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力士高ノ戸の事 (東京朝日新聞/明治30.5.21)

・手取り相撲の愛敬者にて先年横綱力士西ノ海に土をつけさせ、いよいよ評判を高めたる高ノ戸大五郎(三十)が日清戦争の際角觝協会を脱走して戦地へ駈け向かいしまま今日までも再び土俵に現れず、その後牛込寺町に三柳亭という寄席を開業せし事あるなどに依り世間ではさては彼力量衰えて物の用に立たざるを知り退隠主義をとりしものならんなぞ噂さし交える事なるが、実際は決して去るはかなき話にはあらず。
・元来同人は信州伊奈郡飯田の生れにて幼少の時商人にならんとて出京し赤坂田町の酒屋某方へ奉公せしに、主人は大五郎の骨格非凡なるを見てむしろ力士になれと勧めたれば、本人も実にもと思い遂に力士社会へ加入せしに、果たせるかな瞬く間に出世してやがて名代の力士とはなりぬ、故郷にて小学校を卒業し相当の教育を受けたるのみならず力士となりし後も中江篤介氏に愛せられてその家に出入し、氏及び書生連の化育をも受けたれば手紙を書くにも人手をからず暇ある時は新聞その他の書物を読み、すこぶる学習する所ありけり、日清戦争の起るや高ノ戸は国民の分として徒手すべきにあらずと奮励一番し如何にもして出陣せんと思えども、その身兵籍にあらざれば手段なきに当惑の折柄、第一師団の兵も順次戦場に向う事となりたれば大五郎はその兵の各停車場を発する毎に見送りをなし、他所ながら兵気を振励せん事をつとめつつありしは実に奇特の事というべし。
・かくてその身は名古屋の興行地へ赴きたるが寤寐にも国家の大事を忘れず遂に軍夫と成って出陣するの一手段あるを知り、仲間を脱走して広島へ行かんと化粧廻しその他の所持品を質入れして旅費を整え、密かに門弟を連れて妓楼に遊び留別の宴を開きおりし所へ仲間の者様子を知て駈け来り、何故化粧廻しを質に置いて遊ぶのだ今までの身持ちに似合わぬ仕方、金がいるなら貸してもやろう、モウ自棄遊びはよすがいいと深い所存のありとは知らずしきりに諌めて止まざれば詮方なく一旦発足を見合せたり、しかれども高ノ戸は人の諌め位にておめおめ素志を翻えすべきにあらず、むしろ仲間に打明けて志しをとげんかとも思いしが、その頃仲間にては力士中脱走して軍夫にならんとする者多きを察し極めて厳重にこれを防ぎいたれば国家の大事と言った所でとても相手に成ってはくれまいコリャ矢張り陰密に事を謀るに如かずと今度は国元なる兄の元ヘ手紙を飛ばして金五十円を為替にて取り寄せ、これを旅費にして首尾よく脱走をなし広島へこそ赴むきけれ。
・同地行在所にはかねて愛顧を蒙る侍従米田虎雄氏のあるを幸い、氏を訪うてさるべき人の従者として出陣せらるるよう周旋を頼みしに、氏はその不可を唱え断念して帰京せよと勧めたれば、大五郎内心平らかならずものをも言わず去らんとするにぞ、氏はこれを怪しみ日頃にも似ぬ事なりと語りけり、この時大五郎悄然として氏に向かい挨拶もせず去らんとせしは無礼なれども今更協会へも帰られず、この上はこの地にありて戦地に向う人々の事を聴いてなりとも国家のお役に立ちたしと決心したるより、その支度の事が急がれてツイツイ無礼の挙動せり、幸いに宥恕を垂れたまえよというここにおいて氏はその志しの奪うべからざるを悟り、それほどまで思い込みしとなれば如何にも周旋すべしとてその際第一軍の一部隊出発の際なりしを以てその監督官へ手紙を副えて照会せり、野津司令長官この事を聞いて大いにこれを喜び、その方の如きものなお幾名もあればついでにこれを従軍させんとありしかど、大五郎は協会の規則厳重にして脱走の困難なるを説き、且つ出発の期日必迫して如何ともし難き旨をも陳べたれば、野津中将も再びこれを言わざりき。
・かくて戦地へ行くや大五郎挺身難を冒してその役を励み、天晴れ力士の技倆を見せたれば益々中将に愛せられ、大五郎も中将の為には身を殺しても厭わぬとまで覚悟せり、殊に中将が他の軍吏なぞが分捕品を私するを懲らさんため諸兵士等より中将の元へ献じたる分捕品山の如くなりしを一つに集め火をかけてこれを焼棄したる時などは大五郎驚喜おく所を知らず、かくてこそ我が日本の勇将なれ誠に得難き人傑よ、かかる大将の馬前に討死してこそ人の誉れというべけれ、とひたすらその高潔に感佩したりとぞ。
・事平らぐののち、その筋にては戦死将卒の祭典弔慰こそ盛んに行いたれ我が仲間なりし軍夫の陣亡者には絶えてその事なきを嘆き、如何にもして是が記念碑建設の事を計画せんと思いつつ、或る事情に迫られて一旦かの牛込寺町の寄席を引受けしが、幾程もなくこれを辞し近来にては専ら記念碑建設の事に奔走中なり、是より先角觝協会にても日清戦争中国家の為を思いて脱走せしものに限り復会を許す事となりたれば、高ノ戸の如きも無論土俵へ出るには差し支えなけれども、同人は彼の素志を貫徹せざれば土俵へ出るも面白からずとて、さてこそ今日までも大相撲へ出勤せざる次第なれ、もっとも記念碑建設の事は昨今大いに歩を進め同郷出身者なる今村清之助氏その他の賛助を得て招魂社内に義捐相撲を興行し、その揚り高を以てこれに充てんとの相談中にて目下その筋の意向をも伺いおれば、秋頃までにはこのこと実行せられて高ノ戸は来春の大場所へ出勤すべしという、目今大相撲興行の折柄なれば同人の欠勤を怪しむ人もあらんかとてここにその消息を語るのみ。

相撲の取組記事とは別に、前年より番付から消滅した幕内力士・高ノ戸に関する長文記事です。国を思う気持ちのあまり脱走同然に日清戦争に従軍、その後も慰霊碑建立などに専念していたようです。なんとも純粋で高潔な精神です。相撲界への復帰も許されることになり、持ち前の相撲の才能を生かして慰霊のための活動費にあてようと決心したようです。今の時代ではちょっと想像がつきませんが、これも相撲記事と言えましょう。
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2009/08/27 01:04】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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