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明治25年春場所9日目 (毎日新聞/明治25.1.15)

○回向院大相撲
・昨日九日目の同相撲は観客前日に比すればすこぶる減少せしが、相変わらず近衛公、徳川公、蜂須賀侯等の貴顕方を見受けたり。
鳳凰天ツ風は、立上り左四ツにつがいしきりにヨリ行くを辛うじて体を廻しヨリ切らんとするを、棄て身となりしがアビセての勝、時には仰向けに倒れの体胸部に落ち、ウンと気絶せしかば自身はもとより検査役も驚き種々介抱してようやく蘇生せり、実に命懸けの勝負は近来珍らしと思わる。
大炮大蛇潟は、大蛇の躯幹稍々大炮に比すべきなれど、体格は到底及ばざるなり、さて力士は丁寧に立上り右四ツにつがい大蛇は前付で一寸と下手ナゲを打ち、残りて大炮は強情に満腔の力を出して小手ナゲに行きしが敵も一生懸命噛み付て離れず、水入りのち大炮再びナゲを打ちしに大事に防いで引分は大蛇大出来満場喝釆。
柏森知恵ノ矢は、出て来るところ引落して知恵の勝。
高ノ戸鬼鹿毛は、左差しヨラんとするを引掛けナゲを見せて打返し鬼鹿毛の勝。
出羽ノ海大碇は、突合い出羽危うかりしが立て直してアオリ掛け下より跳ね返さんとする暇なく突倒して出羽の勝。
北海大戸平は、立ち上りざま二本当て押切らんとするを、かえって攻返し堪えしところ引落して大戸平の勝。
響舛谷ノ音は、立合い二本差し烈しく畳み掛けヨリ来る時はほとんど危うかりしが、ヨリ返しツツ差し替え右合四ツとなりはしきりに釣らんとの考えなりしがその手に乗らず睨み合い、水入りのちは大事に防ぐのみなれば果てしなしとて引分。
若ノ森千代ヶ崎は、右差しヨリ来るところを泉川に極め突放して千代ヶ崎の勝。
大則戸虹ヶ嶽は、右差し肩スカシにて大則戸の勝。
外ノ海大纒は、突合い左差にヨリ切りて外ノ海の勝。
司天龍大泉は、当日第一の角觝なればいづれも力瘤を出して此の勝負如何に注目せり、さて力士は丁寧に仕切り立上り司天二本差しヨリ切らんとせしを、貫抜きにて絞り釣出して大泉の勝。
達ノ矢鞆ノ平は、立合い手車となりハタキて反り身となりしを付入り押切りて鞆ノ平勝は老練老練。
朝汐真力は、立上り一寸と呼び込み突倒して朝汐の勝にて打出したり。

久しぶりに気絶相撲が見られました(;・ω・)初登場の鳳凰(ほうおう)は後に大関となる力士です。大戸平は最後も良い相撲で7勝目、幕内最優秀成績を挙げました。出羽ノ海、鞆ノ平といったベテランも健闘を見せて好成績でしたが、三役以上にあまり活躍した力士がおらず、幕内力士にとっての千秋楽ともいえる九日目になって土俵上一人も居なくなってしまうようでは、今後の相撲人気が危ぶまれます。奮起を期待したいところでしょう。

明治25年春場所星取表
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【2007/09/30 16:41】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治25年春場所8日目 (毎日新聞/明治25.1.14)

○回向院大相撲
・昨八日目は観客も前日より稍々減少せし如くなれど、貴顕方には毎度ながら近衛公、徳川公、伊達侯、芳川宮中顧問官等を見受けたり。
大碇外ノ海は、突張りて大碇の勝。
大纒千年川は、立上り一寸とハタキて体をすさりたるを付入り左差しとなりしを、泉川にて撓出さんとせしがヨリ切りて千年川の勝。
鬼鹿毛大達は、突合い左四ツにつがい挑み合ううち踏切りありて鬼鹿毛の勝は僥倖。
朝汐司天龍は、司天勢い鋭く立上り左差しヨリ切らんと攻立てるを、引掛けヨリ戻し敵が堪えるトタン見事小手ナゲにて朝汐の勝。
平ノ戸達ノ矢は、聞こえし足クセ角觝なるにこれに反しては非常な足クセ嫌いなれば少しく怯せし如く見えしが、立上りは果たして体を伸ばして足をカバいて一寸と突合い巻込みて進みしを、は左差し足クセとなりしを緩々として其のままハコビヨリ切りての勝は、周章せずして足を預け緩々とハコビたる手際は感服。
立嵐小松山は、左差しヨリて小松山の勝。
大蛇潟松ヶ関は、十数度化粧立の上ようやく立上るや左合四ツにつがいさながら錦絵を見る如く、少しも挑む様子なきより満場の観客は觝わざる力士なら土俵を下ろせ或いは止めよなどと罵評喧しく、検査役清見潟は水を入れて再び觝わすべしと行司に命じたるに、平常温和なる雷権太夫も余りの事とて憤然水を入るに及ばず引き下ろして分とすべしと命じ、遂に引分となりしは場所の与論を容れたるの所置感服。
大炮高ノ戸は観客の待ち設けたる取組にして、は聞こえし巧者ものなれば面白き働きをなすべしといづれも固唾を呑みつ見てあるうち、エイと立上りは腰を落して巻合い一仕事せんと思う暇もなく、一寸呼び込みハタキ込んで大炮の勝は満場寂として大炮にかかる巧みなる手があるかと暫時は顔見合せ居りしも可笑しかりき。
知恵ノ矢高浪は、左差しヨリて高浪の勝。
鞆ノ平大泉は、立上りようやく左四ツとなり離れて手車に変わり、又々左四ツにつがい揉合い水入りのち挑みて引分。
北海真力は、左差しヨリて北海の勝。
谷ノ音一ノ矢は、立上り左四ツは遮二無二攻めヨリ来るを、土俵際間近にて体を廻しヨリ切りし時は此処ぞとウッチャリしが行司はすかさず団扇をに上げたるも、苦情起こり検査役東西に馳せての方へ星を付けし預りにせんと其の理由を説明するも、溜りの真力及び谷ノ音は更に承服せず、実にこの紛紜何時果つべしとも思われざりしが、の一声事なく預りとはなりぬ。
若湊出羽ノ海は、突合い突張りて出羽の勝にて打出したり。

体調万全でない小錦は再び休み、前半好調だった八幡山も休場。場所終盤になって好取組が減ってしまった感があります。八幡山はひょっとすると前日の物言いに不満を持って休んだのかも知れません。この日も引き分け相撲、預かり相撲がありましたが元横綱梅ヶ谷の雷親方は審判としても絶大の発言力のようですね。

明治25年春場所星取表

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【2007/09/28 10:41】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治25年春場所7日目 (毎日新聞/明治25.1.12)

・昨日七日目は前日に劣らざる好景気にて、貴顕方には貴族院議長蜂須賀侯、同全院委員長近衛公、同第一部長徳川公、其の他伊達侯等の方々にてありし。
高ノ戸高千穂は、高ノ戸左差しヨリ来るを、敵は引張りて逃げつつ棄てんとする模様なりしが、巧みに腰を落しヨリて高ノ戸の勝。
大纒大蛇潟は、左四ツ外よりハズに攻め来るを防ぎながらヨリて大蛇の勝。
知恵ノ矢出羽ノ海は、右四ツヨリて出羽の勝。
大泉鬼鹿毛は、左四ツにつがいはしきりにヨリ付けんとし敵は大事に防ぐ所をヒネりたる時はの体危うく見えしが、辛うじて残し合掌に行きアオりて揉合い、水入りのちは釣出さんとせしも体を開きて防ぎ引分。
達ノ矢司天龍は、無造作に立上りがエイと出で来る所を外より挟み付け一も二もなくヨリ切りての勝はあっぱれあっぱれ、およそ力士が敗を取るうちにも敵に攻め立てられ少しも働き得ざる程恥辱のものはなしと云えば司天龍の遺憾さる事なるべし。
響升真力は、の立合い汚きは今更の事ならねど、実に化粧立ち十数度にして見苦し、されば観客の中にもマッタ相撲に力瘤を入るるは無益なりなど談話をなすものありたり、時に某氏は響升こそ当場所には無論関脇に昇進すべき技量あるに協会が彼を前頭筆頭に置きしは全く関脇力士として汚き立合いなどありては三役の貫目を落せばと、さてこそ昇進させざるなりなど種々の説起こりたり、のちようやくに立上り左差し押切りて響升の勝。
小錦谷ノ音は、別項の如き有様なれば到底には勝身なしと諦め居りしうちエイとの声と共に立上り、左四ツにつがいは敵が衰弱し居ると侮りたるものか遮二無二ヨリて足クセアビセ掛かりしを、反り身になりて見事打返し小錦の勝、行司木村庄之助もに団扇を上げたるにも拘らず西溜りの真力は己れの負けし腹イセに苦情を付けたれば、も流石に下りる能わずボンヤリとして居るうち、検査役は東西に馳せ星は無論小錦の方に付け、勝負付けもの勝となして場面だけの預りとなしたるは畢竟谷ノ音に花を持たせしまでなるが、谷関はかかる汚なびれし挙動をなす力士にあらず、全く真力の眼光鈍きより起りしものなるが、かくの如く立派に勝ちし相撲に苦情を付せらるの力士こそ迷惑の限りと思わる。
大炮外ノ海は、立上りは左差し大炮これを引掛け小手ナゲを打たんとせしも巧に噛付き隙あらばヨリ切らんと千変万化して觝いたるが、大炮は少しも騒がずあくまで小手ナゲにて極めんと無理にナゲを打ちこれを残したる時、面倒なりとの面体にてヨイショ突倒し大炮の勝は大受け。
千年川鞆ノ平は、立ち後れしにも構わずヨイショと二本差しにて攻来るを、千年防ぐ術なくヨリ切りての勝、時にの気性を少しく響舛に譲りては如何と吐瀉し観客ありし。
大達響矢は、二本差しヨリ切りて大達の勝は立派。
朝汐大戸平は、当日第一の角觝なれば力士が土俵に出ると共に場内の喧擾中々なりし、さて力士は立上るやいなは一寸とハタキて身をすさりしに、すかさず付入り左差しヨリ来る所を小手ナゲを打ちしが残り、兎角するうちは敵が攻め来るより猶予ならずと棄てバチに首ナゲを打ちしが、横ナグリによりて大戸平の勝。
綾浪平ノ戸は、左四ツ揉合い水入りのちは引付けてヨリながら外掛ケに行きしを、棄て身にて綾浪の勝。
八幡山北海は、立上り八幡敵の差し手を撓めツツ極め出さんとヨリ来るを、は防ぎて内ワクとなり勢い鋭くヨリ返し、アワレ敵は踏切らんとする時早くも八幡ウッチャリしが苦情起りて満場総立となり、北海下るな八幡勝ぞなど叫びツツ布団を投ぐる事おびただしく、中には弁当箱或いは徳利をなげうち酒流れて泉の如く、其の騒動非常なればいづれも布団或いはケットをかぶりて飛来る布団徳利等を避けたり、時に検査役は東西に走せて預りとなし、星は八幡に付る事に決しようやくに打出したり。

響升は待ったの連続、今場所の番付運の無さはこうした内容が影響しているとの説が出ていますが、大いにありえる話です。体調不良の小錦は辛うじて逆転勝ち、相手の谷ノ音はいつも変な物言いを付けずに土俵態度が立派です。結びの一番はもつれて大騒ぎになってしまいました。座布団だけでなく徳利や弁当箱まで飛ぶとは(;・ω・)

明治25年春場所星取表

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【2007/09/25 22:14】 | 大相撲 | コメント(2) | page top↑
明治25年春場所6日目 (毎日新聞/明治25.1.12)

○回向院大相撲
・一昨日六日目の同相撲は引続きての好天気、殊に日曜の上小錦と云える人気愛嬌ある力士が病気を冒しての取組もありとて観客の足取り早く、回向院内外は雑踏非常にして午前十時頃にはすでに二等三等の場所売切れの札を貼り同十一時頃には場所立錐の地なく客留とはなりぬ、されど見物人はひしひしと詰め掛け相撲小屋より元町の間は人の山をなし如何にもして入らんものと談判をなすなど、今の梅ヶ谷の頃大達と顔を合わせし以来の大入にて、木戸より悄然帰りし人およそ三千人もありしと、実に本年は相撲繋昌の年なり、観客の内には常連の近衛公、徳川公、渡辺驥氏、芳川宮中顧問官、伊達侯その他貴族院議員等の方々を見受けたり、さて今回の場所には貴顕方の来場少なからざるに力士が傍らに侍らせざるは如何にと尋ねしに、力士の桟敷廻りを厳禁せしゆえなりと、しかし好角家のうちには力士を傍らに侍らすを無上の愉快とせらるる方々もありと云えばこれらの人々は力士と共に失望の事なるべし。
知恵ノ矢外ノ海は、立上るやいな右手で首を巻き足クセ河津掛けにて知恵ノ矢の勝、時に見物人の中より徳利を擲付し者ありしが幸に怪我もなかりし。
大炮千年川は、千年ヨイショの声と諸共下より噛付かんと敵の前袋を狙いしが、大炮は一寸跳返して体を斜にドサリとブッツケたるに、千年は其のまま土俵の外へ転落して大炮の勝はテモ恐しき体量なり。
大達鞆ノ平は、元気なる時にもとは引分を取りし事数度あり、これにはすこぶる埋由あるよし、さて今日も如何あらんと思いしに果して左四ツにつがいは充分ヨリ切れる処も不似合にも遠慮してあとずさりして挑み、水入りのちモガイて引分は申合の相撲と思わる、もっとも大達高砂と喧嘩以来今に兄弟同様に親しく交わるは一ノ矢鞆ノ平の両力士なりと、私交上の親しきはよし、しかし土俵の上はなるべく敵視するこそ力士の本分と思わる。
平ノ戸大泉は、左四ツ二本差し攻来るを諸に絞り逆にヒネリて大泉の勝。
大戸平一ノ矢は、立上りは遮二無二右差し攻め来るを、はこれを支うる能わずタジタジとアオリ立てられ止むを得ず足を割込み防がんとせしが、鋭くヨリ切りて一ノ矢の勝。
綾浪真力は、は左差し右前袋を掴みヨラんとするを、真力はハズに構え隙あらば突返さんず有様なりしが、すかさずヨリて綾浪の勝。
八幡山朝汐は、当日第一の角觝なれば満場の喧擾停止する所を知らざりし、さて力士は立上りは烈しく突張り行くを八幡も突き返し、暫時突合いしがは一声鋭く突出し、時に八幡も突出さんとせしに敵に素早くひらりと体をすさりしかば八幡ほとんどノメラんとするトタンは手強くハタキたり、普通の力士なりせば其のまま敗を取るべきに流石は八幡よろめきツツ付入り来るを、上手を引きヒネリて見事朝汐の勝は場内再びどよめきたり。
大纒出羽ノ海は、左四ツヨリの勝。
響矢高ノ戸は、エイと出で来る途端上手に首投げにて高ノ戸の勝。
鬼鹿毛響升は、左差し小手投げ残りて挑み合ううち首ナゲに行きしが、余りハヅミしゆえスッポ抜け渡込んで響升の勝。
谷ノ音達ノ矢は、右四ツにつがい釣出して達ノ矢の勝。
剣山北海は、左差し難なくヨリて北海の勝。
司天龍小錦は、病気なりとて前日まで角觝わず何か事故ありての事ならずやなど内々疑いし人もありしが、体格疲労して顔色憮悴し前日の比にあらず、記者はの勝おぼつかなしと予想せしが双方立上りは例により素早く左差しヨリつつ外掛けとなりしも、敵を引付けずして粗忽にも遠く掛けしゆえ残念ながら掛け倒れ司天龍の勝にて打出したり、記者は打出しののち高砂に会い小錦の疲労実に甚し、かかる病気なるに何故角觝わせしやと尋ねたるに、病気の事は更に答えずの敗は勧進元の耳タポなりと意味ありげに云いしが、よ病気全快の上にて出勤すべし病者といえども敗を取れば不名誉なり、猛省せよ小錦

昔の力士は客席に贔屓客への挨拶回りをしに行っていたと言います。小遣いなどももらっていたのでしょうか。力士の社会的地位は今と比較できないくらい低い時代です。さて前日は大達が意地を見せましたがこの日は一ノ矢、元大関が良い相撲で大戸平を止めました。そして小錦が久しぶりに出場、体調が全く不十分のため敗れてしまいました。入幕以来黒星なし、4年前の十両時代から続けていた連勝が41でストップしてしまったのはもったいないことです。客集めのために無理に出場を頼まれたのかも知れません。

明治25年春場所星取表

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【2007/09/21 15:11】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治25年春場所5日目 (毎日新聞/明治25.1.10)

○回向院大相撲
・昨日五日目の同相撲は、日々の好景気なるためにわかに桟敷の建て増しをなすなど近年になき人気にて、貴顕方の内には近衛公、徳川公、西郷伯、三好中将、渡辺驥氏、児玉判事等の方々を見受けたり。
高ノ戸大纒は、突合いは左差し腰を落し前付けとなり、は上より絞りしまでにて働き得ざるよりしきりに立て直さんとするも、敵は聞こえし巧者なれば其のまま噛付き一寸と引落しを掛けしが、は一生懸命防ぐ一方にて稍々睨合いの姿となりて水入り、のち少し競り合いしが果てしなしとて引分。
大蛇潟鬼鹿毛は、大蛇左差しこれを絞りながら十八番の足クセ小手ナゲを打ちしが、敵の体の落ちざる前不手際にも突き手ありて大蛇潟の勝なれば行司は団扇を大蛇に上げたるに、溜りの平ノ戸は苦情を付けんものとオイと行司を招きたる時、検査役玉ノ井は苦情の付くべき角觝ならずと認め手を振りしにも拘わらず、行司を呼んでとやかく言いしものか検査役東西に奔走したり、時に満場の観客は今の相撲に物言を付るとは何事ぞ行司の見誤りにあらず立派な勝負なりと喧しく鳴り渡り、更に承服する様子もなかりしが遂に預りとはなりぬ、もっとも星は大蛇の方なりと言えり、嗚呼検査役なるものは所謂裁判官として彼等四本柱にあり公平無私にその勝敗を判断するものなり、他よりいかなる事を言い張るも彼等の判断は決して他の左右し得べきものならずと思いしに、溜りの力士が立派なる勝者に向かって味方なりとて苦情を鳴らし、これを採用してたとえ星は勝者に付するといえども一歩譲りて預りとせしは実に検査役は力士の蹂躙する処となりしものなり、早くこの弊を矯めざれば相撲社会の不利益なりと語りし人ありしが、実に理と思わる。
平ノ戸出羽ノ海は、造作なくの勝なりと呟き居るうち早くも立上り出羽右差し攻め行くをはウッチャらんと土俵を逃げ行くを、追い込みツツ見事にスクイて出羽の勝はあっぱれあっぱれ。
北海谷ノ音は、右合四ツ釣らんとするもこれを防ぎ挑合い水入りてのち揉合い引分。
響舛響矢は、左差し遮二無二ヨリて響舛の勝は是非なし。
朝汐剣山は、敵を狼狽せしめて一仕事せんとの考えなりしか立上るやいな数度突掛け行くを、老いたれども流石にはこれを防ぎて左四ツとなりてヨラんとするを、は一寸と襷に変ぜしが勝手悪しと二本差しヨリ行くを貫抜きとなりて絞りたるも、無残にヨリ来たらるるより首投げを打たんとせし際、敵は首をすぼめスッポ抜けて朝汐の勝は可笑。
綾浪鞆ノ平は、左差しヨリ切りての勝は若返りたりとの賞讃。
千年川知恵ノ矢は、突合い押切りて千年川の勝。
達ノ矢大炮は、観客の待ち設けたる取組にしてすでに前日までは幕の内に錚々たる力士に容易く勝ち通し、最早三役及び西ノ海のほかは彼に及ぶ力士なく、しかるに今回は三役以上の者とは顔を合さぬとの事なれば最早大炮と角觝う力士は達ノ矢より他になきゆえ満場如何あらんと固唾を呑んで居たりしが、早くも立上り手四ツとなりて手強く引張りしに、大炮の一寸泳いでヨイショと体を引きし所を得たりや応と付入り、左差し素早く踏込み渡込んで達ノ矢の勝は、実に間髪を入れざるうちの働きにして大出来と云うべし。
大泉大戸平は、二本差しは諸に絞り撓めてありしがはこれを解かんとモガクうち、早くもヒネリて大戸平の勝。
外ノ海真力は、外突掛け行くを押切りて真力の勝。
一ノ矢司天龍は、右差しヨリ切らんと攻行くをはこれを引掛けヨリ返さんとするうち、敵はスカサズ土俵際まで攻め来りしゆえは是非なく首を巻きて棄て身となりしが、ヨリ切りて司天の勝、時に苦情起りて場面だけを預けて勝負付は司天の勝となれり。
大達八幡山は、立上り左四ツにつがい八幡ヨラんとするをは金剛力を出して振り廻したるに、八幡は此処ぞと堪ゆるトタン掬い投げで見事大達の勝にて打出したり。

客入りは上々で良い相撲内容を期待したいところですが、早速出てしまいました強引な物言い(;・ω・)これは当時もやはり興ざめの場面として非難されています。勝負審判である検査役が東西へ奔走、というのは東西の控え力士に意見を聞いて回っているのでしょう。現在では考えられないくらい控え力士の発言力が強いです。すぐに改めるべし、と忠告されていますがこの後数十年、大正時代に入るまでこの習慣は続くことになります。さて好調の大炮ですが番付は十両なので役力士に当てるわけにいかず、平幕の実力派達ノ矢が指名されましたが見事な速攻で新鋭を止めてみせました。結びは4連勝の大関八幡山と4連敗の元大関大達、この対戦を古豪が制したというのもドラマチックな一番です。

明治25年春場所星取表

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【2007/09/20 22:34】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治25年春場所4日目 (毎日新聞/明治25.1.9)

○回向院大相撲
・昨日四日目の同相撲は前日に優りたる大景気にて、此の分にて明日の日曜は客止ともなるべしなど人々噂せり、さて今回の大入は全く大炮大達両力士の呼ぶ所にして、かの人気角觝小錦は病気なりとて初日以来影さえ見えざりしが昨日は土俵入りをなしたり、同力士贔屓はいづれも錦こそ明日は大炮との顔触れなるか或いは大戸平と組合わするかなど喃々呟き、木村庄之助の取組み顔触れ如何と待ち構えたるに小錦の小の字も云わざるより、さてこそ未だ病気全快せざるものなるかと少しく失望の体なりし。
高ノ戸大碇は、少しく立ち後れし体なりしがスカサず押切りて高ノ戸の勝。
知恵ノ矢大蛇潟は、右四ツにつがいは敵より一層躯幹高き方なれば釣り出さんとエイと引付けしを、は得たりと得意の足クセ巻き倒さんとせしを、踏張りて防ぎツツ上手ナゲに行き大蛇潟の勝。
大炮大泉は、待ち設けたる角觝なれば力士が土俵に出るやたちまち喧しくどよめきたり、さて力士は丁寧に仕切り殊にの如きはすこぶる勘定を付けたるものの如く、立上るや一寸と体を避け斜に右を差したるに、大炮は一向無頓着の様子にて同じく右を差して四ツにつがいたり、は足取りに行かんとの考えもありしかなれど大炮は左に挟み付けジリジリ押しにヨリ来れば、敵はこれを振り解かんと体を左に避けんとモガケば、右より攻め右に開かんとアセレば左よりして挟み付けヨリ来れば、一寸と棄て身を打ちたるも体量重きため其のままヨリて大炮の勝となりしは今日の所にては記者当然と云うの外なし、は遺憾の様子にて暫時は土俵を下らざりしは心情さこそと思われたり。
真力千年川は、右四ツは遮二無二ヨリ来るを真力も流石に剛のものなればこれを堪えし時には足クセモタレ込まんとなせしが、踏張り残すトタン釣出して千年川の勝。
響矢北海は、一寸と見栄えあるならんと思いしが、立ち上ると等しく左差し付入り渡し込んで北海の勝は実に二秒程の間なりしは呆気なし。
平ノ戸外ノ海は、左差し右ハズにて攻め寄せ来ればこれをようやくに堪えたるが、は再び押し切る勇気なきゆえ足取りとなりて詰めヨリ、はほとんど危うく見えしが取られし足を敵の股に踏張り少しくの浮足を見て見事ヒネリて勝を得しはあっぱれ大出来。
大戸平綾浪は、勢い込んで右を差しヨラんとせしが、小癪なと言わぬばかりの面体にて手強く挟み付け難なくヨリ切りて大戸平の勝。
八幡山達ノ矢は、いづれも人気あれば場内は何となく景気よく見えたり、さて力土は立上り突合いは左差しとなり八幡泉川に行きしををは振り解き、あとずさりしつつハタキしを付入り押切りて八幡の勝。
大纒立嵐は、立上り右差しはこれを撓め出さんと金剛力を出して攻めヨリ来りし時は危うく見えしが、上手に振り解きツツ体を廻し手早く左を当て押切りての勝は見事なりしが立嵐には気の毒。
鞆ノ平出羽ノ海は、老人同士の角觝なれば更に人気も引立たざりしが、化粧立に例の滑稽的出羽の鼻柱を一寸と叩きしに、出羽は痛さに堪えかね鼻を摘みて佇立せし時は場所哄笑、さて力士は立上り右差し出羽はこれを押さえ前袋を掴みてヨラんと揉合うトタン、巻倒しての勝は大喝釆。
谷ノ音朝汐は、敵の差し手を撓めヨリ来るを、は辛うじてヨリ返し右四ツにつがい挑み合ううちはセキ込み足クセヨリ倒さんとするを、巻倒れ同体流れ預り。
鬼鹿毛一ノ矢は、足クセ掛け倒して一ノ矢勝。
大達剣山は、左四ツ互いに投の打合いとなり遂にヨリて剣山の勝にて打出したり。

この日も大炮が注目の的、連勝を伸ばしました。身長は194cmあったと言われていますが、この頃の幕内力士の身長は170cm台前半が主流でしたので飛び抜けて大きかったということになります。大関八幡山も好調で4連勝、大達は今も人気は衰えていないようですが相撲の方はすっかり弱ってしまい、かつて両大関として君臨した剣山との一番にも敗れてしまいました。
明治25年春場所星取表

西前頭11・知恵ノ矢虎太郎

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【2007/09/19 20:15】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治25年春場所3日目 (毎日新聞/明治25.1.8)

○回向院の大相撲
・昨日三日日の同相撲は、日増しに観客増加し午後三時頃に至りては実に人浪を打つばかりの好景気にて、貴顕方には近衛公、伊達侯、渡辺驥氏等を見受けたり。
猫又鬼鹿毛は、立合には得意の罠に陥し入れんとてサア来いと云える体を見せ右手を開きしを、罠にかかるとも知らず得たりと左を差し無二無三にヨリ切らんとアセリ来るを、敵は得顔に十八番の小手ナゲを二度まで打ちしが流石になりこれを防ぎしトタン逆にヒネリて同体流れしも、仕掛けし相撲なれば団扇は無論に上りたるを、突手ありとて物言い付いて預りとはなりぬ、さてこの相撲同体流れて行司が団扇をに上げたる際、西の桟敷より一の暴漢土俵を目掛け飛上るやいな行司の所為不当なりとて組付かんとせしかば、スワ事こそ起これりと呼出数名駈け上り彼の暴漢を取押さえ、ようよう其の席に復せしめしは猫又贔屓の好角家にてありしと、の喜びはもとより畢竟相撲熱心よりかかる事も起るなりとて同社会の者もまた喜び居れり。
朝汐大纒は、左差しとなりしをは挟み付けながら一寸体を開き小手ナゲを打ちしが、敵は辛うじてこれを堪えし時早くも付入り難なく突倒して朝汐の勝は是非なし。
外ノ海谷ノ音は、左四ツにつがいはヤグラ投げ或いは釣り出し得意の力士なればはかえって釣り身を見せ挑みしゆえは我が得意の術を彼に先んじられしとしきりに腰を落とし防ぐうち、は再び釣を見せたりはいよいよこれを防がんと腰を据えんとする咄嗟の間に見事下手ナゲにて外ノ海の勝は計画その図に当れりと思わる。
一ノ矢響矢は、立合いは左差し攻め来るを土俵際にて棄て身となりしがヨリ倒して響矢の勝と思いしに、が棄て身となりし時に踏越しありとて物言い付て預り。
達ノ矢剣山は、右差しヨリ切りて達ノ矢の勝。
高千穂大碇は、高千穂無二無三ハヅンで突張り行きし時、体を避け一寸と叩き送り出して大碇の勝は呆気なし。
大蛇潟山ノ音は、立上りは左差しで勢い鋭く攻行きし時は実に大蛇の体危うかりしが、これを巻き返して左四ツとなり挑み合いし末スクイて大蛇の勝。
高ノ戸知恵ノ矢は、無造作に押切りて高ノ戸の勝。
大達大炮は、呼出し奴が力士を呼び上ると等しく場内はにわかに騒ぎ立ち其の喧擾一時は止むべくもあらざりし、さて力士はいづれも悠々然と仕切りて立上るやはいつになく下より突掛け敵に噛付く考えなりしかなれど、大炮は感心にも敵にこの考えあれば我にもまたこれを防ぐ手段ありとの面体にて、突掛け来るを事ともせず満腔の力を出してこれを跳ね返しければ、の体二三歩後に返りしを、得たりと付入り押倒して大炮の勝は再びどよめきたり、実に大炮は昨年幕下を撫廻せし以来メキメキと上達し、本年もまたこの具合にては幕の内を撫廻すは容易なりと或る人語わりしが、実に西ノ海小錦といえどもなかなか油断の出来ざる大敵とはなりぬ。
出羽ノ海真力は、右差しヨリ切りて出羽の勝。
千年川平ノ戸は、敵の右差しにて寄来る所を体を開きて足クセ小手ナゲを試みんとせしが、千年も癖もの早くも悟りて体を引付け外ワクに行きしを、は踏張りてこれを残せし時、千年ナゲを打ちて同体流れ預り。
響升大戸平は、敵の二本差しを諸にて攻めければはこれを振り解かんとモガキし際、左手を放し見事小手ナゲにて大戸平の勝は喝采。
綾浪司天龍は、左差し付け入りヨリて司天の勝は素早し。
八幡山大泉は、観客の待ち設けし角觝なれば彼等土俵に出るやたちまち場内景気付きて見えたり、さて力士は立上り左四ツとなりて八幡が一寸と挑みし時は場内破るるばかりの喝采にてありし、なお力士は互いに暫時睨み合となりしが八幡は上手を引きて敵を引締めければ、はただ防ぐ一方となりてありしうちジリジリ押しにてヨリ切り八幡山の勝にて打出したり。

またまた乱入者(;・ω・)しかも応援熱心ぶりを喜ばれるとは・・この日の相撲は各力士が色々と技を発揮して攻防が多かったように見えます。横綱西ノ海は休場してしまいましたが、この相撲内容ならば人気は落ちないでしょう。大炮は元大関の大達を圧倒、彼もこの相撲人気を担う一人と言えるでしょう。入幕2場所目の大戸平も3連勝と快進撃を見せています。

明治25年春場所星取表

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【2007/09/15 16:00】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治25年春場所2日目 (毎日新聞/明治25.1.7)

○回向院の大相撲
・昨日二日目の同相撲は改良値下げの効空しからず客足繁く、午後に至りては場内余地なきばかりの好景気にて、殊に貴族院全院委員長近衛公は貴顕方の好角連の仲間入りをなし、徳川公と相並んで両々相撲の評を下せる様相何にも愉快の様見受けたり、其の他は例の渡辺驥氏及び佐々木伯の令息等なりし。
大碇大達は、前日のお手際にては如何あらんと贔屓連は内々心配の体なりしが、力士は仕切りも無造作に立上り得意の突張りにて攻立るを、は小癪なりと跳ね返したるに敵は少しもヒルマず再び付入り突掛け来るを、は避けながら一寸とハタキたるも無頓着に右を差して攻め立てるに、はいよいよアセリて敵の差し手を挟み付け大胆にもナゲを見せしが、突出して大碇の勝は喝采。
真力高ノ戸は、本年幕の内に昇進せしゆえ仕切り等も常に変わりて丁寧に見受けしが、ツマリカタクなりし様なり、さて立上るや互いに巻き合い挑み合いしが上よりハヅに構え突落して真力の勝となりたり、およそ力士がカタクなりては十中八九勝は得がたきものなりと評せし人あり。
鞆ノ平北海は、相変わらず滑稽的に右を差し一切構わず押行きしに、はこれをヨリ返しがエンヤと堪えしトタンにヒネリて北海の勝、時にはようように這い起き顔をシカメて場内を見廻せしは中々に愛嬌。
平ノ戸響舛は、いづれも烈しく突合い右四ツとなりしやいなは一歩進めてヒネリしを、敵は残しつつ咄嗟の間に蹴返しての勝なりと団扇はに上りしも、同体流れ物言付いて預りとなりしが、星はの方なりとはさもあるべし。
鬼ヶ谷千年川は、いづれも突張得意の力士なれば互いに烈しく突合い、は敵の浮足を見て突倒さんず考えなりしか下より鋭く突上げつつ付入るを避け引落しての勝はあっぱれあっぱれ。
大纒綾浪は、左四ツにつがい無造作にヤグラに釣りて土俵際間近く持ち行きしを、は大事と一寸と防ぎて残しければソレガイヤならこうぞと外掛けとなりモタレ込んで綾浪の勝。
外ノ海八幡山は、卑怯にも張り手をなして立上りければ八幡も少しくヒルミし如く見えたり、は得顔に諸差しとなりてヨリ来るを諸に絞り難なく極め出して八幡山の勝は大関の貫目は充分。
立嵐雷山は、目下日の出の若者なれば面白き角觝を見るものならんと観客はいづれも固唾を呑んで居たりしが、力士は早くも立上りは左差しとなりて右を巻合い挑み合ううち、如何しけんの面部より出血してければ高砂はソレ傷所なりと声を掛くると等しく行司は角觝を止めんとするこの時遅くかの時早く、外掛にてモタレ込み自身に勝なりと云うて土俵を下らざるより、検査役は東西に奔走して種々に説明をなして星はが方として預りとなしたるが、高砂すでに傷所ありと云いしは観客の充分聞き取りし事なれば、雷山もこれを聞きて張り詰めし満腔の力も緩み、かくは脆く倒れしものなり、しかるに星をに与え預りとせしは不当なる処分なりと溜りでの評は当然と思わる。
司天龍高浪は、左差しにてヨラんと攻め行く時、はこれを防がんと体を斜にせしトタンにヒネリて司天龍の勝。
大戸平達ノ矢は、当日屈指の取組なれば勝負如何と思ううち力士は無造作に仕切りて立上り、右四ツにつがいは少しくセキ込みつつヨリ切らんと付入るを堪えながら見事スクイ投にて大戸平の勝は立派立派、大関の候補者と賞賛せし観客もありし。
大炮朝汐は、如何に大炮剛なりといえども巧者と強力のには到底及ばざるべしと呟きてありし観客も見えたるが、力士は立上り互いに突張り合いて一寸挑みしにはケレンならでは勝は得がたしと思いしものか突合う様にて付入り右にて敵の足を取りし時はあっぱれ朝関仕済ましたりと喜びしも、甲斐なく大炮はナンダとこれを踏み締めて突戻し再び二三度突合いしが、大炮左差しとなりて踏込み来ればは此所ぞ大事なりと防がんとする時、腰にて突出し大炮の勝は大喝釆。
谷ノ音大泉は、右四ツヤグラ投にて谷ノ音の勝。
知恵ノ矢一ノ矢は、左四ツは無二無三にヨリくるを、足クセにて切返したるもすでにに踏切りありとて行司はに団扇を上げしが、同体流れたりとて物言い付いて預り。
剣山出羽ノ海は、右四ツにつがい出羽勢い込んでヨリ来るをヨリ返したる時上手ナゲにて出羽の勝。
西ノ海響矢は、左手を引張り込み例の泉川突放しにて西ノ海の勝ちにて打出したり。

近衛篤麿さんが来場、楽しんで頂けたようですね。この場所も小錦が休場してしまっていますが、全体的には先場所よりも休場者が少ない方です。東の関脇綾浪と小結一ノ矢は先場所全休だったのですが地位は変わらず、幸運と言えるでしょう。逆に前頭筆頭で勝ち越したのに三役入りを逃した響舛は不運でした。土俵の方は、力と技を兼ね備える朝汐が大炮のストッパー係として期待されましたが、足取りも破られて歯が立ちませんでした。こうなると誰が大炮を止めるのか注目されます。
近代日本人の肖像(近衛篤麿)

明治25年春場所星取表
【2007/09/14 12:05】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治25年春場所初日 (毎日新聞/明治25.1.6)

○回向院の大相撲
・昨日開場となりし同相撲初日の景況は回向院門外に数本の幟を押し立て、かねても記せし如く特別席の外は全て木戸銭にて自由自在に如何なる場所にても見物し得られしものから来観者は従来初日の比にあらず、午後二時頃に至りては流石に広き場内も立錐の余地なかりし程にてありし。
大泉虹ヶ嶽は、左四ツヨリ倒して大泉の勝。
立嵐大戸平は、見栄えありとて観客も自然力瘤を出して勝負如何を待ち設けしに、力士は立上りは敵を一掴みに取り挫ぎくれんずと左を差して無残に攻め付けツツより倒さんとせし際、も聞こえし剛のものなれば咄嗟の間に棄て身となりしが物言い付いて場面だけ預りとなりしも、勝負付には大戸平の勝とせり、検査役職務を尽くしたりと云うべし。
朝汐大碇は、尋常の立合にては敵に勝を得る事むつかしければと仕切りをなすやいなエイの一声と共に手強く突掛け突掛け踏込み来れば、も流石に堪えかねしか土俵を開きてこれを避けしに、敵は此の機失うべからずとて再び付入り来るを、得たりと引張り込みつつヒネりて朝汐の勝は巧みなる手段と云うべし。
北海大炮は、力士が土俵に出ると等しく場内は何となく人気立ちて一層喧々たりしは全く大炮の茫やりせし様がかえって愛嬌となりしゆえなり、さては立上るや左差し右で敵の前袋を掴み下より噛み付きて只ただ防ぐ一方なるも、万一隙あらばヨラんとする様も見えしが、大炮は無礼にも敵の差し手をコジリてこれを開き付入りてしきりにスクイを試みけるに、は此処ぞ大事と防ぎたるを強情にもコジリコジリてスクイ倒して大炮の勝は満場どよめきたり。
響升司天龍は、右四ツ司天は遮二無二もヨリ切らんと攻行く時、土俵際にて見事ウッチャリて響升の勝。
剣山千年川は、立合に千年二本差しとなりて敵の動作によりてはまた術ありと云える様子なりしが、はこれを諸に絞り難なく釣り出さんと土俵際間近に来りし時、早くも外掛けモタレ込んで千年川の勝は剣山老いたりと溜りでの評。
西ノ海大纒は、立合いに西敵の右を引張り込んで特有の泉川にて攻付けながら土俵際にて突放したるは全く勝ちと思いしものか、しかるに突放されたるは未だ土俵はあるよと云わぬばかりの面持ちにて土俵を避けて突張り行きしを、西関かくは失策してけりと狼狽のまま立て直す暇なくうろつく所を得たりとヨリての勝は僥倖、西関の迂闊なる、注意せよ。
大達平ノ戸は、例の仕切りで左四ツとなり無闇にヨリ行きしは如何にも立派なりしが、外掛で平ノ戸に勝を譲り、否な敗を取りしは見苦しき次第なり。
高ノ戸谷ノ音は、右四ツヤグラナゲで谷ノ音の勝。
外ノ海鬼ヶ谷は、は得意の突掛けと出掛けて鋭く付入りしが、第一の突掛はようやくに防ぎしも第二には到底当るべからずとて勢い込んで再び来るを避けしゆえ、は自身に土俵を踏切り外ノ海の勝は満場哄笑。
知恵ノ矢綾浪は、右四ツは少しく周章の体にてヨリ行くを、ヤグラで知恵の勝はよし。
八幡山出羽ノ海は、立上り八幡敵の左を引張りて一寸と撓めしも、出羽イヤダとこれを解くトタンに渡し込んのサバオリにて八幡山の勝で打出したり。

○回向院大相撲
・昨日初日開場の筈にて払暁より櫓太鼓の音は隅田川に鳴り響き、好角家は鼻うごめかしつ続々詰め掛け行きしに、あいにくも時々降雨のため初日は本日に延引となり見物人は悄然帰り行きたり、殊に今回改良せし場内無代価の場所中には(木戸だけは五銭)従前三円五十銭も取りし高桟敷(四隅の桟敷)もあるが、これはかなり見よき所なり、かつ初日は特別席の他はいづれの場所も無代と聞き、赤ケットを纒いし田舎人の握り飯を携え一団体をなして来りしもありたり、又かねても記せし如く貴族院休会なればとて好角家の議員諸氏には十日間桟敷買入の約定をなせし向き多しという。(1.5)

この頃の入場料は、まず場内に入るために木戸銭があり、さらに座席の等級に応じて追加料金が発生するシステムでした。観客増加作戦の一環か、この日は木戸銭のみでほとんどの席を利用できたようですね。昭和戦前にも「大衆デー」と称して安い均一料金で好きな席に座れる制度がありましたが、昔から色々な工夫がされていたものです。大炮(大砲)は新十両ですがなんと筆頭への抜擢、体格を生かした力任せの相撲は幕内力士にも脅威となりそうです。横綱西ノ海は油断して初日から黒星となってしまいました。

明治25年春場所星取表

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【2007/09/09 20:53】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治24年夏場所千秋楽 (毎日新聞/明治24.5.21)

○回向院の大相撲
・昨日十日目千秋楽の同相撲は、活発なる角觝なかりしゆえ評は除きぬ、しかし未曾有の出来事ありしゆえこれを別項に掲ぐる事とせり。
○相撲場の出来事
・昨日十日目の相撲中入前、小松山笹島の角觝は立上り左四ツにつがい必死となりて競いしが、取疲れたりとて行司及び検査役はこれを認め引分、観客もまた此の処置を不当とは思わざりし、しかるに中入後となりて一の椿事こそ起りける、それは小松の引分にしての部屋小松八角(大鳴門)の部屋なれば取りも直さず同部屋も同然なり、しかるには七日目までは立派に勝越し八日目に大砲に敗を取りしまでにて、昨日小松に勝を得れば二円五十銭の増給なり、万一負ける時は一円五十銭なり、かたがた一円の差あれば全力を出し觝うは当然なり、小松もまた勝越ありて当日に勝つ時は一円五十銭の増給、敗を取れば五十銭、これまた一円の差あれば迂闊に取るべき筈なし、しかし引分となればは二円小松は一円の増給なれば互いにこれを打合せ、かく觝いしならんとの嫌疑なるか一旦引分し相撲を再び仕度部屋より呼出し觝わせんとせしに、小松は中々諾する様子なく四本柱の検査役が認めて引分とせしを取直さするとは何事なるか、我等の相撲を取直すとあらばこれまで引分し全ての相撲をも取直さするこそ至当なれと云い張り中々土俵に上らざれば、高砂は溜りにありて面色朱を注ぎ大喝一声上れと叱咤するも更に応ずる様子なく、関ノ戸もいよいよ取直さざるやを尋ぬるうち玉ノ井出てこれをなだめツツ説諭して遂に取直したるが、力士はいづれも怒気を含みて立上るや左四ツにつがいヨレばヨリ返して水入り、のち又必死となりて競いしが取疲れ引分とはなりぬ、このほか中入前引分となりし三熊山は左四ツ掛け倒れて三熊山の勝、萩ノ森荒虎は同様取直し首ナゲにての勝にて打出したるが、萩荒の立合は三役の後なり、相撲始りて以来三役の後に取直しをさするは実に今回が初めての事なりと、そも土俵上勝負の判定は検査役の重任なり、検査役一度取疲れしと認め引分たるにも拘わらず、土俵外にありしものより今の立合は不審なり取直さしむべしと云われしに応と答えて取直さしめたるは検査役その任を尽くしたりとは思われず、その判定の不当なりと云わるる時はその不当ならざるを弁明し、万一説明し能わざる時はその任に堪えざるものなれば他人に検査役を譲るこそその任を尽くしたるものなれと、或る年寄は歎息して語りたり。

○外人合併相撲
大達達ノ矢大泉今泉大蛇潟雷山等は米人ハンセントと云える身の丈六尺以上の力士及びウエブスター等の一行と共に明後二十三日より中洲に於いて合併相撲を興行するよし。
○力士の出稼
・回向院の相撲は昨日にて千秋楽となりしかば小錦八幡山西ノ海剣山等は横濱へ、それより小錦八幡山の一行は直ちに北海道へ、西ノ海剣山は越後地方へ、若湊楯甲の一行は上州より越後へ、いづれも出稼ぎする筈なり。
○横濱の花角力
・明二十二日より、横濱市賑町に於いて晴天五日間東京大阪の合併相撲を興行する由なるが、右両大関は小錦八幡山の一行に大阪組には大鳴門緋縅鶴ヶ濱春日森なりと。

現在でも力士の「持ち給金」は勝ち越し1点につき50銭の昇給ですが、この時代も同じシステムですね。八百長疑惑で幕下力士が取り直しを命じられてしまいました。巻き添えで、千秋楽の是より三役が終わったあとで取り直しさせられた力士も(;・ω・)珍事です。勝負検査役(審判)の主体性のない状況判断に苦言を呈する意見も出ていますね。さて場所後の巡業情報ですが、大達は外国人レスラー軍団と。伝統的な巡業よりもこういうスタイルが好きなようです。なお夏場所で活躍した楯甲は秋巡業の滞在先で大地震に遭って命を落としてしまいます。有望力士であっただけに周囲の悲しみはどれほどだったでしょうか。

明治24年夏場所星取表

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【2007/09/06 22:04】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治24年夏場所9日目 (毎日新聞/明治24.5.20)

○回向院の大相撲
・昨日九日目の同相撲は、観客めっきり減じたるゆえか活発なる取組みなく、うち少しく面白きものだけを記さん。
大達平ノ戸は、立上りは突掛けツツ踏込み行くを一寸と突き戻し左四ツにつがい、直ぐスクイ投げを打ちしに敵は此処ぞ外すべからずと得意の外掛けモタレ込んで平ノ戸の勝ははめられたり。
大泉谷ノ音は、当日第一等の相撲なれば勝負如何にと思ううち立上り、右四ツにつがいは腰を落しヨリ身を見せ釣りたるも、敵も巧者なればこれを残しは前袋を引かんとサグリ行くも肘を張りて防ぎ水入り、のち再び釣らんとアセレバは防いでヨリ切らんと互いに競い合い、取疲れ引分。
剣山達ノ矢は、無造作に立上るやは突掛け付入るを、左を引張り込み体を廻し押出して達ノ矢の勝。
八幡山響升は、立上り八幡素早く左差しとなり攻めヨレば、はこれを上より絞り得意の右アテでヨリ返さんとすれば八幡はとっくにこれを知るより解いて更に突掛け行くを、身を廻し手強く突出して響升の勝は大受け。
若湊朝汐は、立上りざま直ぐ突張りて若湊の勝にて打出したり、八幡とも昨日まで砂付かざりしが両力士とも終りの日に敗を取りしは遺憾なるべし。

前日と同様、活気に乏しい日だったようです。ここ2日間は広角組に白星がなく相撲内容も悪かったのでしょうか、何人も出場しているのに記事に名前が全く出てきません。幕内最優秀成績は新大関の八幡山で6勝1敗2分け、東方の強豪がほとんど休場してしまったのが八幡山にとって幸運だったと言えます。土付かずのままキレイに終われず、見ている側も何となくスッキリしないのは明治の記者も同じ心境のようですね。

明治24年夏場所星取表

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【2007/09/04 22:03】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
明治24年夏場所8日目 (毎日新聞/明治24.5.19)

・昨日八日目の相撲は随分倦欠すべき角觝ありて実に掲載すべき価値なきもの多く、且つ緊要なる原稿多きを以て方々目覚ましき勝負のみを記さん。
大砲高ノ戸は体格並びに力量に至りてはに劣れる実に比すべきものならざれど、相撲巧者なる事はまたに及ばざる数等なれば此の取組こそ面白からんと観客はいづれも立合い如何にと待ち設けたるに、力士は無造作に立上りは籠絡して勝を制せんと付入るを、は邪魔なりとの面体にてこれを払い除ければの体はよろよろとして、立て直して付入ればまた払い除けてショロショロは滑稽なりとて満場大笑、なおは敵の右を引張りて廻らんとせしが、ナンダと言わんばかりに預けられ腰をつきて大砲の勝はどよめきたり。
八幡山朝汐は、八幡右差し攻め来るに体を開いてトッタリを打ちしが早くも内ワクで八幡の勝、此の時八幡贔屓の一人は土俵に現れその勝を得意顔に賞する中、溜よりは贔屓なる横浜の八百屋踊り出でを賛するより一場の活劇を演じたる末、巡査の厄介者となりしは又一興と云うべし。
大達谷ノ音は、化粧立をなす気にてヨイショと大悠に出たるに、は応と立上ればは大いに狼狽せしを付入り、難なく二本差しとなりしが諸ろに極め撓め出して大達の勝。
若湊響升は、数回の化粧立にて立上るやは例の突張で攻上るを、は危うかりしも辛うじて残しツツ左を差してヨリ返せば、敵は絞りてヨラんとすれどは右をアテアオリけるよりは耐ゆる事あたわざるより離れて再び突張らんとせしが、烈しく付入り押切りて響升の勝で打出したり。

前日あたりから相撲内容が悪くなり、ついに記者も書く気がなくなってしまったのでしょうか(;・ω・)いきなり登場する大砲(おおづつ)はのちに横綱となる巨漢力士で、まだ幕下ですが注目を浴びています。体格を生かした相撲で盛り上げました。その後も土俵への乱入者あり、人気者大達の力相撲もありましたが、全体的にはあまり面白くなかったようですね。
明治24年夏場所星取表

番付外・大達羽左エ門

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【2007/09/03 18:55】 | 大相撲 | コメント(0) | page top↑
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