気もよく、殊に土曜の半休日ゆえ人出多く、見物は五千零五十二人と云えり。
・中入前、伊勢ノ濱稲ノ花は難なく立合い、稲ノ花は二本共引張り込まれて寄せ付けられしに、両足を張りて踏み堪えしが、あまりに腰の延びしにや、腰を折りて潰れ伊勢ノ濱の勝となれり。
荒玉は念入りて立合い、立つと互いに突き合い居たりしが、はジリジリと寄せ付けられ荒玉はすかさず右を差し左を相手の肩にあて、あびせ掛けて遂に荒玉の勝とはなれり。
荒角上ヶ汐は立派に立上り、荒角は相手の左を抱え我が右手は相手に殺されてありしが、其のまま体を捻りて一杯に押し切らんとせしかば、上ヶ汐は此の機に乗じヤッと一声出だして抱えられし手を抜き、殺せし相手の左手を抱え敵もろともに前へ押して倒れし、すなわち「トッタリ」といえる手なりしが、荒角の方より物言い付きて預りとなれり。
柏戸清見潟は申し分なく立ち合いしが、二ツ三ツ刎ね合いて後たがいに廻しに手を掛けて組合い、かわるがわる投げを打ち合いしが、柏戸の組方や良かりけん、清見潟は相手の「腰車」に掛かりて柏戸の勝となりたり。
手柄山司天龍は双方気入りて立合い、司天龍は速くも左右とも差したりと見えしが、入ると未だ肘に至らざる折、手柄山が上手より諸に抱えし時は既に司天龍は土俵の端にありしかば、其れなりあびせられて手柄山の勝ちとなれり。
梅ヶ谷響矢は綺麗に立合い、響矢は手にて渡らんと欲し、梅ヶ谷武蔵潟が前日手車に掛かりしを気に構えたるか、鋭くこれを防ぎ、遂に突掛けて相手を突き出し勝を得たり。
・中入後、若山司雲龍は「四ツ」に渡りて揉み合い、遂に若山は相手を釣りて勝を得たるは良き働きというべし。
井筒入間川は、立合い申し分なく手と手にて渡り合いしが、入間川は「ケタグリ」しかど届かず、井筒も老練の力士なれば付け入りて下手より組付き、押し切りて井筒の勝となれり。
武蔵潟荒虎は烈しく立合い、手先にて暫く揉合いし後荒虎は上手廻しを取り、武蔵潟は下手廻しを取りしが、武蔵潟は苦もなく相手を釣り揚げしにぞ、荒虎は足を搦まんといらちしも達せず、遂に持ち出され武蔵潟の勝となれり。
鞆ノ平若島は綿密に立合い手と手にて渡り合い、鞆ノ平は段々寄せられし時、下へもぐりて足を取らんとせしが若島は上よりのし掛かりしにぞ何かは堪うべき、鞆ノ平は遂に潰れ若島の勝となりたり。

今日からコメントに初登場の力士名はふりがなをつける事にします。若山(わかやま)に司雲龍(しうんりゅう)、星取表では司雲龍の勝ちとなっています。どちらが正しいのか調査の必要がありそうです。それにしても後半戦はずいぶん観客が入ります、明治初期は相撲が不人気の時代だったと言われ明治17年の天覧相撲を機に人気が沸騰したといいますが、5000人も入れば上々なのではないでしょうか?この時期は三役力士が個性的で実力も拮抗しており、平幕や十両にも若手の成長株がいてなかなかの充実ぶりです。

明治14年夏場所星取表

東関脇・手柄山勝司
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2006/07/06 21:38】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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