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好角翁の力士評 (東京朝日新聞/明治31.1.12)

○好角翁の力士評
・鼕々たる櫓太鼓の音色ひとたび八百八町に鳴り響きてより、大山を欺く裸男は日々回向院に集りて天下独歩の力技を闘わしつつあり、冬篭りなんど老人がりて火桶の下にうずくまり飽食暖衣する都人等は、すべからく且つ猛虎の怒嘯して天地を震駭すべき力士等がその機合して相うち相いどみ砂を蹴飛ばしつつ咆哮するを観て大いに尚武の気象を養うべきなり、某好角翁あり気魄極厚いささかも浮きたるを好まず、すこぶる角觝の勇ましく男らしき技なるを愛し、例年の大場所は更なり花相撲といえども必ず往きて観る癖あり、ついに好角翁と称せらるるに至れるが、この翁もっともこの社会に明るく一日社員の訪問せし節、次の如き力士評を試みられたり。
荒鷲竹生島大崎西郷小武蔵などは今が芽出しの力士さね、体格も好い技倆も相応にある、修行を積めば有数の群に入れるだろう。
・見込みの無いのは、嵐山鬼龍山玉ヶ崎最上山小西川利根川などさ、小相撲では大関の価値もあろうが先づ十両どまりの面々だよ。
両國勝平御舟潟金山の四人は幕下の愛嬌者だ、最早幕内へ昇進の見込は無いが道具としては必要さね。
知恵ノ矢鉞りかい、彼は双方退歩力士で誰も数に加えないから気の毒なものだ。
常陸山玉風谷ノ川松ノ風岩木野といったような連中は幕内として恥かしからぬ力士だね、わけて常陸は幕内前頭二三枚、玉風は六七枚、岩木野は八九枚の価値がある、は今一層大奮発をしなければ幕へ入っても久しくは居れぬて。
鶴ヶ濱境嶽だて、は如何したやらこの頃悪い癖が付いたよ、というのはいやにこう立ちが悪くなったのだ、はまだ病気が全快しないのだから評するのは酷だが両人とも将来に望みは無いな。
唐辛増田川は幕下へ下るだらうよ。
高見山黒岩當り矢若島の四名はいづれも互角の力士だが黒岩が一番人気がある、若島も大分回復した、高見は技倆が進んだよ、當り矢は少し退歩したようだ。
大碇北海外ノ海千年川等は二三場所休業の力士だがこの場所には珍しく技倆を示せた、は痩せたね昔のとは違う、北海外ノ海は大分に稽古相撲で勉強したと見えて臨機応変の手がなかなか侮られない、何でも勉強だね、千年川は最初の具合ではとても勝星は覚束ないように思われたが、体の耐えといい出足も早く敵の張り手に屈しない気象は感心だ、いま一二枚昇るだろう。
鬼ヶ谷鬼鹿毛大見崎の三人は居すわりの力士だ、鹿毛もよく似た取り口だね、また大見は大した変化は見せないが三人とも活気がある。
・いや無器用なのは大蛇潟高浪だろうよ両人とも力量は確かにあるが面白くない、高浪は近々年寄になるそうだね。
・可もなく不可もないのは越ヶ嶽若湊だ。
小松山大纒は一時の全盛にも似ず昨今はカぬけの体ぢゃないか、男ぶりが好いからだとさ。
・相手の誰彼を選ばずよく働く感心な力士は狭布里松ヶ関だ、必要な人物だよ。
・大入りを招く大道具、途方もない人気のあるのは云うも管だが梅ノ谷荒岩逆鉾だ、技倆は言わなくってもさねアハハハ。
朝汐海山源氏山谷ノ音の四人は幕内の四天王と評しておこうよ源氏海山がやや不出来に見える理由を知ってるかい、あれはねこうだは酒に酔うて土俵へ上りは一夜を徹して敵に向かうからだ、惜しいな。
大戸平は昨今痩せたろう、あまり家事を心配するからだとね、しかしいつも引分を取るに妙を得ているは妙だ、老練だからね。
大砲は相も変わらず肥っている力量も衰えない、捻りと腰を引きて足を防ぐに妙を得て居るが今二三年敵に対する必勝の手を覚えたなら大盤石だ。
鳳凰は大関としては恥じない体格だが働きの無い力士さね、焦らぬから仕損じなどは無いよ。
鳳凰と違ってよく仕損じのあるは小錦だ、あの人は敵の人気に呑まれ又はココデ是非勝負をなどと焦るから折々失敗してしまう、少し源氏のやうな気になったら天下敵なしだろうに惜しい事だ、それだから分けなどは滅多に取らない、滅多どころか昨年の五月場所に大砲と分を取っただけだ、察してやるべしだね。

英照皇太后の一周忌で大相撲も休業です。ここで相撲通の老人による力士評が入りました。口語のままの文体で幕下力士についても語られています。芽出しの五人衆は残念ながら出世できず、大崎は幕内に上がりましたが竹生島は幕下止まり。他の3人は十両止まりです。素質があっても怪我、病気、人間関係など、必ずしも順調に行くわけではありません。逆に見込み無しの鬼竜山は幕内に昇進、10年間地位を守ることになります。明治18年入幕の知恵ノ矢はずいぶん昔の力士のような感じがしますが、40歳を過ぎてまだ現役で頑張っていました。幕内力士に関しては辛口で斬りまくっていますが、源氏山などは豪放な性格で酒と女に溺れて稽古を怠り、小錦は小心で取りこぼしが多いというのは現在に伝わる評そのものです。
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2010/06/23 21:57】 | 大相撲 | コメント(5) | page top↑
明治31年春場所5日目 (東京朝日新聞/明治31.1.11)

○回向院大相撲
・昨日(五日目)も引続き好天気にて、相変らず総見物連多きため非常なる盛況を呈し、正午過ぐる頃には満場早や立錐の余地なきに至りたり。
怪力雲採は、寄り切っての勝。
嵐山浪花崎は、釣り合い寄り倒しての勝。
高千穂北海は、相四ツにて挑み合い双方大事を取って動かず、ついに引分。
鬼龍山嶽ノ越は、突き合いの突き手はは腰据わらずして土俵を割る。
常陸山鉞りは一見及ばざること遠し、鉞りが左を差さんと進むを、は泉川に取て撓めんとせしも浅くして解け、また取りまた解けるや否、の鉄砲に鉞り鉄砲弾となって飛び散る。
淡路洋虎勇は、突き合い程なく突いて勝を得たり。
岩戸川司天龍は、岩戸司天の出鼻を渡し込み勝ちたるは一秒時。
成瀬川御舟潟は、御舟のマッタには焦立ち、強き突掛けに御舟溜りへ沈む。
金山磯千鳥は、互いのマッタに時間を費やし、立てば埋め合せに寄倒しての勝は段違いの技なり。
境嶽は、の出鼻をトッタリにての勝は大手柄。
増田川唐辛は不元気同士の角力にてありしが、の弱きに増田は突き倒したり。
高見山鶴ヶ濱は、立ち上り両差しにあてて寄るを、防ぎながら土俵の詰にてウッチャらんとするも、のもたれに体潰れて負。
岩木野小天龍は面白き角力にて、筈の押合いより小天下手投げを打てば岩木引掛け引落さんとせしが極らず、互いに秘術を尽くしついにの内枠極まりての勝は大角力。
大纒天津風は、の両差しを天津閂に絞りて寄り出さんとするを、はコジって寄り返し敵の力を借りて捻れば図に当りて大勝を占む。
大碇梅ノ谷は、立ち上り筈の押合いにては西溜りの土俵際迄寄りしを受け耐えて押返せばは投を打つ、耐えて直ちに右を入れ一寸外掛けにてもたれ込みの勝は双方に危うき所見え、観客手に汗を握りたり。
北海大砲の左をたぐりて片閂に絞りしが、は右前袋を引きて防ぐ、ついに右を入れるや否や両手は用いず胸にて押出しの勝は新手なり。
黒岩荒岩は喝釆に迎えられて土俵に昇りたるが、はカッチリ右四ツに組みて押合い、より投げを打てば体を引きて残したればはナンノと捻り外さんと満身の力にの体は斜になりながら掛けにて廻り込み、もたれ込んでの勝はの焦りしによる。
逆鉾海山はこの日の好取組、の左を巻き小手投げを試みしがは防ぎて離れ、また元の如く組み合うやまた打つもは残して右に前袋を引きヂリヂリ寄っての左ミツを取り下手投げにての勝は大喝采。
小錦大戸平は、立ち上り大戸左を差すや四ツとなり直ちには閂に絞りて押切らんとす、は寄り返してそのまま寄りしにも危うくなりしが、押し返して捻らんと体の浮きしを付け入りたればの腰砕け大戸の勝は大狂い。

五日目です。常陸山やはり十両力士を圧倒、幕内経験もある鉞り(まさかり)が相手でしたが吹っ飛ばしました。十両は先場所までほぼ全日出場していましたが、この場所より下位力士は隔日出場が原則となり、昭和初年まで続くスタイルとなります。幕内ではまだ白星の出ない元大関大碇、敗れはしましたが梅ノ谷相手に往年の速攻を見せて観客を喜ばせました。好取組が多い上位戦、足が治った黒岩は再出場してきましたがいきなり荒岩を撃破して実力の高さを見せました。大戸平は小錦を寄り倒して現在でいう金星、大関陥落以降の金星獲得はこの時代非常に珍しいと言えるでしょう。

明治31年春場所星取表
【2010/06/15 23:00】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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