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明治23年春場所6日目 (毎日新聞/明治23.1.12)

○回向院大相撲
・昨日六日目は初日以来珍しく大入にて、貴顕方の内には徳川公、池田侯、吉井伯、吉田子、芳川内務次官、安藤渡辺の両議官等を見受けたり、今回の相撲は顧官紳士等多分の来場ありて表面桟敷その他好き場所を得んには二日或いは三日位前に付込まざれば得がたきほどの景気なりと。
北海雲龍は、突張り合いてが一寸と胸を見せたる所は実に立派なりしが、敵の突張り烈しきゆえ跳返したるも北海は左差し付入り、ヨリ倒して北海の勝。
谷ノ音朝汐は、は先頃大阪より高砂の部屋に来り今度付出しになりたる力士なれど、初日以来土付かずの剛のものなれば此の日との立合いは場内何んとなくどよめき渡れり、力士は早くも立上り右四ツにつがい、は勇気鋭くヨリ行くをは大事と防ぎしも力足らずしてヨリ倒れ朝汐の勝は実に目覚しく、将来の三役はうけ合いと溜りでの賞賛あれど、滅多アテニはならざるべし。
若ノ川瀧ノ音は前同様人気よく、立上りは付入りて手強くハタキしが残して突合い、は下より付入りしをは避けんとする間もなく突出して瀧ノ音の勝。
大達真力は、は例の突張りに行くを達巻き返して突張り合ううち、真ヒネリての体危うかりしが立直し付入り、敵は右をハズに構え遮二無二攻め来るを、挟みて小手投げを打ちしがすでに踏切りありて大達の勝。
千年川真鶴は、左四ツ下手投げにて真鶴の勝。
小錦芳ノ山は、左四ツにては無遠慮にも押行くを、は外掛けに防がんとせしも敵は其のまま体を預けて小錦の勝は是非なし。
大鳴門綾浪は、前日来剣山若湊に勝を得て今日なお鳴門に勝ちとせば、三役に勝ちて五月の番付には充分昇進する所なれど如何なものかと贔屓の人々は内々心配し居たるが、力士は丁寧に仕切して立上り鳴門は左差しはこれを巻込み頭部を敵の胸に当て一ツ押さんとして敵が堪えしを、得たりと例のヅブネリにて綾浪の勝は満場大喝采なりし、五月番付の昇進はいよいよ目に見えて来れり。
西ノ海嵐山は、かつて小結争いまで為せし事もありしが立合い如何と張肘をして見て居るうち、はエンヤト突行くを左を引張り泉川にて土俵際まで攻めたる所を見れば、前日が小結の席を争いしはかえって価値を損ぜし如くに思わる、と或る人は云えり。
楯甲出羽ノ海は、二本差し出羽は諸に絞り釣らんとせしが、もなかなかの達者ものなればこれを解いて敵の前袋を取らんとせし時、出羽は一寸と小手投げに行きしが防いで、は再び二本差しとなりしを諸に絞り極出して出羽ノ海の勝。
今泉大泉は、立合いに突合い左四ツは上手を引て釣出さんと持行きし時、余り勢いよくせしため踏切ありて大泉の勝なりしが、力士はこれ等の踏切を知らずはこれを防がんとて足クセに巻きしも、ツブレて再び大泉の勝は丁寧なる角觝なり。
司天龍海山は、右差しヨリ切りて司天龍の勝。
響升鬼鹿毛は、左差しはこれを巻き足クセに行かんとして腰クダケ響升の勝。
八幡山若湊は、立合いに若得意の突張りに行きしを八幡は防ぐ隙なく、左をハヅにアテ突出して若湊の勝にて打出したり。

○三田伯と力士
大達一枚の顔見ゆれば人気引立ち、見えざれば本場所も何となく物淋しき心地せらる、桟敷のうち此の君の顔見ゆれば力士の意気込みは素より場所も賑うて見ゆれど其の顔見えぬ時は余人ならぬいつもの顔とて物足らぬ心地せらるるとは、言わでも知るき三田伯の事なるべし、此の君昨年身を激職より退かれし後は何か思う所ありけん、日頃愛顧の深き小錦西ノ海なんどへ当分のうち出入無用と書き送られけり、此れはイカな事、此の君に見捨てられては今年の相撲も乗り気になられぬと心配するも、出入断られし身の其の館に近づくべくもあらず、かの君にしてかくも我々社会を遠ざけらる、如何なる事のお気に障りしか知らねど御前のお怒りとありては定めし磐梯山の噴火も及ばぬほどなるべし、誠に前代未聞の珍事こそ出来しけれとただ嘆き合うも道理なり、しかるに一日突然三田伯の勝手口に見えし一人の男ありけり、年寄玉垣にして唯今旅より帰りしまま早速参上つかまつりぬ御免ならえ、と取りつぎの通ずるをも待たず草鞋を解きてスタスタとあがり主人公の前に伺候しつ、かねて出入無用とのお断りありしやに承われど、他の力士はイザ知らず、やつがれに於ては左様の憂き目頂戴する覚えなければ今日参上致せりとの言葉に、困りものは汝等の社会にこそと流石の伯もその無遠慮に閉口されけん深くも咎めず、この糸口の解けしを幸い小錦西ノ海など後より後よりと押掛け御見物例年通りに願いたしとひたすらに請いければ、伯も今は断りかねて五日の初日より相変わらず相撲場に見えらるるとは目出度し目出度し。
○合併相撲
・回向院の大場所打上げ次第、大達は熊ヶ嶽、若ノ川大泉の連中と共に若湊嵐山瀧ノ音等と合併し横濱に五日、深川洲崎に七日間興行する筈なりという。(1.11)

朝汐が強い勝ち方をして、早速三役候補の声がかかっていますね。記者は信用していないようですが・・綾浪は記事の通り三日連続で役力士を破って三役総ナメの快挙。平幕力士にはなかなか出来ないことです。三田伯爵は誰のことか良く分かりませんが、当時の相撲界で得意客をキープすることは収入上とても重要でした。しかも単なるスポンサーという以上に慕われていた人物だったというのがよく表れていますね。

明治23年春場所星取表
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

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