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弥生社天覧相撲 (毎日新聞/明治21.1.15)

○弥生社行幸
・聖上にはかねて仰出されし如く、昨日午后一時三十分御出門徳大寺侍従長御陪乗にて、芝公園地なる同社へ行幸あらせられ同五十分頃着御あるや三島警視総監、杉皇太后宮大夫その他警視官は同所倶楽部の御車寄に来迎し、三島総監御先導にてかねて設けの玉座に着かせたまう、この間始終陸軍楽隊の奏楽ありたり、さて第一に柔術第二撃剣あり、そのうち目覚しき試合は大河内三千太郎氏の鎖鎌と竹中斧太郎氏の太刀なり、また警視庁にて撃剣にその名を博したる上田美成逸見宗助両氏の太刀打などは実に勇しき事に覚えたり、それより各署詰巡査の野試合は赤白の旗にて源平に組分けし、最初は白旗方の勝なりしが第二第三は赤旗の勝となり、引続きいずれも勇気凛々として優劣も見えざれば各警部には乱撃の中に入りて左右に引分けるなど真に見事なりし、右終りしのち相撲を天覧に供せり、さて此の日行司等は素袍にてすべて古式により、また相撲はマッタなしゆえ中々はかどり、その勝負は左の如くなりし。
唐辛吉ノ山は、突合い左四ツにて競ううち離れて突合い、は敵の左手を引張り襷に行きしが残されしよりハタキ込んで唐辛の勝は巧者と言うべし。
矢車竜門は、立上り突張合ううち引落して矢車の勝。
鬼鹿毛黒雲は、突合いはナンノと言う意気込にて無二無三に押行きしに、土俵際にてハジキ出しての勝。
平ノ戸泉瀧は、立上り突合ううちは敵の隙を狙い右足をサライしが、預けての勝は大きなもの。
若湊真鶴は、立上りは例の突掛けにて押行くを、も大事とこれを残し一寸とハタキしが、押切りての勝。
八幡山相生は、本場所にて八幡に敗を取りたれば前日の恥を雪がんとの気色表れければ、これぞ一段の見物なるべしと思ううち力士は立ち上がり、突合いざま引掛け突出して八幡の勝なりしが、その引掛けし手際の早き事あたかも電光の閃く如くなるには満場の人々も感心したり。
鬼ヶ谷千年川は立上り、は激しく突掛け行くを、敵はこれを突き放しければ今度は襷に行きしも抜けて腰クダケ、押し切りて千年川の勝。
真力綾浪は、左差しヨリての勝。
鶴ヶ濱嵐山は、立上りはナンノと突張り行くを土俵際にてハジキ出しての勝は好し。
海山西ノ海は、立上りは右差しとなりしかば西はこれを絞りながら揉合ううち腰クダケの勝。
大鳴門一ノ矢は、突合い離れて手四ツとなり、右差しスクイ投にて鳴門の勝。
・是より番外好み相撲をものせんに、相生若湊右差しとなりて押出さんとするを、はこれを絞り極出さんとするを一本背負いにての勝。
小錦鬼鹿毛は、左四ツ離れて右四ツとなりて揉合ううち、蹴タグリての勝。
八幡山平ノ戸は、左差し下手投げにて八幡の勝。
若湊綾浪は、激しく突合い荒れ廻るうち右四ツとなり、出し投げにての勝。
鬼ヶ谷真鶴はカタスカセにての勝。
鶴ヶ濱相生は、立上り右四ツにて揉合しが二本差しとなりしよりは敵の差し手を極めんと競ううち腰クダケての勝。
八幡山嵐山は、いつもながら勝負の付かざる角觝なれば如何あらんと贔屓の人々は場に心を労せしなるべし、さて力士は立上り突合い跳合い、打てば打ち返すなど互いに秘術を尽くし、ついに突出しての勝。
海山一ノ矢は、右四ツ切返して海山の勝にて目出度く天覧相撲を終われり、此の日来場の方々は伏見宮を始め山県佐々木等の各伯爵、芳川内務次官、高崎府知事、渡辺帝国大学総長、林安藤の各議官、華族方には徳川家達、伊達宗城等の諸君その他各官衛の勅奏任官数百名なりしという。

花相撲ですが天皇陛下の御前で熱戦が多かったようです。お好みも番数が多くて何度も登場する力士あり、明治天皇は本当に相撲が好きで色々な取組を見たがっていたんですね。相撲の前の剣術などの勝負も名のある剣豪が登場してなかなか面白そうです。
ウィキペディア(弥生慰霊堂)

明治21年春場所星取表
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

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