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明治27年夏場所5日目 (二六新報/明治27.5.18)

○回向院大相撲
・昨日の五日目は、よりの好天気と神田祭中商工の休業者の観者も多く、概して大入の方なり。
不知火唐辛は、立合に右を差す唐辛その手を泉川に撓めて挑むうち不知火その手を突付けて預けたるまま左手に内枠を掛けて捻る。
大泉鬼ヶ谷は、左四ツの廻し引きの大競り合い、水入後なおも競り合いたれど双方取疲れて引分。
越ヶ嶽響矢、左四ツに組み寄り詰めての勝。
海山大纒は当日二三好取組中の一にて、両人の土俵に入るやと呼び海山と叫ぶ声場中沸くが如し、かくて両人は形の如く踏切りヤット立つやパッタリ左四つに組み、寄りつ寄り返しつ(満場拍手喝釆)挑み最後に海山より寄り進むをが堪える機会、海山が打ちし掬い投げの見事に極まりたるは中々の大相撲なりき。
外ノ海大戸崎は、左を差す大戸その手を捲き込みて挑む、より厳しく攻め立てたれば大戸防ぎかね遂に土俵際まで突き詰められたり、コリャ堪らぬと右手をの差し手に掛け一こね捏ねて土俵外へ捻り出す。
若湊大碇は、立合に左を差して寄り進む、右手をの首に巻き首投げを打たんとする機会、が突放したるため首にまきたる手のスルリと抜けて突き出さる。
朝汐小松山は、左四ツに組み上手下手に廻しを引きて挑むうち、小松を引提げて釣出さんとして残り、なおもが釣出さんと進むを小松が土俵に突き戻さんとすまいたれば、の烈しく攻め立てたれば堪らず土俵を横に五六歩渡り遂に寄り詰められての勝となる。

現代でも盛大な神田祭ですが、仕事は休み、相撲も休み、と当時はそれ以上に盛大で重要な祭であったことがうかがえますね。内枠というのはたまに出る技の名前ですが、相手の足を取る技でしょうか。大纒と北海が敗れて全勝は朝汐だけになりました。海山と大纒のホープ対決がアツいですね。記事にありませんが大戸平も敗れ、かつて平ノ戸という名で花形力士だった御用木は現役最後の土俵でした。
神田祭の歴史(神田明神HP)

明治27年夏場所星取表
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【2008/01/25 00:18】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年夏場所4日目 (二六新報/明治27.5.16)

○回向院大相撲
御用木雷山は、雷山左を差してワタシコミ。
鬼鹿毛天津風は、敵の左に引掛て突放す。
高浪大戸崎は、左四ツ掬い投げ打ち合い最後に大戸が打ち掬いは見事極まりたれど、この時遅し己が踏切早く団扇はに上る。
北海鬼ヶ谷は、立合より大荒れにあれて突合い又押合い、土俵を南京鼠のごとくクルクル廻りながら左四ツとなり場中大喝釆、しばし挑むうちが勢いよく寄って来る出鼻をハタキ込んで勝。
大砲鳳凰は、立合に敵の懐に飛込んで引落さんとして残り、左四ツに組み二三合挑むと見る間、より寄り進む大砲コリャ堪らぬとを一と掴みになし寄り戻さんとせしかど、の寄り身烈しく遂に組みたるまま大砲仰向に倒る、行司が団扇を差し違い大砲に上げたるため物云いありたれど観者の見た通り鳳凰の勝となる。
小松山千年川は、千年二本差して寄り切り。
大戸平海山は、右差しに挑み大戸より寄る、海山寄り返して土俵際まで寄返し上げココゾと体をあびせ掛け見事寄り倒したれど、この時遅く海山に踏み越し有て物云い預りとなる。
唐辛大泉は、寄り倒して唐辛の勝。
大蛇潟両國は、こやつも寄り倒して大蛇の勝。
響矢若湊は、突出しての勝。
大纒越ヶ嶽は、左四ツ組み寄り倒しての勝。
外ノ海出羽ノ海は、突出しての勝。
大碇今泉は、立合に寄り切て大碇の勝。(但し今泉に立ち遅れあり)
大達朝汐は、左四ツに組み寄出しての勝にて当日の相撲を打出す。

○相撲
・昨日は神田祭礼の物日にもあり、かつ終日天候曇りしにより臨時休場。

朝汐、大纒、北海が全勝をキープ。鳳凰は大砲を寄り倒す力強い相撲を見せました。大戸平は記事では預かりですが星取表は白星になっています。以前のように物言いがつけばすぐ預かり、という傾向はここのところ薄れている感じがしますね。大碇の速攻はこの日も冴えます。

明治27年夏場所星取表

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【2008/01/22 21:11】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年夏場所3日目 (二六新報/明治27.5.15)

○回向院大相撲
・一昨日三日目は日曜日と云い久々にての好天気なれば殊の外に大入なりき。
大泉両國は、両國を釣出して勝。
高ノ森出羽ノ海は、左手の大競り合い水を入れて分。
越ヶ嶽鬼鹿毛は、左四ツに組みが差し手を抜きて出し投を打ち、残る機会に諸手に廻しを引き釣らんとして残り、水入りてより又もが釣らんとする時、が体を押付けたるための腰砕けての勝はひろいもの。
天津風大纒は、立合いが両手を筈にあてて押切。
外ノ海大達は、立合にが例によりて突出し居る拳固には立合う気を奪われ待手をする数回、観者も待手多きに厭き果ててを冷評する声場中クスクス然たり、の冷評に堪りかねヤット立上りながらの左手を引ぱり込まんとするを、がソリャならぬと体を廻さんとするとたん、横なぐりに突きたるため土俵をかけ出す。(記者云う、も余程老いたり)
海山大碇は、当日二三の好取組なれば観者のこの相撲如何ならんかと固唾を呑んで待ちたる甲斐もなく、立合うやいなが左手をあてて押出したるは見栄え無き相撲。
朝汐御用木は、左四ツに組みより寄る御用木足癖を巻きて支えたれど、堪らず上手投を打て勝。
高浪梅ヶ崎は、突出しての勝。
大蛇潟唐辛は、大蛇より左を差して寄り倒し。
若湊小天龍は、突出しでの勝。
雷山大戸崎は、左四ツに組て挑み上手捻りにて大戸の勝は是非もなき勝負。
北海小松山は、押切て北海の勝。
今泉大砲は、左四ツにつがい寄り出して大砲の勝。
千年川鬼ヶ谷は、手四ツに組みて挑み水入にて引分。
鳳凰大戸平は、右四ツに組み二三合挑むと見る間に大戸敵を充分に引寄せて釣出し、当日の相撲を打出す。

西ノ海・小錦がいないと何となく締まらない感じがしますね。幕内の枚数を増やしてまで5人が入幕しましたが、ここまでは苦戦の様子。先場所活躍の鳳凰も大関には通じず。新小結大碇は新進の怪力海山(かいざん)に快勝してまずまずの調子です。朝汐は3連勝と順調ですがあまり強敵とは対戦しておらず、当然の結果と言えるでしょう。躍進中の大纒は今場所も連勝スタートで注目されます。

明治27年夏場所星取表

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【2008/01/20 23:03】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年夏場所2日目 (二六新報/明治27.5.13)

○大相撲
・(唐辛高浪)は、より左を差し、寄り。
・(小天龍今泉)左四つ廻し引き、はよらん小天はいやだと揉み抜き、水入りてより小天を央に釣上げ釣出さんとす、小天支えるは釣上げたるまま二三度振廻して釣出したるは中々の大相撲。
・(鬼鹿毛玉龍)は、諸さしに右手に首を捲きて挑み、差し手の左を抜き出し投げを打って残るとたんが打ちたる首投げの見事に極る。
・(大戸崎不知火)は、大戸より化粧立にヤットかかる、不知火が待手を入れかと思いの外、すぐ敵の左足を取りて押し出したるは狡猾な相撲取。
・(小松山外ノ海)は、小松の足を取りて勝たるは穢れなき相撲。
・(大砲越ヶ嶽)は、立合に手車を組む、引きはなして逃げ出す、大砲追かけ追廻し遂に追出して勝たるは手捌きの新手。
・(響矢千年川)は、はじめ突合い千年より二本差して寄り倒し。
・(大戸平天津風)は、立合に天津右を差す大戸その手を捲き込んでしきりに寄らんとすまう、天津は廻しを引たる右手に支えて少しも動かず水入りてより挑みたれどいつ果つべしとも見えざれば遂に引分。
・(中入後)(両國高ノ森)は、右四つの廻し引きに競り合い、水入りてより大揉みに揉み抜きたれど双方取り疲れたれば遂に引分となる。
・(笹嶋大蛇潟)は、押出して大蛇の勝。
・(海山梅ヶ崎)左四つに組み、寄り倒して梅ヶ崎の勝は大喝采。
・(大達若湊)は、より押し掛る土俵に堪らえて廻り込むとたん、の体ヒョロヒョロとして踏み切る。
・(北海御用木)は、左をさして寄り切り。
・(大纒雷山)を苦もなく突出し。
・(大碇鳳凰)は、より突掛る浮足となる、突かれながら一とハタキ叩くの体土俵を飛出すとたんの手を突く、団扇はに上る、物云い付きて預となる。
・(出羽ノ海朝汐)は、朝汐より右をさして渡しこみ当日の相撲を打出す。

制限時間の無い時代、立ち合いの駆け引きはさまざまです。現在なら時間一杯に合わせて両者とも気を集中させますが、当時は相手がいつ立ち上がるか分からないのでとりあえず突っ掛けてみたりします。相手の出方を窺ったり一種の陽動作戦になるのでしょう。相手としても待ったをしたり、受けて立たないと一瞬見せかけてから勝負を開始するパターンがあります。この日の不知火の相撲はまさにそんな感じで、やはり見る側としては卑怯な作戦というイメージになってしまいますね。

明治27年夏場所星取表

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【2008/01/17 10:29】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年夏場所初日 (二六新報/明治27.5.12)

○回向院大相撲
・昨十一日を似て初日興行せる大相撲は、惜しいかな西ノ海小錦の両力士病気休業の噂ありしためか朝来天気の曇りしためか思いの外の不入なりしも、午後快晴となりしよりまづ相応の入りあり、また当日主なる観客の中にて近衛徳川両公爵は例の通り見物あり。
・(鳳凰両國)は、待手数回の後、一卜突きに突き出しての勝は是非もなし。
・(若湊小松山)は、立合に二三合突き合いしと見る間にハタキ込まれて若湊の負。
・(大蛇潟大戸崎)は、始め左四ツにて大戸より攻め立るを、大蛇防ぎきれず捻り倒して大戸の勝。
・(北海出羽ノ海)は、よりつ返しつ互いに挑み合う中、遂により詰めて勝。
・(天津風大砲)は当日中、前中の難相撲にして立合に天津気込んでの三ツを引く、その手をは巻きこみ寄らんと試みたれど甲斐なく、水入り後また元の如く取組みしも勝負分らず引分。
・(響升鬼鹿毛)は、見事の首投げにての勝。
・(朝汐響矢)は、釣出しての勝にて中入り。
・(一力勝平勝平は右手に内より高股を取りて見事に捻り勝。
・(越ヶ嶽大達)は、左四ツに組む、引きよせて苦も無く釣り出したる手際は流石に昔忍ばれてゆかし。
・(玉龍小天龍)は、始めより双方荒れに荒れてしばし挑み合いしが、最後に小天より進み寄り左を差さんとする機会、玉龍その手に右手を引掛け体を廻しながら横なぐりに突出したるは面白き相撲。
・(不知火大纒)は、立合に不知火左を差す、その手を撓めてすぐ撓め出す。
・(雷山大碇)は、始めより跳ね合いの浮足となる、雷山敵を抱き込み畳み掛けて寄り進む、は土俵に踏み堪えるを雷山体をあびせ掛けて勝を取らんとす、こりゃ堪らぬと捨て鉢にウッチャリたる手の見事に極まりたるは当日の大相撲。
・(千年川御用木)は、右四ツに組み二三合挑みたれど苦もなく寄り詰めて千年の勝。
・(高浪大戸平)は、右四ツに挑み寄り詰めて大戸平の勝にて当日の相撲を打出す。

西ノ海・小錦の二本柱が休場してやや寂しい夏場所、大戸平は久しぶりに元気な姿を見せました。スピード感のある押し相撲で急上昇中の大碇が小結へ、初日危ない相撲でしたが辛くも勝利。新入幕は5人と多めです、前頭が13枚から16枚に増員。現在のように幕内の定員などは無かったのでしょう。先場所大達が土つかずでしたが番付は2枚のダウン、やはり8日間も分け預かりでは評価されなかったようですね。

明治27年夏場所星取表

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【2008/01/14 22:18】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
相撲取手略解 雪乃屋主人 (二六新報/明治27.5.9-5.11)

○相撲取手略解 雪乃屋主人
・相撲取手の事を新聞紙に掲げ始めたるは去る明治十四五年の頃、毎日新聞社にては故服部某と、予が日日新聞に前後相続で掲げたるが始めにて、それより十七八年の頃より各新聞紙にも続々掲ぐる事となれり、元来相撲道には古来より節会の式等故実の云い伝えはあれども取手の事を定めたるは寛永以後の事なりとす、けだし往古よりの云い伝えには角力は殺手なりとあり、聖武帝の神亀三年角力節会を創始せらるるにあたり近江国より滋賀清林(行司の元祖)を徴して御式の行司を命ぜらる、この時より相撲に殺手を禁じたれども爾来往々相手を傷いし事ありしが、寛永年間明石志賀之助等の名手出でてこの技ようよう盛んなるに従い殺傷の跡ありたるより幕府は相撲に逆手を用ゆるを厳禁せられたれば、順手四十八手すなわち反り十二手、捻り十二手、投げ十二手、掛け十二手を定めたりと云う、思うに昔時相撲を以て武技の一に数えたるがゆえに、戦時にありては敵を傷うを以て本旨とすと、むべなり、元亀天正以来諸国に群雄割拠して戦争止む時なく各自武技を練ると共に相撲の取手より順逆の手を区別して柔術(当時柔術と云いしや否は知らず)を発明し、逆手を以て本旨となし組打の技に供したり、ゆえに相撲の取手は順手をもって本旨とせり、追年相撲の技進歩すると共に本文四十八手に表裏の手を生じ、また「手捌き」八十二手「手砕き」八十六手と注したれども、順手を以て取り捌きしにおいては制限を加える限りなければ追々取手増殖して今はほとんど各々三倍あるいは四倍にもなり居るべし。
○四十八手の事
・そも四十八手の事については宝暦以来出版せし相撲に関したる諸書を参考するに、その記するところ大同小異にして著者後輩が先輩の記せし名称文字等をそのまま記するを厭い無体に付会せし熟字を新製し或いは漢字等を挿しはさみて読者を瞞着せんとするに似たり、世人多くは相撲の取手を四十八手に限り居る如く思うは非なり、四十八手とは剣術柔術等に用うる大要の形と一般なりと知るべし。
○頭手腰足の事
・「反り手」とは敵に対するとき主に頭を働かせて相撲するを云う、「捻り手」とは両手を主に、「投げ手」とは腰を主に、「掛け手」とは足を主に働かせる相撲なれども、頭手腰足ばかりにては相撲は取れず、四肢身体相まってその働きをなすものなり。
○手捌き、手砕きの事
・「手捌き」とは立合の時行司が引く団扇と共に立上り互いに勝を競い早く勝を取らんとして取捌くを云う、「手砕き」とは敵が己れに勝を取らんとして取捌く手を打ち砕きて反対に勝を取るを云うなり、ゆえに手捌きは相撲の本旨にして、手砕きは敵が取捌く手を防ぎ、しかして勝を取るものなれば取手の末と知るべし。
○反り手の事
・「反り手」は甚だ区域の狭き取り手なり、単独なる反り手にて勝を取るは撞木反り、寄り反り等なり、「撞木反り」とは敵の腋の下へ頭を入れ片手を敵の股に差し入れ片手に腕を取りて引きかつぎ、丁度撞木の如き形となり後ろへ反るを云う、「寄り反り」とは敵を土俵際まで追い詰め敵が堪えて突戻さんとする機会に腰を落して反るを云う、「掛け反り」「河津掛け」などは足を掛けて反る手なれば単独なる反り手と云い難し、また単独なる掛け手とも云い難し、これらの手は間々見る事あり。
○捻り手の事
・「落し」「巻落し」「叩込み」など記するは皆捻り手に属する手にて詳しく記せば捻りて突落し、捻りて巻落し、捻りてハタキコムと記すべきを省略したるなり。
○投げ手の事
・投げ手は種々なれど、投げずして投げと云うは不審と思う人も有るべければ、その一二を記すべし「持出し」「釣出し」など記するがすなわち投げ手に属するものなれども、たまたま相撲を見る人々の投げ付けられて身体に土の付かざれば投げ手と思わぬも有るべし、投げ手とて必ず投げ付くるの謂にはあらず、腰を以てすまうの称なれば一言せざるべからず、持出しといい釣出しといい等しく「櫓」と云うが本文なり、この手は互いに四つつがい挑み合ううち力の優りたるもの上手に力を籠めて引付け釣上げて持出すを「上櫓」下手に力を籠めて持出すを「下櫓」両手を下手に差し廻しを引き腹に力を籠めて引付け釣上げて持出すを「腹櫓」と云う、すべて腰に力を入れてするを投げ手と知るべし。
○掛け手の事
・「掛け手」と云うはすべて足を働かせてすまうの称なれども足ばかりにては相撲は取れず、前にも云いし如く身体四肢相まって相撲するものと知るべし、けだし掛け手は互いに憤激して力を角するものと少しく異なる所あり、相撲中四つにつがい互いに隙を窺い合ううち進んで敵の空虚をつくためにし、或いは敵に攻め立てられて防御に用ゆる甚だ窮したる手なりと知るべし。
○廻しの事
・「廻シ」力士の腰に帯びる特鼻褌を締込み廻し、或いは単に廻しと云う、その称の由来を尋ぬるに甚だ漠なり、しかれどもこれを取ると云い引くと云うの区別あり、後ろにある縦三つ前にある前袋を取ると云いて左右の脇なるを引くと云うは用語なり、しかるにこの判然たる用語をみだりに記しつつ報道する新聞紙あり、それ等は少しく注意して報道するがよし。
・相撲取手をことごとく記さば数日の紙もまた足らざるべければ、ただ本紙を愛読せらるる諸君が相撲記事を閲覧せらるる栞までにかく記すになん、けだし諸君が相撲を見る大体は勝負を判別するが主要なれば日々大概の報道を似て満足せられん事を希望せざるを得ず。

ニュースというわけではありませんが、相撲記者らしき人の短期連載がありました。危険な技を禁止するために相撲の基本技である四十八手が定められたとの事です。順手というのは相撲の原則にのっとった技という事になるのでしょうが、何やら種類が多くて難しそうですね(;・ω・)手捌き、手砕きも今はほとんど使われない言葉です。

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【2008/01/12 20:52】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年春場所千秋楽 (二六新報/明治27.1.16)

○回向院大相撲(十日目)
・昨日は朝よりの好天気と云い、殊に上元の祝い日なれば薮入の子供等も多く来観せしゆえ十日目としては殊の外の大入なり、さて当場の景況は大戸平達ノ矢八幡山等の欠勤、大砲が中途より不勤せしため勧進元の収入に余程影響せしならんか、しかし一月場所だけに収支相償わざる様の事はあらざるべし。
岩戸川高ノ森は、立合いに岩戸体を潜めて足を取らんず、も知ったり飛違いて入乱れ競り合ううち、が敵の右手をタグリ一本背負いに掛け、もんどり打たせて勝を取る。
不知火雷山は、両人共五月場所には幕の内に入るべき候補者なれば両人は勿論、相撲好きの人々はこの一番の勝負如何あらんかと気込みて見る間に、両人ヤット立上り勢いこんで左四つに組み不知火は最初より腰投を打たんとすまう、雷山は右手の上手に縦三つを取り引寄せて釣らん不知火は腰投を打たんと競り合い、水を入れて不知火右手を敵の首に巻き大揉みに揉み抜きたれど勝負の見えざれば遂にこの相撲を引分けたり。
・是より(三役)となり、笹島礎は右四つに組み、が充分に釣上げて釣出さんと進む所へ、が土俵際にて廻りこみあべこべに釣出す。
梅ヶ崎勝平は左四つに組み、勝平は腰投と出し投を交わる交わるに打ちは上手投を打たんと競り合い、水入りてなおも厳しく競合いたれど勝負の見えざれば遂に引分となる。
一力鬼鹿毛は、はじめ手車を組みて隙を窺い合い、一力より寄り進みし所をが寄り返して寄り切り、当興行もこの相撲にて打止めとなる、弓取の式は相生鬼鹿毛に代りて勤めたり千秋万歳万歳。

○花相撲
西ノ海小錦の組に鳳凰大蛇潟の組加わりて明日より横須賀に興行し、それより横濱池上を興行して東京に戻り平川天神にて興行する由、また大戸平大砲の組は十八日芝愛宕下に、大碇鬼ヶ谷の組は中洲にて興行なし、それより旧暦の正月となりてより近県へ出稼ぎする由。

千秋楽はいつもの十両以下の取組です。不知火はこの日は熱戦の末の引き分けのようです、土付かずで十両の中では最優秀の成績。記事には登場していませんが唐辛(とうがらし)という珍名力士が上位に進出して勝ち越し、入幕が見込まれます。十両落ちしていた鬼鹿毛も千秋楽結びの一番で勝ち越し決定、幕内復帰となりそうです。
明治27年春場所星取表

西十両6・不知火光右衛門

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【2008/01/09 21:24】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年春場所9日目 (二六新報/明治27.1.16)

○回向院大相撲(九日目)
・一昨日は前日来西ノ海小錦等の不勤にもかかわらず日曜日ゆえか観者は前日よりも余程の大入と見受けたり。
響矢一力は、右四ツに組み一力より寄って来る所をが土俵際にこらえ見事にウッチャリ。
大泉鬼ヶ谷は、両手下手に差し左手を伸ばしての前袋を取らんとさぐる機会、の左手に引掛けたる合手に力をこめ一トこね捏ねて見事に投げ。
玉龍小天龍は、立合より突合い飛び違い勢いこんで競り合ううち、小天が廻り足を踏み出して玉龍の勝はひろいもの。
高ノ戸両國は、立合に両國が突出したる鉄砲を受け損じたるため体の浮きたるを、追われながら立てなおさんとすまいたれど、両國が畳みかけて追打ちを掛けるに困じ高ノ戸敵の右手を引ぱり蹴かえさんとせしが利かず、両國これに気を得てなおも追いすがるを、が突き放して両國よって来る出鼻をスクイ投げんとせしがこれも利かず、そんならこうだとまたも敵の右を引っぱり蹴かえさんとして残るとたん、両國が左にハジキ倒して勝たるは中々面白き相撲なりき。
大達不知火は、立合に不知火左を差すはその手を泉川に撓め、両人土俵の真中に突立たるまま少しも動かず水入りて引分となる、けだし前回の相撲記事にが当場所の相撲に退守策を発明せり云々と想像説を掲げしが、どうやらその想像説に的中せしと見え昨日も今日も土俵の真中に突立ちたるまま引分を待ち居るさまの見苦しさ、又その相手なる不知火も初日以来一番も遅れを取らねど何分敵が大敵ゆえ無理に勝たんとするよりものする通り取り付いて居れば引分けるであろう、そうすれば土の付く気遣いもなしが退守策にならい少しも動かざれば是非なく両人の望み通り引分となりたるが如し。
海山大戸崎、当日の好取組なれば定めて面白く相撲するならんと思いしに、ヤット立つやいな海山に寄て突いて突きまくられたる手際は前日の小錦に勝たる手際とは大違い。
越ヶ嶽大纒の相撲も屈指の大相撲にてありたれど、大達等の引分が伝染せしと見え引分となり。
響升司天龍朝汐谷ノ音等の相撲も当日流行の分病が伝染して引分となれり。
・(中入後)若湊天津風は、四ツに組みより攻め立て矢筈を掛けて押出し。
今泉鬼ヶ谷は、双方左さしの大競り合いより四ツの廻し引きとなり、互いに寄りつ寄り引返しつ挑みて水入後、揉みぬきてせり合ううちより掛けし内掛に同体に倒れ団扇はに上りしが、物云い付て預となる。
鳳凰小松山は、左四つに組み小松は両手には左に廻しを引きて挑む、小松は敵を引よせて釣らん小松が釣りに来たる反対に釣らんと挑み、水入てより小松いらちてしきりに攻め立て敵を釣上げて土俵際まで寄りあげたり、は土俵に爪先を掛け右に捨てんか左にせんかと躊躇する所を小松が体をあびせ掛けてもたれこみたるため遂に鳳凰仰向けに倒れる、是ぞ当日第一の大相撲。
御用木北海は、左四つに挑み北海より寄って来る所を肩スカシ打ちて捻る。
千年川大碇は、突合て千年に突詰められ今一卜突きと云う所をクルリと廻りこみ、今度はあべこべに千年を突出し当日の相撲を打出す。

北海御用木
・相撲取りが平常の交際ぶりを見るに、土俵の上こそ東西の差別はあれどその部屋にあるときは横綱の相撲取りも褌かつぎの小相撲取りも毫の差別なく実に鶴と雀が野面に遊ぶの思いあり、と昔より相撲好き者の口々に云う話なり、一昨日の九日目の相撲にかの御用木が八日間見事に負け続けもし九日目の取組北海に遅れを取れば無論幕下の部へ繰り下げらるる危急存亡の勝負なりしが、幸い北海に勝ちて番付の下るだけを維持し胸中大恐悦にありしなるべし、しかるに相撲過ぎて双方溜りに居る折、北海が西溜りに居る御用木に目遣いして人さし指を出し、貴様もおれに一番勝ったばかりで番付も下がらず恐悦であろうと形容で愚弄せしに、御用木が二の腕を叩き何の糞と威張るかと思いのほか両手を合わせて拝みツツ貴様のお陰で番付も下がらぬは何よりの仕合わせ、と物こそ云わね形容で謝辞を送る様の可愛さ、土俵の上敵と争う折は鬼神をも引裂きて喰らわんとする力士が、情のためにはかくも折れ易きものかと、このさまを見し人々いづれも嗟嘆したりとなん。

不知火大達はこの日も引き分け。熱戦の結果ならともかく、そうではない感じで残念でした。しかし引き分け病の伝染とは(;・ω・)途中休場の西ノ海が幕内最優秀成績となり今場所の幕内の取組を終了しました。御用木は全敗を回避、北海とのやりとりの細かい描写がなかなか面白いです。
明治27年春場所星取表

東前頭1・響舛市太郎

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【2008/01/07 17:24】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年春場所8日目 (二六新報/明治27.1.14)

○回向院大相撲
不知火鳳凰は両人とも初日以来一度も遅れを取らぬ力士にて、この相撲一番にていづれか底を負う立合なれば両人が互いに敵の挙動を見てこの手して勝たんか彼の手にせんかと胸中の苦労は容易ならざるべし、然るゆえにや両人は立合に念を入れて容易に立たず待手を数回かくて両人は行司が引く団扇と共にヤット立上り、手先に挑みハッタリ右四ツに組み鳳凰右手に廻しを引き、敵を引たてて釣出さんと土俵際まで進む、アワヤ不知火土俵を割りしかと見る間に堪らえて廻りながら打ちたる腰投げの見事に極まる、ちなみに云う、この相撲は両人が前に云う通りの勝相撲なれば相撲会社がこの両人を組合せて一方に疵付かざれば、両人に普通の増給は勿論特別の増給をも与える制規なれば、ここに両人を合せて片やに疵付け残る不知火には本の大達と云う大敵を懸け、なお大達に勝てば十日目にはたとえば東方にある力士中に強敵なければ西方より強敵を選びて同士打ちをさせても疵を付けて会社の支出を省く仕組みなりとか、なる程それぞれ会計検査法の規定もあればあるものなり、しかし不知火鳳凰との相撲に勝たるため五月場所には必ず幕の内に昇騰すべし。
雷山は、越ヶ嶽を立合に「ハタキ」勝。
大蛇潟は、御用木と右四つに組て寄り出し。
今泉は、知恵ノ矢と左四つに組て寄り切り。
鬼ヶ谷北海は、はじめより突合い北海より突出す右手を引張りこみ、引廻して引落したるは大出来。
司天龍朝汐は、立合に突合い左四つに組み司天より勢いよく寄り進むを、朝汐応とこらえて寄り返さんと突掛けて来る出鼻を見事に「スクイ」投げたるは中々の大相撲。
・(中入後)一力玉龍は、立合に双方気込みて突合ううち一力が鉄を一卜突きまともに受けヒョロヒョロとせしが、踏こらえて体を立直さんとせしかど玉龍すかさず左をさして寄り切りたるは力の入りし相撲。
唐辛高ノ戸は両人とも当時名うての巧者どの、この勝負如何あらんと立合いを待つ間程なくちょこちょこと立上り、手車を組みて押合ううち辛が押よせて「肩スカシ」を打たんとすればはその手は喰わぬと体を引く機会、辛が付け入りて押切る。
出羽ノ海大達は、立合にがいつもの如く拳固を突出して出羽にいやがらせるもおかしかりき、かくてヤット立上るや直ぐ左四ツに組みて双方少しも動かず、あたかも絵に書いた取組の如し・・・・・・・・・水入りてなおも動かず互いに引分を待つものの如し、勝負のいつはつづくとも見えねば遂に引分となる。
海山は、天津風を苦もなく突出し。
小松山外ノ海、は左四つに組みが充分下櫓に釣上げ土俵際まで進み、今一息にて見事に勝を取らんとせしとき小松の爪先土俵に掛ると見る間に見事うちやりたり、行司は見た通り小松に団扇を上げる、は充分釣出したと思い物云いを付けたれど、この動議に同するものなく遂にこの動議不成立。
大戸崎は、響升左四つに組て寄り倒し。
大纒は、千年川を切りて当日の相撲を打出す。
西ノ海は昨日司天龍との相撲に司天のために眼珠を疵られ、土俵入はせしが相撲は休む。
小錦は二日続けて負けたるため、負け腹を立ちて休みたりとの噂。(随分わからぬ不平もあればあるもの)

全勝の西ノ海は目のケガで休場です。小錦は連敗で気を悪くして休場??とちょっと寂しい終盤戦です。もう一人全勝の鳳凰は十両の不知火と対戦、なんと敗れてしまいました。当時は土付かずの成績を残すとボーナスがあったようで、協会としては支払わなくてもいいように土付かず同士を対戦させて潰し合いをさせるとの事です、なかなか面白いですね。鳳凰を潰した不知火は次は前頭4枚目の大達の対戦相手に大抜擢です。一応大達も土付かずですが・・こんなに引き分けだらけでもボーナスの権利あるんでしょうか(;・ω・)ある意味注目の一戦です。

明治27年春場所星取表

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【2008/01/06 00:38】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治27年春場所7日目 (二六新報/明治27.1.13)

○回向院大相撲
・昨日の七日目は殊の外の大入にて、珍しく松方伯も令嬢を連れられて参場せらる、また東桟敷には吉原柳橋の紅裙、いな紅褌隊をなし西の方には新橋の紅褌群れをなし居れり。
一力海山は、立合いより突合い跳ね合い挑むうち一力敵の横素頬を一卜はたき叩き、ひるむ所を己が得手の左をささんと相撲いたれど、敵も知れものそれ位の計略知らであるべき、海山勢い込んで突いて突きまくり遂に突き出したるは中々の見もの。
高ノ戸天津風は、よりヤット立掛る天津は立後れあるにも構わず左手を敵の胸にあてて押しかかる、はそうまともに押されて堪るものかと昨日大泉をだまして誘いたる如く逃げ廻りながら追いかけて来る天津の左手を軽く取りて撓め出したるは上手なもの。
鳳凰大戸崎は、鳳凰の初日以来一番も遅れを取らぬ勝相撲、大戸は唯々当時相手の無しとまでにたたえる小錦に勝ちたる今日のすまいなれば観者の目は此の一番の相撲に注射して場中何となく物騒がしくぞ見えたり、かくて両人は形の如く仕切りヤット立つやすぐ左四つに組み、よりよって来る所を大戸が堪えながらスクイ投を打て残る機会、は遮二無二進みて土俵際まで寄り上げたり、大戸は土俵に踏みこらえつつ寄り返すとたん半身の後ろへ廻る、こりや仕合せと右にの立三つを取り送り出さんとす、鳳凰こりゃ堪らぬと体をクルりと廻しながらあおり掛けて押す、大戸が一生懸命に防がんとささえたれど堪らず横ざまに押出されたるは大相撲にてありき。
小錦大纒は、が昨日の立合に遅れを取りたりとは云え今日は相手が相手ゆえ如何に取捌くともの勝事はよもあるまじと評したるは小錦贔屓の人々なり、かくてが仕切りたるさまを見るに、いつになくマッタを四五度入れたるは昨日の負け相撲に気遅れせしものの如き(相撲社会にてはこの場合を称して「カタクナル」と云う)観ありき、もいつまでかくてあるべきとヤット立上りて突掛る、が体を左にかわしながら右をささんとする機会、すかさず右の猿臂を伸ばして突出さんとせしが少しく小手の伸び過ぎたる所をが横にハタキたるための体地響き打ちてコロリ、出来たり纒関
朝汐大碇は、立合に左手を敵の胸にあてて押しかかりハッタリ左四ツに組み双方廻しを引いて挑むうち、は敵を引よせて釣らんは突放さんと競り合ううち、が敵を突起こして押出したるは見栄えありたる相撲。
西ノ海司天龍は、司天の今日は己れの番であるかとあたかも赤本の昔語りに見る屋の棟に白羽の矢を立てられし娘の如き思いありしが、愁傷の面持ちして土俵に入りしが立上るやいなはじめに見し哀れの姿に引替え一生懸命に勇を鼓して突掛る、流石の西も少しくもてあまし土俵を静かに廻りながら敵をあやなし、捻りて突落し当日の相撲を打出す。

今場所大活躍の鳳凰と大戸崎の一戦、目まぐるしい展開の好勝負でした。結びの一番は西ノ海の横綱相撲ぶりと挑戦する司天竜の様子が見事に描かれていますね。現在、初代西ノ海は歴代横綱の中ではあまり強くない方として紹介されることが多いですが、当時の取組を見ると力任せの堂々たる取り口は脆い面もありますがなかなか立派で、気鋭の小錦・朝汐より上位を張るだけの貫禄は十分な横綱だと思います。

明治27年春場所星取表

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【2008/01/04 01:33】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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