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明治29年春場所7日目 (東京朝日新聞/明治29.1.28)

○土俵のかずかず
一力當り矢は好相撲にて見物待ちかねの様子なりしが、當りは左筈で押さんとしは下手投を行きたれど極まらず、取り疲れて引分け。
天津風小天龍は綺麗に仕切て立上り、は引落しに行き更に小天の左手を泉川に撓めて押出したはアッケなし。
出羽ノ海大纒はなかなかの好相撲にて、の押し来るを二本差しに行き、変じて腰投をかけしをは残して逆投に行き、出羽は腰砕けて美事に土俵の外へ投げ出されたり。
今泉谷ノ音は、が仕掛けて釣舟に行かんと挑みしもは大事を取って相撲を仕掛けず、遂に引分となりしはの本望土をつけまじとの臆病か。
大碇小錦は、西の大関大戸平が既に土がついておるに対しても大碇に勝たせたしというもあり、兎に角当日第一の好相撲とて固唾を呑んで見ておると、小錦は充分土俵を譲りは心中注文ありと見え中々容易に仕切らざりしが、立上るやが突手に行くを幸いは組まれては大変と同じく突手を試み二三度詰際まで押寄せられしを残り、電火の如く身を飛ばして廻る時、はこれと共に廻り過ぎて行司溜りの左の方へ近寄りしを、はすかさず突き寄って遂にを土俵の外へ突き出したれば、は嬉しさの余り大手を広げてドンドンといい見物の投げ物土俵の上に山積せり。
楯甲横車はいづれも売出しの若手力士、互いに釣合い押合いしのち取り疲れて引分となりぬ。
狭布ノ里鳳凰は、狭布が左四ツに行くを双手を廻して何の苦もなく釣出したるは是非もなし。
朝汐小松山は、近頃新橋辺にお楽しみが出来たとやらで元気の弱った朝汐なれば、この相手にも持てあまし小松が左四つにて釣らんとするをは防いで投を行きしも極らず水入り、遂に引分。

大ベテラン出羽ノ海はここまで全敗で休場しますが、取組内容を見ても足腰がすっかり衰えて引退の近いことを思わせます。張出の大碇と大関小錦の対戦は大碇、うまく回り込んで勝ち星を取りました。小錦にスピード負けしない力士は数少なく、得意の強烈な押しが冴えました。「ドンドン」と言ったのでしょうか?変わった雄叫びです(;・ω・)朝汐は芸者遊びが過ぎて不調だそうで(;・ω・)

明治29年春場所星取表
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【2008/07/25 13:27】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治29年春場所6日目 (東京朝日新聞/明治29.1.26)

○土俵のかずかず
・一昨日(六日目)は板垣伯、山地将軍などいう土佐出身の貴紳も見えたるに、肝腎当日の好相撲と聞えたる小錦の相手海山(土佐出身)が土俵入をせざるゆえ伯は殊のほか失望し、しばしば師匠友綱をして出勤を促さしめたれども、何分風邪にて熱も高しというに詮方なく小錦もやむを得ず場所を引上げたり、また大砲越ヶ嶽大蛇潟鉄ヶ嶽の二組はいづれも見物待ちかねなりしに都合あって休みとなり、この他東方にて千年川北海の両力士が出勤せず、詮ずる所東方の幕内は六人出勤して十人欠勤の勘定なりしが、幕下にも腕利きの力士多ければ相撲は中々面白かりし。
楯甲荒岩は、立上るや突合いがはたいて落さんとせしをは危うく残して左四ツとなり、揉合いののちの隙を見て引落したるの手際は天晴天晴。
勝平梅ヶ崎は、が寄って得意の四ツに行くをは飛びしさり更に廻って手先の仕事を試みんとするを、は激しく突入り上手を引き左筈にて寄り釣らんとするに、は両手にて堅く前袋を引きは前日同様の運命に迫りしが、釣も効かず寄りもならず果ては満場の大笑い、水入りてのち引分となりぬ。
鬼ヶ谷若島は立上るや左四ツに組み、のちほぐれて打合いとなり、は咽喉輪を試みて極まらず左筈にて押切らんとするを、は受止め寄合いて互いに釣出さんとし、双方顔を真赤にしたれど勝負つかず水入後引分け。
朝汐鳳凰は当日第一の好勝負にて見物固唾を呑んで見ておりしに、立上るや突合い二三合ののちは二本差しに行くをは閂に掛け絞り上げ、は捻るか押すかの二手のほか為す所を知らずしきりにいづれをか試みんとしたれども、は絞り詰めて動かせずジリジリと東溜りの隅へ押寄せ、は土俵に足の触りしよりシャニムニ押戻さんとすれど、手は効かずアワヤという間には逆に捻ぢ倒して朝汐を東溜りの検査役尾車文五郎の座りおる上へ横さまに倒したり、この時満場大喝采。
大戸平今泉は、前日大砲を巻き落したる例あれば大戸も中々油断せず、念入りに立上るやは寄らんとし、大戸は寄せ付かせず押切りて大戸の勝はアッケなし。
小天龍高浪は、左をさし泉川にて撓め出さんとせしも効かず、解けて突合いとなりは再び首投に行くも効かず相四ツとなり水入ののち引分け、いづれも骨の折れし様子なりし。
一力松ヶ関は、立上るや突張り合いて四つに組み、解けて筈になるかと思えばまた四ツになり、あたかも切抜き画の相撲取を見るの趣ありしが、双方別に手も出ずおよそ十分間ほど土俵の真中に組合いしまま動きも得せず、取り疲れて引分は可笑しかりき。
鬼鹿毛當り矢は、立上るや突合の一点張なりしが當りの突き手激しきには鹿毛溜まり得ず、遂に土俵の外へ突出されしは鉄砲にて手鞠を打ちしに異ならず。
小松山横車は、まづ左四つに組み互いに釣出さんとして揉み合いしが、遂に取り疲れて引分け。
大碇出羽ノ海は、仕舞いではあり強弱すでに分かってはおり、誰とて真面目に見るものなく帰り支度をしておるうち、ヤッと立上る声の聞こゆるやたちまち出羽は突出され土俵の外ヘコロコロコロ。

海山の休場はケガのせいではなく風邪のようです。前日の敗戦も、もしかすると無理して出場していたのかも知れません。さて荒岩、番付は幕下二枚目で真龍という名だったのですが改名して出場、勝ち進んで幕内楯甲との対戦が組まれました。十両を飛び越して幕内との対戦は非常に珍しいですが、なんと勝利を収めました。年に2場所しか開催されないこの時代、実力の進歩に番付の昇進が追いつかないケースが時々あり、この荒岩もまた幕下にいながらすでに幕内級の実力を持っていることがうかがえます。今場所騒動の発端となった鳳凰は好調で得意の閂を極めて朝汐に完勝、この頃の審判は土俵上の四隅に座布団を敷いて座っているのですが、こうして力士が倒れてくるので危なかったことでしょう(;・ω・)

明治29年春場所星取表

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【2008/07/17 15:29】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治29年春場所5日目 (東京朝日新聞/明治29.1.25)

○土俵のかずかず
・一昨日より客足いよいよ多きを加え、今明両日の如きは上中等の桟敷売切れとなり勧進元は大喜び、これ全く紛議のお蔭なるか、さすれば毎年一度はもめるもよからんと仇口たたく人もありけり。
鉄ヶ嶽不知火は、幕と二段目の違いこそあれも次場所には幕に入るべき元気力士、双方念入りにて立上りさま不知火は突張て筈に行き内掛にて捻倒さんとするを、は踏張り押返し今度は不知火が外掛に行き極まりしも、同体に流れてしかも不知火先へ落ちたれば団扇はに上り、のち物言つきて預かりとなる。
高浪鬼鹿毛は双方大兵の力士、二三度突合うやは小手投げ極らず、今度は足癖に行きもたれて遂に勝を制したれば満場ドッと唸りけり。
狭布ノ里海山は、七三位の割合なれば手の物と安心して立上りしに、激しく突合いしのち狭布右をさしは巻込んで小手投を試みたれども、狭布は手早く引外して後へ廻るを逃さじものをと振向いて出直し、敵がすきを見て突いて来るを残って投げを掛けたれど、狭布は右を巻き外掛にて難なくを倒したれば満場湧くが如きの喝釆にて、羽織帽子の土俵をさして飛び来るもの雨あられとぞ見えたりける。
逆鉾大碇は、片や張出し大関の貫目あれどもも名に負う手練の力士、見物ならんと見ておるに大碇大達流の拳固中腰で仕切り、見物は馬鹿にするなと罵りおりしが、やがて双方激しく突合い四ツに組んでまた解れて小手争いとなり、が押して来るをは引外しが気抜けでいる所を横合よりすかさず強く突いたればは脆くも大手を広げて俯伏に突落され、糸目の切れた奴凧の如くに見られたり。
當り矢鬼ヶ谷は、立上るや双方激しく突合い打合いトンと喧嘩に異ならず、やがては二本ざしに行かんと寄り進むを、當り矢は当たり烈しく平手での横ッ面を打ちたればはたちまち眼くらみややよろめかんとする所を、早くも付入り土俵の外へ突出したり、この時は左眼よりホロリと落す一ト雫これやの眼の涙ならんか。
鷲ヶ濱淀川はいづれ劣らぬ老武者とてごく念入に立上り、まづ尋常に四ツに組みエイヤエイヤと挑みしのち、は体を進ませて遂に相手を西溜りの隅へ押出したり、は元より頭部と身体こそ立派なれ、足短くして腰まがり殊に老人と来ておればそのさまポンチ絵に異ならず、この時の嬉しい様子当日第一の大愛敬、中には爺さん御苦労というもありけり。
小錦鳳凰は当日第一の呼物にて、双方土俵へ上るや小錦小錦鳳凰鳳凰と呼ぶ声天地を動かし、さながら火事場に臨むの趣ありけり、これがため鳳凰は気のぼせでもしたか容易に仕切れずしばしば待たの後、立上るや小錦は右四ツに組み鳳凰は解いて投に行かんとしたれど、そこは場馴の小錦満身の力を出してグングン押行き行司溜りの土俵際まで迫りしを、は巻き落さんとしたれども小錦先んじて外掛をきめ難なくこれを倒したり、どうしても小錦は大関なりと見物一同感心せり。
梅ヶ崎若島は双方互角の人気力士、念入れて立上るや左四つとなり双方投を試みて効かず、次いで二本差しとなり前袋を引いて釣出さんと互いにあせりしもこれまた効かず、は腹を引き締められて瓢箪の様になり、遂に取り疲れて引分けたがこの時双方とも真蒼面になって疲れいたり、聞く所によればこんな苦しい取組は珍しいという。
大砲今泉は、例の通り大砲がノッソリと土俵へ上るやより注文をして立上り、の左をさし右筈に当て押出さんとし、東溜りの土俵際まで押寄せたを流石は大砲闔身の勇を揮って踏止り、今度はあべこべに敵を行司溜りまで押詰めたるに、は見事に体をかわし巻き落して勝を占めたるは中々立派なる相撲なりし。

十両の鉄ヶ嶽(てつがたけ)は元大阪廣角組で5年前に参戦して大負けしましたが、正式に移籍してこうして幕内目前まで実力をつけてきた珍しい存在です。惜しい相撲でした。狭布里は実力者の海山を破って2個目の殊勲の星、海山はどこか痛めたのか休場してしまいます。殊勲といえばこの日は逆鉾(さかほこ)が十両力士ながら大碇と対戦、見事な勝利でした。身長170cmに満たない小兵ですが、その技術は名人と言われ後に三役に定着して活躍します。連日上位陣と対戦が組まれるのは早くも期待を集めている表れでしょう。小錦と鳳凰の大一番は大関の貫禄勝ち、人気実力ともにナンバー1は揺るぎません。

明治29年春場所星取表

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【2008/07/11 12:03】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治29年春場所4日目 (東京朝日新聞/明治29.1.24)

○土俵のかずかず
谷ノ音千年川は互角の力量、千年は左四ツに組みしばらく揉合い更に釣らんとせしに、は外掛にてもたれ込み勝を占めたり、この時見物の喝采は百雷の轟くに異ならず、ここかしこより谷ノ音谷ノ音と囃し立て、同人は打出しまで桟敷廻りに忙しかりき。
大戸平天津風は、大戸前日敗を取りしため評判悪しかりしが、やがて左四ツに組んで揉合うや天津は大事を取りて少しも仕掛けず、大戸は釣舟に行かんとしたれど天津の体肥満のため極まらず、大戸も大事を取りて呼吸を計るうち水入となりぬ、この時見物は大戸引込めと罵りし折しも組直すや大戸はこの悪口に激して獅子奮迅の勇を振るい遂に引寄せて釣出したれば、悪評変じて好評となり、満場破れるばかりの大喝采なりし。
鉄ヶ嶽唐辛は、段違いなれども劣らぬ手取にて、相四ツとなり互いに釣合い水入後再び釣合い引分となりしが、一方が足癖をかければ一方が釣を戻し一進一退もみ合う有様、さながら腕白小僧がダダを捏ね合うに異ならず、始終満場大笑い。
梅ヶ崎出羽ノ海は、出羽右を取らんとせしをが引き外し一突つきしが、効き過ぎて西溜まりの土俵の隅へ尻餅をつきたれば、出羽は呆れて口アングリ、やっと目を擦りて気のつきし様子なりしは当日第一の大愛敬。
荒岩真龍改め)に高見山は双方とも人気盛り、殊に高見山は凱旋兵なりとて一段見物の受けもよし、さて立上るや双方激しく張手にて小手争いより左四つとなり、荒岩は手訓のスクイをかけしが極まりて勝を制しぬ。
勝平鬼鹿毛は、小兵に大兵なれば見物大半初めよりに望みを属せしが、は例の手取もの、敵の下を潜りて爪取りしをは耐えて直ぐに右をさし、投に行くをは外掛にてもたれたればはタヂタヂタヂと六足ばかりも踏切りたり。
海山若島は、勝負如何と固唾を呑んで見ておりしに、右手を取り小手投に行くをは引外し、すかさず激しく突出したる鉄砲にこらえ切れず突出されたり。

○従軍力士
・二段目力士横車は、しばしば本紙に記せし如く予備召集に応じて出征し、かの鴨緑江において偉大の戦功を奏したるにより、勲八等に叙せられ一時賜金百円を下附せられたれば、横車はこれをそっくり師匠武蔵川へ預けて保管を託し、武蔵川もその心掛を賞して袴一具を与えたり、よって横車はこの程件の袴に勲章を懸け贔屓先を礼に廻りしよし。
・また二段目の宮戸川は、征清軍の軍夫となり二千円余の金を貯蓄して安田現行へ預けたれば、近々廃業して実業に就くという。

関脇から平幕に落ちていた谷ノ音は今場所好調、大得意の足技を決めて4連勝です。当時は客席の贔屓客を廻って祝儀をもらって歩くのが認められていたようですが、これも国技館建設後の相撲近代化に伴い禁止された習慣です。連敗中の大戸平は引き分け寸前でしたがヤジに奮起。幕下の相撲、荒岩(あらいわ)という力士が登場してきましたが、のちに名大関と呼ばれることになる大力士です。すでに注目度が高いようですね。それにしても宮戸川という力士、二千円とはすごい大金ですが軍隊はそんなに給料がもらえるのでしょうか。どんな事業を始めたのかも気になるところです。

明治29年春場所星取表

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【2008/07/08 23:12】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治29年春場所3日目 (東京朝日新聞/明治29.1.23)

○土俵のかずかず
勝平両國は、が飛び違いに仕掛け行くを危うく残して巻きにかかり、今度はより投げに行く途端は寄りながらもたれ込み双方同体に流れて預かりとなりしも、星はが占め満場破るるばかりの大喝采。
若島大戸平は、大戸が前日の故に堅くなりしに引替えは血気の人気相撲、ぶつかり放題ぶつかるので最初より取組おもしろく大戸は泉川を極めて撓め出さんとしたれど、は引外して左筈に押行き東溜りへ押出したるは天晴由々しき大手柄、見物いづれも我を忘れて投げ物をなし、その数積んで山を成しぬ。

・欠勤中の西ノ海は去る十八日の朝、幕内力士の稽古をしているうち如何したはづみか右の二の腕を逆に引かれ目下なお治療中なれば今度の相撲には如何しても出られぬという、響升は田舎で安物買いをしたものと見え、例の醜病に脚部を痛め昨今煩悶中なりといえばこれも先づ出勤は覚束なし、西の方士鬼鹿毛は開場前の紛議に大戸平の股肱として働き、余り酒を飲過ぎたのて身体弱り欠勤中なりしが、師のに叱られたので是非なく昨日より出勤。

勝平は十両力士ですがスピードのある小兵の業師、この日も見ごたえのある相撲でした。しかしながら星取表を見ると対戦相手は不知火となっており、両國というのは何かの間違いでしょうか?大戸平は2日続けて新入幕力士に黒星、大関としては非常に珍しい記録ではないでしょうか。若嶋への祝儀の纒頭が飛び交いました。現在なら座布団が舞っていたことでしょう。西ノ海は今回の騒動の発端ともなっているので遠慮して休んでいるのかと思いましたが実際に負傷しているようです。鬼鹿毛は酒の飲み過ぎで休場中(;・ω・)初代梅ヶ谷の雷親方に叱られたのでは出るしかありません。

明治29年春場所星取表

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【2008/07/04 13:28】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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