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明治30年春場所4日目 (東京朝日新聞/明治30.2.13)

○回向院大相撲
・昨日(四日目)は久し振りの開場なれども貴顕紳士連の来場少なきためまづ七分通りの入客。
利根川嶽ノ越は、が焦りて引落さんとするを利根はすかさずもたれ込んでの勝は僥倖。
知恵ノ矢甲岩は苦もなく押切りての勝、知恵は幕内相撲の比とは雲泥の差なり。
鬼龍山に三浦潟は、の突き手に三浦の体崩れフラフラと末溜へ落ち込んだり。
神力大鳥毛は、の左差しを大鳥は閂に絞りて振り出さんとせしを、はもたれつつ渡し込みしに大鳥は仰向に倒れて大鳥の勝は数年来にて二三回なり当しは不運なり。
唐辛司天龍は、突き合いはハタキてすぐに右の手を首にかけ引落さんとせしが、司天は抜きて突き込むも未だ体の極まらぬためは小手投を打ちて勝ちぬ。
鬼鹿毛雷山の二本差しを上より合掌にて捻り出さんとて満身の力を出したるが、は危くも抜き替え左筈にて押切りの勝は見事なりし。
荒岩不知火は当日中の好取組み、互いに突張り右相四ツにて大相撲となりしが、不知は左眼の上に爪傷を負い血潮の眼中に入りしと叫びしより引分となりしは残念。
谷ノ音越ヶ嶽は、の首投げ極らずしての左差しをは右上手を引き左に巻き込んで、まきながら右の内枠にて寄り行くをが廻り込みウッチャリにて勝ちは大出来大喝采。
海山若湊は、互いに突合い大相撲にては小手投を打ちしがは臆せず突き入り押出さんとし、の踏張りには右片手枠にて団扇はに上りしに、は先にに踏切ありとて物言い付け預りとなせしが星はのものならん。
梅ノ谷黒岩は、が両差しにて釣りに行くをの身の丈高ければ一寸と堪えて直ぐ釣返して持行き、土俵際にて右の咽喉輪にて突出しの勝は大手柄。
勝平熊ヶ嶽は、の手取りにの上手にて面白き取組なるが、の右差しを巻きて防ぎながら注文中は下手に入りて右片手枠に行くを、は踏張りて押出すをは廻り込みながら右片手枠にてもたれつつの勝は得意の手なり。
楯甲岩木野は、の左筈を岩木は巻きて互いに左を防ぎおりしが、岩木は左前袋を引きつつ引投にて見事の勝。
梅ヶ崎松ヶ関は、立上り互いに引廻さんとあたかも小児のどうどう廻りの如くに挑みおりしが、解けては突出し咽喉輪に攻めたるもは顔をシカメながら受け外し、左四ツに組むやいなや釣出しての勝は大相撲。
高浪外ノ海は相四ツにて挑み、はウンと力を出して引投を打ち、残って右内掛にての勝は近来の上出来。
大砲響舛は、の左筈をは何のという顔にて巻込み上より押し潰したるにはも可笑しかったかニコニコしながら引込みぬ。
天津風朝汐は、の突きにが立ち後れしも右差しにて持出し土俵際にて投を打ちしは極らざりしも、天津は土俵を踏み滑って自ら土をつかむ。
鳳凰逆鉾は、の左差しをは上手にて巻き苦もなく捻りての勝。
大蛇潟小錦は、立上りは付け入らんとするもは烈しく突出し苦もなく突出したるは横綱の貫目確かにあり。

本場所再開しました。この1ヶ月の中断中にケガや病気でもあったものか源氏山・千年川・鬼ヶ谷が休場です。特に源氏山はキャリア中で最も大関に近付いていた時だけに勿体無かったです。荒岩vs不知火は流血による痛み分け。新十両梅ノ谷は黒岩に完敗して2勝2敗となりました。のちの名横綱もまだ10代、そう簡単に勝ち続けるほど甘くはないようですね。鳳凰は堂々の大関相撲で逆鉾を退けました。

明治30年春場所星取表
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【2009/02/13 21:36】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
雑報 (東京朝日新聞/明治30.1.17-)

○相撲のかずかず
・さる好角家二三の力士を評して云いけるは、東の方小錦は稀れなる親孝行にて月々給金の幾分を割き千葉の親元へ送るを無二の楽しみとし、また相弟子なんどの中にて困るものある時は我が衣服を脱ぎても貸し与える由、姿には似ざる優しき心性かな、その技の凡ならざるも一はその志のありがたきを神明感じて冥肋さるるにもや拠るべき。
源氏山は漸やく改心して目下折々新橋へ入れ込むのみ、力量はまだまだ昇るべし。
千年川は来る五月に年寄株と変わるよし、脱腸を病みし後は出足遅くとても回復の見込たたず。
響升越ヶ嶽等は、いづれも望み少なき力士にて長くは持たざるべしと云う者あれど如何にや。
當り矢横車とは幕下の頃の勢いなし、前頭二三枚に進まんと思わば今一際技量鍛錬こそ望ましけれ。
・西の方、大戸平は万事につけてなかなか如才なく黒幕も二三人あり、従って如何なる運動にも自由なるが、昨年に比すれば力量やや減じたるが如く思わる、勿論耐えるに巧みなれば左差しの取り口には十中の八九必ず勝てど、油断をすれば大関の位置も今二三年ならん。
・張出し大関に昇進したる鳳凰は体躯も力量もまづ相かないたる方なれど、取組みて無性に焦るところ貫目の足らぬように覚ゆ、しかし今一両年たたば立派な大関の価値あるべし、されど自分には大概に見切りて年寄荒馬となり弟子を養成すると言い居れり。
海山は関脇になりしが、東の関脇なる朝汐源氏山と此べてはやや劣れるものの如し、さりながら身材短小にして力あくまで強く、合掌ひねりなど最も得意を極め、しばしば見物の喝釆を博するは仕合せ。
谷ノ音は足癖に妙を得て三役中にあるが、勝ちは皆この手しかして負けは寄り切りにて手の無き相撲、今二三年を錬磨せざれば三役の位置おぼつかなき心地す。
小松山大纒は双方とも不定の力士、強くなったり弱くなったり、まづ道具なり。
大蛇潟はマッタマッタや見物をあくびさす、ただし力強ければウンと力む時は大概負けず、人によりて好き不好きせらるるだけありて気に働きなく毎度失敗を招くは気の毒なり。(1.17)
○相撲のかずかず
・土俵の上に喘ぐ轍の鮒の魚心あれば取り疲れたる咽喉に入るる水心もあるとは鉄ヶ嶽のなぞばかりでなく、今の力士の間にも折々かような頼みをして相撲を振ってもらう者あり、回向院の大相撲はさすがに本場所の事とて各々の出世にも係われば、さる頼み事の行なわるる筈なけれど、本場所以外の花相撲稽古相撲に至りては勝つも負くるも別段深き差し響きなければ、かの魚心の内約に依って勝負の譲り合いをなす者あるより、かくては稽古相撲の名にも背き且つは各自の勉強心を鈍らしむる恐れあれば、この際その弊を矯正し稽古相撲においては各々新手の錬磨をなし本場所においてその妙手を顕わし、もっぱらその技量を進ましむるに努むべしとて今回の本場所より厳重なる検査法を設け、幕下は勿論幕内力士にてもその技量次第によりては遠慮なく黜陟を行う事になせりという、さて今回の大相撲にて五月場所より腕前の上りしは荒岩朝汐逆鉾源氏山等の面々にて、他はおおむね持ち前の手のみを守ると見え未だ妙手を顕わせし者なく、幕下にては両國梅ノ谷の二人やや新手を覚えしが如し、また松ノ風は昨年大阪上りにて二段目を踏み本年は幕下十枚に入りしが、地方にて遊び過ぎたるため病に罹りいまだ全快に至らざればこのところ座りの気味なり、隈川は眼病のため休み居るゆえ云うも詮なく、鉄ヶ嶽もまた右足のクロブシを痛めて治療中なればこれも同断なり、笹島は一時廃業するとて稽古を休み昨年五月二段目付出しとなりて取口も見劣りしが、その後勉強の甲斐ありて本年の取口活発に見ゆ、また昨年大阪より上りし司天龍は本年より二段目となりて目下勉強中と聞けど、小町のような美人が数名ありとかいえばその強からぬも女ゆえなるべし。(1.20)
○相撲のかずかず
・永くの休業中、六尺ゆたかの大男が幾人ともなく只ごろちゃらと居喰をせられては東京中の米がなくなりはせぬかと心配でならぬ、力士仲間の様子を聞くに、いづれも明後十二日の返り初日より目覚ましい勝負を見せんづものをと稽古に骨を折っておれば開場の上は前にも増して面白かるべしという。
小錦朝汐は相変わらず一組と成って大相撲打上げ次第横浜横須賀を打ち、それより遠くの旅路へ赴くという。
大戸平谷ノ音は五月場所まで余り遠国へ行かずなるだけ近県を打って廻る筈なりと。
・例年大相撲興行中は地方の興行主が続々詰めかける習いなるに、今年は御大喪のため遠慮するものと見え余り大勢は来ぬという。(2.10)

皇太后の崩御にともない本場所はしばらく中断となりました。一ヶ月後に再開になりますが、その間も相撲関連記事はたびたび出てきます。各力士の評価は興味深く、貴重な資料です。花相撲は本気で取組まないのが通常かと思われますが、力士たるもの常に技術を磨くべしという方針が示されました。番付の昇降も単に本場所の数字によるものではなく、力士としての力量や稽古態度なども加味されるというものです。中断の間に稽古熱心の力士もいるようですが、再開後どのような展開になるでしょうか。

ウィキペディア(英照皇太后)

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【2009/02/04 21:55】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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