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明治23年夏場所7日目 (毎日新聞/明治23.6.6)

○回向院大相撲
・今回の大相撲は雨天続きのため年寄の損耗はさる事ながら、小錦一ノ矢大達響升その他幕の内力士に病気ありて景気いつもより悪しきため相撲茶屋の困難また少なからず、そのうえ去る一日は掻き入れの日曜にて興行をなせしも前日の暴風雨ゆえ好角家は控え景気思わしからず、かたがた来る八日の日曜には面白き顔触を出し出来るだけ損を埋めんとするに十日目なれば致し方なきを、茶屋中より昨日相撲協会に事情を述べ今日休業のうえ太鼓となし、九日目を日曜に延ばし出来るだけ損耗を埋めんとていよいよその事に決したり。
春日野達ノ矢は、春日は敵の左差しを泉川に攻めヨラんとアセル際、は二本差しとなりて釣らんとするを春日諸に絞り撓めて防ぎしが、スクイ投げにて達ノ矢勝。
瀧ノ音平ノ戸は、立上りは得意の突張にて極めんと仕掛くるを、は体を避けつつしきりに巻き込まんと注文せしが、果して注文通り左差しとなりしを得たりと巻込みしかばは全身の力を尽してよらんとする時、足クセ小手なげにて平ノ戸の勝は勘定通りはまりて満足ならん。
千年川谷ノ音は、立上るやいな右差しとなりは敵の前袋を探りようやく取ると等しく一寸振り廻しツツヒネリて谷ノ音の勝。
北海真力は、突張り合ううち北海は敵のヒネリを防ぎたるも第二のヒネリにて真力の勝。
今泉若湊は、の烈しき突張りに来るを防ぎ挑み合いしが、は左手をアテ押切らんと全力を出し付入りければ、は此所ぞと耐えし途端、引落して若湊の勝。
西ノ海鬼ヶ谷は、左を引張り込み泉川にて西ノ海の勝。
大泉楯甲は、当時日出の力士にして初日以来土の付かざる強の者にてこの日の主眼とも云うべき組合せなりければ、力士が土俵に上ると等しく場内は鼎沸の有様にて各自贔屓贔屓の力士を呼んで励ましければ両力士は勇気自ら凛々として見えたるが、仕切りも念入りて立上り左四ツにつがい、寄せば寄り返し暫時土俵の中央にありて互いに隙を伺う様なりしが、この時溜りではソラコソ引分なるぞ最早望みなしなどと、殆んど失望の体なりしがは腰を落し上手を探らんとするもは腰をヒネりて防ぎしが、ついに探り得て引付け無残に付入りヨリて大泉の勝は場内再びどよめき渡りたり。
高浪鬼鹿毛は、の左差しをより巻き小手ナゲを打ちしが、内ワクスクイ投げにて高浪の勝。
朝汐司天龍は、突張りて司天龍の勝。
八幡山綾浪は、右四ツにつがい揉合ううち八幡二本差しとなりて釣り身にて土俵際まで攻付けしかば、は足クセで防ぎしも其のまま持出して八幡の勝。
出羽ノ海大鳴門は、右四ツヨリて大鳴門の勝にて打出したり。

○相撲と芝居
・東京といえば訳もなく繁昌の様に一口にいえど、其の実は我等二人が東京を二分して其の繁華を保つぞよという顔付きの相撲と芝居、昨今は博覧会をあわせて東京の繁華はこの三者が受け持ちと一寸見はすれど、其の実は博覧会を除けば芝居が得たり、頻五月以来は相撲支配の天地となまじいに予想せしが今は仇なり、五月三日の初日が霖雨と共に延び延びになりて二十五日に初日の櫓太鼓音も湿りしが前兆かや二日目より又の雨にて、常なれば随一の景気という八日目頃にヤッとの思いで開きし二日目、これも天気ゆえなり肝心の大場所を六月に持ち越させソレで夜な夜な拝むまでに翌日の天気を祈りし我等に対しスマウと思うかと空を睨みて洒落どころではなし、年寄の腹一向肥えぬに気の毒やかれこれとの心配天気祭りや茶屋の相談と騒ぐ此方には博覧会の繁昌、改めては云わず歌舞伎座新富座出揃わぬうちに大入りを掛けギッシリとして不景気はどこへやらの繁昌、西関の横綱ようやく二日目に張り、間が遠のきしに気が折れてか雁次郎が乗り込みほどの評判なし、自分物の四十八手も永の損耗を埋めるの手なく、西関の泉川もこれには差されずそのうちに打つともなし打たぬともなしに興行の日数は経ちて残るはタッタ今日と明日の二日限り、相撲道熱心の人々はいうに及ばずいやしくも勝負付の売り声に耳を留むる人々この二日に繰込みてせめてはその尾を揮わしたまえ、さすれば相撲道忠義の臣なるぞや。
西ノ海の土俵入
・同力士が片屋土俵入は、其の適当を失わざらんため病気全快のうえ評すべしと好角家に約しおきたるが今やその期に達せり、一昨日は相撲場出張も例より早く回向院の門を入りたるに、土俵入の拍子木聞こえければ急ぎ桟敷に登りて見たるに、花道より千年川露払いとして先に立ち西関悠然として綾浪の太刀持と共に出で土俵に登りたる有様は、げに日の下開山、力士の巨檗なりと思わしめたり、殊に西関は身幹高く肥満の上全身いわゆる綺麗なる方にて一点の痛跡なければ立派というの他なし、さて横綱の締め方その他ともいづれも法にかない土俵際より三足進み四足目に正面に向い、右より始めて二回四股を踏み三度目に左にてこれを止めたるその動作大きくして美事なり、もっとも右を踏出して手を上げる時は今少し体を屈みしならば一層の出来栄え見ゆるなるべし。(6.7)

新横綱という目玉があった場所でしたが肝心の横綱が体調不十分、小錦ら人気力士の休場も多く、さらに雨続きと散々な場所のようです。せめて最後は会場に足を運んであげましょう、とほとんど同情的です(;・ω・)おそらく普段の相撲記者とは別の人が書いたのだと思いますが・・勝負付の売り声と書いてありますが、江戸時代から大相撲の勝負結果を印刷した紙を売る人がいたそうで、「勝負付け勝負付け」と言って走って売っていました。西ノ海の横綱土俵入りは堂々たるもので評価もなかなかですね。

明治23年夏場所星取表
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/07/01 20:52】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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