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明治28年夏場所前 (東京朝日新聞/明治28.5.16)

○大相撲
出世大相撲は来る二十日開場の予定なることは前号に記したるが、近々両陛下御還幸あらせらるるよしを聞き及び、更に協議のうえ六月一日開場のことに決しそれぞれ出稼ぎ先へ通報したるよし。
○力士の給金付
・出世大相撲当興行における幕の内力士の給金付は左の如し。
金九十円      西ノ海  金三十九円        大 碇
金八十円      小 錦  金三十五円五十銭   谷ノ音
金六十四円五十銭 朝 汐  金三十九円二十五銭 大 砲
金三十六円     外ノ海  金三十四円       鳳 凰
金五十一円五十銭 若 湊  金二十六円      海 山
金四十四円五十銭 響 升  金三十九円五十銭  大戸崎
金三十六円     北 海  金三十五円       大 纒
金二十四円五十銭 越ヶ嶽  金六十二円      大 達
金二十六円     玉 龍  金二十三円      小松山
金二十五円     天津風  金二十二円      一 力
金四十四円五十銭 出羽ノ海 金二十六円     鬼鹿毛
金二十二円     高ノ森  金二十八円五十銭  大蛇潟
金三十三円五十銭 大 泉  金二十九円五十銭  高 浪
金二十三円     響 矢  金二十円二十五銭  梅ヶ崎
金二十二円     不知火  金二十八円五十銭  鬼ヶ谷
金二十二円     鉞 り  金二十一円       小天龍
                   金六十円        大戸平
(6.1)

日清戦争の間、広島に大本営が置かれていましたが、明治天皇はその指揮のため広島に滞在しており、戦争が終結したために東京へ帰ってくることになりました。もちろんこれは国を挙げての大きな行事であるため本場所もしばらく延期となりました。力士たちの巡業も延長となりそうです。さて力士給金が記事になっていますがさすがにキャリアの長い横綱西ノ海はダントツに高く、小錦が続いています。大碇は先場所の好成績を受けて大関に昇進しましたが、キャリアはまだ短いためそれほど高くありません。力士の給料は積み上げ式で下がることが無いのでベテラン大達や出羽ノ海が周囲の平幕力士よりずいぶん高いのが目立ちます。
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【2008/03/28 11:23】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治28年春場所千秋楽 (二六新報/明治28.1.25)

○回向院大相撲
・昨日の十日目を以て千秋楽を告げたる当場の景況一般は、前号の本紙に報道せし如く損耗を覚悟して始めたるに、案ずるより産むが安きとの譬えの如く三日目より案外客足の付きたるため無給とまで決心せし年寄共及び幕下十枚目以下の力士共へも不充分ながら給銀を与うる事になりしと伝う。
松若若島の相撲は、押合いて互いに前袋を取って睨み合い、巻き替えて右四ツ手の廻し引に揉み抜き、水入てより大揉みに揉み抜きたれど勝負のいつ果つべくも見えざれば遂に引分けたり。
・是より三役となり、知恵ノ矢朝虎は右四つに組みて挑むうち知恵が足くせを巻いて寄り倒す。
鉞り猫又は右四つに組みて競り合い、鉞り上手投げを打ちて勝。
升ノ戸淀川は、立合いにパッタリ右四つに組み、は釣らんはよらんと挑み合い、水を入れてより互いに隙を窺い合い寄らん釣らんと挑みたれど勝負の見えざれば遂にこの相撲を引分け、当興行の千秋楽を告げたり。

大戸平大碇組の花相撲
・回向院の本場所もいよいよ昨日限りにて打上げたれば大戸平大碇の一行は明二十六日より三日間陰暦の三ヶ日を当て込み多摩郡五宿のうち下布田村にて三日間興行をなし、また三十日より芝区愛宕下町三丁目にて七日間興行する由、特に本場所にて二段目相撲に勝ち誇りたる彼の若島が今回は幕の内に位置を占めたれば大碇などとの取組定めて面白かるべく、その景況は更に報道する所あるべし、なお番付面は左の如し。
大 碇 大戸平
谷ノ音 大 砲
大戸崎 大 纒
大 達 高 浪
小天龍 鬼ヶ谷
鬼鹿毛 小松山
唐 辛 大 泉
梅ヶ崎 高ノ森
響 矢 若 島

大砲の焼き芋大達の火鉢
・カ士大砲萬右衛門病気全快して出勤したるにより、御贔屓厚き華族伊達なにがしの君ことのほか喜ばせ給い、一昨夜同人を召され酒池肉林の御饗応を賜りたる上、其方もちと女色を慎まぬと折角取上げた取口も下り坂となるぞよ兎角支那兵の大砲となって東海姫氏国の美人に分捕られるから心配に相成るのぢゃ、と有難い御懇の仰せ、仇おろそかには承りませぬが私近来痳疾に罹って居りますから其の儀は大丈夫で御座ります、しかしリャンコでは毎々しくじりまして貧病が振切れず、その上親方からは叱られますので痳疾の痛みよりも余程苦しう御座ります、何卒御前様のお指図を持ちましてこの貧病退散の工夫は御座りますまいか摩利支天にも増す貴君様の事なれば仰せ通りに致しますと云うと、御前何の御分別にも及ばず、それは何より易い事ぢゃ以来給金纒頭の論なく悉皆親方に預け、其の内より毎日二十銭だけの小遣いを貰うように致せば貧乏神の渋団扇は決して貴様の方に上がらず、従って痳疾も治るようになるであろう、と仰せも待たず冠りを振り、二十銭では焼芋も満足には食われませぬ、さりとはお情けの罪科とやらだ、と大層な事を云うゆえ御前もさすがに驚かせ給い、百里の行は九十里を以て其の半ばとし八里半の芋は九里に近くして、且つ安きを以て貧乏人食事の半に宛つると聞く、もしそれ高台の御製の時分焼芋ありたらんには芋屋のかまど賑いにけりと、さこそは民の飢えたるを嘆き喞たせ給うならめ、さほど賎しき焼芋を二十銭では足らぬと云うは大砲の健啖疑うべき所ありと付き来りし者に裏問うてみると、左様で御座ります日頃おさつを頂きますに大概十三銭位は一人で参る様に御座ります、と以ての外の返答に御前いよいよ驚かれ、さらば小遣銭を三十銭に極むべしと十銭の追加を許され給いしかば大砲は大喜び、御前様は勿論の事ながら芋を温石に代える様な世間の弱虫共に俺の焼芋代が分かるものでは無い、温石何ぞ大砲の志を知らんや、と手を拍って打ち笑いぬ。
・力士大達羽左衛門は昨年の場所より元気やや回復したれど未だ山を抜く程の力とはならず、そのくせ気は世を蓋うて持ち前の天狗心を起こし、俺が真剣になってウンとやれば手に立つ者は一人も無いが、それでは愛嬌にならぬゆえ若い者に花を持たせてやるのだと威張って居れど自慢の団子棚から落ちることなきを保せず此の程の事とかやかねて出入する本所竪川通りの石材問屋服部方へ行くと主人が秘蔵の重宝すなわち百余年前角力小屋の櫓にて用いし大太鼓を火鉢に造り替えし物を出し、知っての通り此の火鉢を片手で持ち上げし力士の名は残らず此の側へ書き入れると云う、家例ゆえ周りは関取の名で埋まって居るが近くは陣幕鬼面山梅ヶ谷を始めとしてお前までも記してあり、されど是は数年前取り盛りの頃の事ゆえ今では果して上がるかどうだか試して見ぬかと云うをも待たず高慢の鼻をひこつかせ無雑作に手をかけたれど、一方隙きたるのみにして総体は畳を離れず、力火鉢をも上げられぬと云っては唐人にも相済まぬと金剛力を絞り出し真っ赤になっても其の詮なきにぞ、我ながら力量の減じたるに驚き以来しょげて居るとは笑止にこそ。(朝日新聞1.25)

勝ちっ放しの若嶋は松若(まつわか)と引き分け。この松若という幕下力士はのちに入幕、大阪相撲に移籍して横綱若嶋となる力士です。若嶋→大阪大関秀ノ海、松若→大阪横綱若嶋、というちょっとまぎらわしい関係です。元幕内の知恵ノ矢、十両に下がって負け越しも決まっていますが頑張っていますね。まだ幕下には負けていられません。横車は日清戦争に従軍のため休場していますが、星取表にはその旨が記されています。

明治28年春場所星取表


二六新報掲載の星取表

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【2008/03/12 21:39】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治28年春場所9日目 (二六新報/明治28.1.24)

○回向院大相撲
高ノ森関ノ音は、左四ツに組みて挑み水入りて引分。
鬼鹿毛猫又は、の左差しにが右手を引かけ小手投げを打つ。
海山大戸崎は、大戸の左差しを海山双の手に巻き込んで充分にころして隙を窺う、大戸の進退するにすべなく隙もあらば差し手をぬかんとすまううち、大戸の差し手を勢いこんで深く突込み、しかして抜かんとするとたん海山の打ちたるスクイ投げの見事に極まる。
小錦大碇は、手先に二三度突き合いの左をささんと進むをが突きはなし、入り乱れて激しく競り合い左四つに組むかと見る間によりひたひたと寄り詰めたるは力の入りし相撲なりき。
・中入後、大泉出羽ノ海は左四ツに組み、せり合い水入りてよりが釣らんと攻め立てたれど勝負の見えざれば遂に引分となる。
一力小天龍は、突合て手車を組み互いに隙を窺い、小天のはじき残ってまた手車を組み、水入りてより勢いよく跳ね合ううち小天の突き出す諸手を一力掴んで引きしためあわれや小天膝をつく。
若湊雷山は、突合いて雷山湊を土俵際まで突き詰めの危うかりしが辛く残して突き戻し、二三合する間に雷山が敵を一ハタキにハタキ込まんとして、残るとたんが敵の足を取りて突き出したるはきたなき相撲。
響升大纒は左四つに組みて挑み、寄り倒しての勝。
北海小松山は左四ツに組みて挑み、寄り出して小松の勝。
朝汐谷ノ音は、より立ちかかるがまったを入れるかと思いしに、さはなくがぬっと立ち敵の差したる右を撓めて寄り進む、アワヤの土俵を割りしかと見る間にの危うく残して体を入替えながらワタシこむ、団扇はに上るこの時西溜りよりのよせたる時に踏み切りありと物云いを付け、この勝負預りとなる。

1敗同士の頂上決戦は小錦が快勝して実力第一人者ぶりを見せてくれました。関脇朝汐は先場所に続き好成績。上に2人いるためになかなか昇進できませんが、すでに大関級の力士と言えるでしょう。元関脇の若湊は7連勝を達成して久しぶりに好成績です。対照的に小天竜は不名誉な9戦全敗記録となってしまいました。新聞の星取表は勝ちを●、負けを○で表していてちょっと変わっています。

明治28年春場所星取表

二六新報掲載の星取表
時事新報掲載の星取表

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【2008/03/10 22:08】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治28年春場所8日目 (二六新報/明治28.1.23)

○回向院大相撲
両國大泉は、立合中が化粧立ちに立かかり横そっ頬を叩きたるに、両國真面目に憤り出しの横つらを打ちかえす、そして自分の顎を幾度かおさえて外れはせぬかと試みるもおかしく見物は一同に笑う、両國躍起となり立合に気をいらちあたかも鵲鶲の天の浮橋の辺りに尻尾を上下に動かす如き身振するもおかしく、ヤット立つや両國の左さしをがその手を取りて撓め出さんとす、両國さはさせじと防ぎてよらんと進む、アワヤが踏切りたるかと見る一刹那が見事にウッチャル団扇はに揚がる、両國より物云いを付け預りとはなりたれど勝星はのもの。
一力出羽ノ海を送り出し。
大戸崎越ヶ嶽は、立合にが左を差してしゃにむによって来る、大戸その手に右を引かけ絞り上げて防ぎとめる機会左四ツに組みて挑み、水入りてより互いによらんと揉みぬき大相撲となりしが大戸の力や優りけん遂に寄り倒して勝たるは満場大喝釆。
大纒若湊は、突合いて突出しの勝。
小天龍北海は、立合に突き合ううち北海敵を引きよせて左を差すよと見えしが、苦も無く寄り詰めて勝。
大碇朝汐は、これが第一の好取組なれば両人の土俵に入ると共に満場の喝采湧くが如し、かくと両人は念入りに仕切りヤット立つやいな左を差す、のその手に右手を充分に引掛け小手投を打つ、のコリャ堪らぬと体をかわして防ぎたれど堪らずの追出ちに打し小手投げ見事に極まる。
・中入後、若島関ノ音は突合て若島より無二無三に押詰め、アワヤの土俵を割りしかと見る間に辛く残して押戻し、二三合競り合ううちの踏み込んで突き倒し。
鬼鹿毛響矢は、左四ツに組み水入りて引分となる。
小松山今泉は、左四ツに組みて釣り合い小松が釣上げてよって来る所を、が土俵際に堪えて釣返して釣り出したるは力の入りし大相撲なりき。
鳳凰響升は、立合いすぐ左を差す、その手を撓めて撓め出す、土俵際に捨て身を見せたれどこの時すでに遅く団扇はに揚がる、が無理に物云いを付けて土俵を下らず、よって土俵の上だけ預りと。
谷ノ音海山は、すぐ右四ツに組み廻しを引き合い、組みたるまま少しも動かず・・・・・・水を入れてより毫も動かず勝負の見えざれば遂に引分となる。
大砲小錦は、立合に互いに右を差して挑みはじめパッタリ右四ツに組み互いに寄り詰めんと競り合いしがの勝手悪しかりしか、あろう事か体をクルリと廻しながら右の差し手を引抜き、敵のあわてて躊躇する所を突出さん計略と覚えたり、敵も近頃中々技量の上達せしかとその手は喰わぬと腰を引きて寄り進む、いらちてそんならこうだと一ハタキにハタキ込む、この時満場の騒ぎ例うるにもの無く、しばしは鳴りも止まざりき、櫓太鼓の打出す音に促されてカッタカッタ(太鼓の縁を叩く音)太鼓の音はテンデンバラバラ。

両國がユーモラスな動きを見せていますが、おそらく本人は真剣にやっているのでしょう・・立ち合い不成立なのに張り手の応酬とは(;・ω・)さて破竹の勢いを見せていた大碇は朝汐の小手投げに屈して初黒星。前日朝汐を倒した大砲は小錦の早い動きの前にバッタリ。この辺の上位陣の星の潰し合いはなかなか見ごたえがあります。小錦は以前にも相手の前でクルリと一回転してみせましたが、実に独特な技ですね。

明治28年春場所星取表

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【2008/03/07 12:29】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治28年春場所7日目 (二六新報/明治28.1.22)

○回向院大相撲
若嶋両國は、両國が師匠直伝の猾手段を廻らし立合にしてやらんとかねて注文せしと見え、立合いにの突出す左をたぐり込み一本背負いを打たんとすまいたれど、の左知ったりと引はなす両國こりゃ仕損じたりと体を潜め足を取らんとせし所をハタキこむ。
関ノ音梅ヶ崎は、左四つ手の釣合い水入りて分け。
高ノ森唐辛は、立合よりはが右を差して攻立る、唐辛が日頃の元気に似もやらず始終防ぎたれど堪らずが土俵際に外枠を掛けて捻り倒す。
海山小天龍は、左四つに組て挑み離れて手先に競り合ううち小天の突出す左をたぐりながら廻り込み、右手をうしろみつに掛けて送り出す。
北海大戸崎は、北海が差したる左を大戸の引上げ互い空き手を巻き込み互いに寄らんと挑み、水入りて後引分となる。
小錦谷ノ音は、立合にすぐの左をささんとするとたんの体を一足後へ引く、のこぶし空を突き体の少しく延びたる所をの早くも左手を上げてハタク気も無く軽くおさえ付けたるための膝をつく、けだしこの相撲を評さば強き者必勝に非ず、弱き者必負に非ずと云う斯道の格言に依るのほか弁無し。
・中入後、大泉鬼鹿毛は左四つに組て挑み、水入りてのちをヤグラに釣りてよせて来る所をが右の足クセを掛けて巻き倒す。
一力小松山は、手先にせり合い互いに左を浅くさして挑みしが、離れて又左四ツに組み互いにみつを取らんと挑み、水入りてより又離れて手先にせり合い小松の両手に前袋を取り、引きよせんとせしが双方取疲れて遂にに引分となる。
若湊鳳凰は、立合に突き合いの突き負けて浮足となる、のすかさずたたみ掛て攻め立る、のこりゃかなわぬと敵を左にかっぱじき逃げんとせしとたんの四ツ這いにこけたるは若湊が期せざる僥倖と云うべし。
朝汐大砲は、すぐ右四ツに組み互いに寄らんと挑みあううちに踏み切りありて団扇は大砲に上る。
響升大碇は、立合いに手先に二三度挑み右をさして寄り進み、が土俵際に捨身を試みたれど堪らず寄り倒しての勝にて打出したり。

両國は先場所幕内の壁に当たって十両に下がっています。先代の両國は関脇まで昇進した名力士で「つま取り」を得意とした小兵だったと言われていますが、小さい体で活躍するには立ち合いの工夫を色々とやっていたことでしょう。そんな師匠から受け継いだ注文相撲を見せましたが、通用しませんでしたね(;・ω・)相手の若嶋は大阪相撲から加入して十両格付け出しですが連戦連勝です。こののち数年で大阪へ戻り秀ノ海(ひでのうみ)という名で大関まで出世します。小錦は不覚の黒星、ですがまあ記者としては勝った谷ノ音を誉めるでもなく、たまたま運良く勝ったとでも言いたげですね。朝汐は巨漢大砲とまともに組んで力負け。

明治28年春場所星取表

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【2008/03/05 21:35】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治28年春場所6日目 (時事新報/明治28.1.22)

○本場所大相撲
・一昨日の日曜は相撲の六日目に当り、取組もまた面白きためにや場中一ぱいの大入り大景気なりし。
雷山関ノ音は、立上り釣りての勝。
升ノ戸宝嶋は、左四つ寄りての勝。
鬼鹿毛一力は、立上り小手先の争いにて右四つに組むやまた崩れて左四つ、たちまち寄っての勝。
小天龍若湊は、立上り突合ううちハタキての勝。
鬼ヶ谷響升は、立上り突合いは二本差しにて前袋を探りに来るをは嫌だと振り解きたれど、ついに左に前袋を引きて寄るを十分に耐えたれば捻りての勝。
谷ノ音北海は、立上り左で押すを見る間もなく突落しての勝。
出羽ノ海朝汐は、出羽何となく働き付いて大敵のにかかり勢い込んで突合い、右を差さんとて飛込み来るを捻りての勝は是非なし。
外ノ海大碇は、立上り突合い土俵一廻りという間もなく突き落しての勝。
・中入後、響矢祇園山は立上り突合いすぐ寄りての勝。
両國高ノ森は、立上りの左差しを片閂にて角力い、崩れて小手先の争いとなり更に左四つとなりて角力ううち水入、再び組みて一寸揉み間もなく分け。
小松山大泉は、立上り左四つすぐ釣りて持ち行くところを耐えたれど、ソンなら斯様だと引きつつ持れての勝。
唐辛越ヶ嶽は、立上り左四つすぐ釣りての勝。
鳳凰今泉は、立上りすぐ左筈にて押しの勝。
海山大砲は、立上り低く潜るを押えて手車となるや右手を伸して押しの勝。
小錦大纒は、立上り突出しての勝にて打出したり。

この日もほぼ順当に勝負が決まりました。入幕3場所目の越ヶ嶽が5勝1敗と好調。大砲は途中出場の初日を白星で飾りました。響矢は先場所0勝で今場所は十両に落ちていましたが、白星を先行させて再入幕を目指します。この時代、これほど大幅の降格で十両に下がるのは珍しいことです。

明治28年春場所星取表

東前頭8・若湊祐三郎

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【2008/03/03 21:02】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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