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明治23年夏場所6日目 (毎日新聞/明治23.6.5)

○回向院大相撲
・昨日六日目はかなりの景気にて、貴顕の内には伊達侯、吉田枢密顧問官等の方々を見受けたり。
鬼鹿毛楯甲は、突合い二本差しとなりて少しく釣身となりしを、は諸に絞り小手ナゲを打ちしがはこれを残しなお釣らんとせしかば、は烈しく体を変じツツ絞り左手を差し替えんとせしに体の崩れたれば、得たりとスクイにて楯甲の勝は充分。
司天龍瀧ノ音は、はしきりと立ちを急ぎ仕掛くるもは容易に立上らず、斯くすること数回にしてようやく立上りは手強く突張りは突返しながら右差しとなりしを、は泉川に極め挑み合ううちはハヅに当てたる左手に充分力を込め一ツ振り廻したるときは左を差したるも押切りて瀧ノ音の勝、この時は防がんとして蹴返したるも敵の体重かりしよりこれに掛らざりしは残念なるべし。
朝汐鬼ヶ谷は、突合い遂に突張り合いとなりしが、の面部より出血したれば行司は早くも認め痛所ありとて引分となりしは、観客の遺憾さこそと思わる。
八幡山出羽ノ海は、右差しヨリて八幡山の勝。
鞆ノ平綾浪は、立上りは左差しとなりて無残に押行くを、は体を落としかぶらんとせしが、敵が体を開きければ少しく狼狽して右差しとなりしが、ハヅンデ小手ナゲにて鞆ノ平の勝は案外、はかぶらんとせし際が体を開きしため狼狽してついに浮足となりしゆえ、かく脆く敗を取りしと或る人は云えり。
大鳴門北海は、左四ツにつがいはしきりに押切らんと攻め付入るを、鳴門は泉川となりてこれを防ぎ挑み合ううち右を差し替えヨリて大鳴門の勝。
達ノ矢大蛇潟は、突合い二本差しとなりしを大蛇は上より釣りツツ土俵際まで持ち行きし時、ウッチャりて達ノ矢の勝。
平ノ戸高ノ戸は、右差し付入らんとするを外より巻き小手ナゲにての勝。
谷ノ音今泉は、突張り合い離れて左四ツにつがいは引付け觝わんとせしが、はこれを防ぎ大相撲となりて互いに挑み合いしが水入り、のち合四ツとなりてはヤグラナゲでも打たん勘定なりしが釣らんと仕掛るとき引分。
若湊千年川は、右四つは遮二無二行きしが、土俵際にて千年棄て身となりしが全く極まらざる前に千年の体より先に落ちたれば行司はに団扇を上げしが、西ノ海溜りにありて立派にウッチャりしと物言を付け、ついに預りとはなりぬ。
真力西ノ海は、左四ツヨリて西ノ海の勝にて打出したり。

滝ノ音は当時としては重量級のアンコ型力士で、体格を生かした突き押しを得意にしていたようです。足技も効きにくいですね。達ノ矢は2年前に幕内付け出しで出場した後に脱走していた力士ですが、復帰して十両から再出発しています。だんだん力を取り戻してきました。
明治23年夏場所星取表

東前頭10・朝汐太郎
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【2007/06/29 22:29】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年夏場所5日目 (毎日新聞/明治23.6.4)

○回向院大相撲
・昨日五日目、北海若湊は立上りは得意の突張りに行くを、の付入り烈しきゆえ引落さんとせしも残り右四ツにつがい、は左手の上より巻き少しく挑むうちは遮二無二押切らんとするを、腰を入れ小手投を打ちつつ体を変じヨリて北海の勝は満場大喝采。
西ノ海鞆ノ平は、突き合いハタキ込んで西ノ海の勝。
鬼ヶ谷瀧ノ音はいづれも突張り得意の力士なれば如何しけんと思ううち早くも立ち上り、は烈しく突張りは突返して敵の右手を引張込みしが、はこれを引抜き又々手強く突掛け行くを跳ね返しながら突張りて瀧ノ音の勝。
八幡山今泉は、左四ツにつがい内ワクで八幡の勝はキレイ。
綾浪司天龍は、突合い右をハヅに構え角觝うところ司天は勇み込で付入り来たるを、ヒネリて司天の体は土俵外へ落ちたると同時にも腰クダケ苦情起こりて預り。
千年川大鳴門は、右四ツは上手引き受け身となりしが、は下手投げを打ち残り水入りし後千年再び投げを打ち或いは釣身となりしが、いづれも残され引分にて打出したり。

この日は相撲記事のスペースが狭いです。西ノ海が横綱として1勝目、大鳴門は引き分け。これといった好調力士は見あたりません。「角觝う」または「觝う」で「すまう」と読んで動詞になります。「角觝」を「すもう」と読んで名詞になる場合もあります。
明治23年夏場所星取表

西前頭筆頭・鬼ヶ谷才治

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【2007/06/28 19:40】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年夏場所4日目 (毎日新聞/明治23.6.3)

・昨日四日目は今回興行以来の景気にてありし。
鬼鹿毛大蛇潟は、立上り大蛇二本差し少しく釣る勘定ならんが、は右を上より巻き手強く投げを打ちしに極らず、足クセスクイたるも大蛇大事と防ぎ大相撲となり、満場喝釆の中は首ナゲを打たんとして体の崩るる機会に巻落して大蛇の勝は大出来。
北海鞆ノ平は、は敵が諸ハヅにて下より喰い付き攻付るを、上手を引きヨリて鞆ノ平勝は老練。
今泉真力は、烈しく突張りしを突き戻しヒネりて今泉の勝。
八幡山朝汐は、当日屈指の角觝なれば力士が上ると等しく場内に自然評言喧しかりき、さて力士は念入りて立上り左四ツにつがいは敵が釣り身となりしかば乗りカケこれを防ぎしに、八幡は再び釣身となりヨリ来りし時、下手ナゲを打ちしが余り体の敵と開きあれば極まらず膝を付き朝汐の勝は仕合せ。
谷ノ音綾浪は、突合い離れて右差しは無闇に押切らんと攻行くを、足クセモタレ込んで谷ノ音の勝。
大鳴門瀧ノ音は、遮二無二敵の面部を打ちて後突張りしが、跳ね返し突張りて大鳴門の勝、力士にして敵の面部を打ち目を眩ましてそれを機会に勝を占めんとは卑劣なり、現時日の出力士と好評の瀧ノ音にしてかかる手段を用いるは当人のため惜しむべしと或る人は云えり。
大纒春日野は、春日敵の右差しを泉川にて外掛けに行きしも、解れ左四ツ下手ナゲで大纒の勝。
司天竜楯甲は、数回化粧立の後右合四ツにつがい、互いに仕掛け来たらばと睨合となり水入りしのち前の如くつがい一寸と動きて引分は興なし。
鬼ヶ谷千年川は、右差しにて付入るをは防がんとして腰クダケ千年川の勝。
達ノ矢出羽ノ海は、立上り出羽は突張りに行くをは突返し二本差しとなりしが、出羽はこれを諸に絞りてヒネリしが残し、右を差し替えると等しく引落して達ノ矢の勝。
若湊芳ノ山は、は例の突張りに行くをは耐え押返して右を差さんと烈しく付入るを、ハタキて若湊の勝。
西ノ海平ノ戸は、西は病後初めての角觝なれば或いは敗を取らんかと贔屓連は安き心もなかりしが、力士は立上り左四ツにつがいはしきりに攻めより足クセスクイ投げにて平ノ戸の勝にて打出したり、西は未だ病気全快せりとは思われず、との立合に敵が足クセに来りし時はすでに体崩れ居りて、がスクワざるも自然転倒するならんと溜りの評なり、如向にや。

瀧ノ音は張り手を使ったところ卑劣と書かれてしまいました。相撲の技の一つとは言え、乱用するとあまり好まれないのは昔も今もそう変わりません。この日からいよいよ新横綱西ノ海が出場、ですがやはり本調子には遠いようで良い所なく敗れてしまいました。

明治23年夏場所星取表

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【2007/06/23 22:47】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年夏場所3日目 (毎日新聞/明治23.6.3)

○回向院の大相撲
・又々の雨天、いやが上の損耗埋ッた話ではなしと年寄中は去月三十一日相撲茶屋高砂屋に天気祭を施行せしとか、そのおしるしという人は云うなるべし、明けて一日は意外の好天気飛び立つほどの嬉しさ、定例など追う暇なく出し抜けに櫓太鼓の音勇まし、太鼓の廻るのを待ちし仲間は此の一日外せしも多かりしならんが他日ならぬ日曜、かなりの観客にて徳川公などの常客は矢張見えたり。
楯甲達ノ矢は、現今いづれも旭の上る勢いなれば目覚ましき立合ならんと肘を張りて勝負いかにと見てあるうち、力士は化粧立ち数回ののちようやく立上り、右四つにつがいは敵が二本差しとなりて攻め付るを上より巻いて挑みしも、勝手悪しと左を差し体の崩れたる機会に上手ナゲにて楯甲の勝はメッキリ上達の腕前。
春日野司天龍は、立上り春日の差し手を絞り無遠慮に攻め付れば春日耐えかね外掛けにて防ぎしも、其のままヨリて司天龍の勝。
千年川真力は、突張り離れて再び突張り合いとなりしが、千年はかくては彼に勝を得がたし四ツに組むにしかずと少しくアセリて右を差さんと付入るを、突き放しつつ引落して真力の勝は老人あっぱれ。
今泉鞆ノ平は、は敵が無鉄砲に攻来るを右差しスクイ投げにて難なく今泉の勝。
若湊朝汐は、前日の手際もあれば或いはに勝ツ事もあらんが望むらくは敵の突張りに掛らず右四ツにでもつがい大相撲にしたしと望まれし人も多かりしが、立上ると等しくヨイショと突張りて若湊の勝は少しく敵に遅れし体なりし。
綾浪平ノ戸は、烈しく突合いは得意のズブネリにでも掛ける積もりなりしか徐々下より付入らんとせし時、すべりしものか突き手ありて平ノ戸の勝。
大戸平大泉は、左四ツヨリて大泉の勝。
高ノ戸鬼鹿毛は立上り手車、離れて再び手車となり睨ミ合いしが、解れては敵が付入り来るを右差しナゲを打ちし際、早くも切返して高ノ戸の勝。
北海鬼ヶ谷は、右四ツ下手ナゲにて鬼ヶ谷の勝。
八幡山瀧ノ音は、突合い八幡敵が右差しにて土俵際までヨリ来りしを、釣身にてヨリ返し互いに釣合となりては最後に敵を釣り極めんとする時、土俵際にてウッチャリ八幡山の勝は毎度ながら器用な力士。
出羽ノ海谷ノ音は、ヤグラナゲにて谷ノ音の勝。
大鳴門芳ノ山は、右差しヨリて大鳴門の勝にて打出したり。

定例を追う暇なく、というのは相撲開催の前日に触れ太鼓が町内を廻って開催を触れ回るという通常のスタイルを貫く間もなくという意味でしょう。櫓太鼓は開催当日に叩く太鼓です。貴重な晴天なので、触れ太鼓を廻して翌日開催などと悠長なことを言ってられず、いきなり開場したものだから触れ太鼓を待っていたファンの中にはこの日を見逃してしまった人もいたようです。

明治23年夏場所星取表

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【2007/06/21 20:22】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年夏場所2日目 (毎日新聞/明治23.5.31)

○回向院大相撲
・昨日二日目は正午頃より少しく曇りしため何分か初日よりは景気悪かりしが、西ノ海が片方土俵入を演じたればこれにて人気も引立ちし思いせり、もっとも当日小錦は土俵入までなせしも俄かに発病して谷ノ音との取組を休みたれば観客は失望の様なりし。
平ノ戸北海は、左四ツにつがいは引付け少々釣身にてヨリ来るを、体を変じツツ小手投げにて北海の勝、この決まり手は或いはヨリならんと云う者あれど下手投げがキリてヨリしものなれば決まり手は投げが至当なるべし。
鞆ノ平高ノ戸は、突合いて素首落しを試みしも極らざれば体を少しく引きたるを機として踏込み、押切りて高ノ戸の勝。
大泉出羽ノ海は、左四ツは敵が手早く首ナゲに来るを防ぎてかえって体に隙のありしかば二本差しとなりて釣らんとせしも、出羽は上手を引きツツ投げの打ち合いとなり暫時挑みしが水入り、のち前の如くつがいしきりに敵の前袋を探りつつ遂に取りて見事釣出し、大泉の勝は面白し。
八幡山芳ノ山は、立合い八幡が烈しく右を差してヨリ来るを、は土俵を逃げ防ぎしがついに二本差し釣出して八幡の勝は是非なし。
大鳴門朝汐は、念入りて立上り突合ううち、は手強くハタキたるに鳴門の体稍々危うかりしが、残して左を差し右をアテ満身の力量を極めて攻付るを、は敵の右手を跳ねつつヨリ返したる時、鳴門手早く二本差しとなりて釣身となりしを、はこれを諸に絞り挑み合ううち敵は抜き替え左上手下手となりて土俵際まで攻行きしに、ヨラれながら上手投げに行き朝汐の勝は満場大喝采。
大纒千年川は、突張り合ううち押切りて千年川の勝は年功。
司天龍大蛇潟は、大蛇敵が右差しにて押切るを土俵際にて防がんと少し苦く挑みしも、手早く渡込んで司天龍の勝。
鬼鹿毛今泉は、例の左差しとなりて小手ナゲを打ちしが残り左四ツにつがい、は得意の合掌となりたるを解きしとき小手ナゲにて鬼鹿毛の勝は流石に当場所より幕の内に入りし価値ありと溜りでの評。
鬼ヶ谷春日野は、引落して鬼ヶ谷の勝。
真力綾浪は、突張り合いが左差し右にて前袋を探り来るをしきりに防いでありしが、ようやくこれを取りつつヨリて綾浪の勝。
若湊楯甲は、十有余回の化粧立ありて立上るやは右を差し来るを押さえて挑みしも、は前袋を取りて釣出さんと其のままヨリ行く時、土俵際にて腰クダケ楯甲の勝にて打出したるが、楯甲若湊に勝を占めたるは実に僥倖と云うべし。
・この日、貴顕方には徳川公爵渡辺元老院議官等を見受けたり。

横綱西ノ海の体調は戻っていないようですが、客を呼ぶために土俵入りだけは勤めました。しかし新大関の小錦までが休場してますます寂しくなってしまいます。もう一人の新大関大鳴門は新入幕朝汐と対戦、終始攻め込みましたが逆転で敗れ、朝汐としては一気に名を上げました。

明治23年夏場所星取表
【2007/06/19 22:55】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年夏場所初日 (毎日新聞/明治23.5.27)

○回向院大相撲
・皐月相撲といえば兎角雨がちにて、勧進元及び他の年寄は毎夜空模様を眺めて翌朝の天気を案ずる事なるが、本年は雨に加えて天行病インフルーエンザに冒されし力士多く、回向院の初日もそれがためおいおい永引きしかば、好角家連は到底本月は望みなしと少しく落胆の様子なりしも、病気と天気の都合ここに整いいよいよ一昨日の日曜を以て初日興行を為せり、当日回向院場内は待乳山山響の両勧進元等へ魚市場その他より贈りたる大小の幟数本を打ち立て、場の入口にはビラなど所狭きまで張出したる有様すこぶる上景気なりき、殊に西関初めての片屋土俵入を演ずると言うより初日には珍しき入りなりしが、あいにく同人病気のため出勤せざりしゆえ皆々失望の体なりし、当日貴顕方の内にも徳川公、府知事蜂須賀侯、渡辺その他の各元老院議官等見受けたり、西関の土俵入は記者この程靖國神社において演ぜしを見たるが、病中の事ゆえ追て回向院の興行を待ちて評せんと筆を置き初日を楽しみ居りしに、出勤なかりければ観客と共に記者も失望いたせり。
朝汐真力は、突張り専売の力士なればも新参りの御馳走半分、立上ると等しく突張り合い暫時にらみ合となりしが、エイとの声と共にこれを振り払い手早く右に前袋を取りて引付ける体なりしが、は引付られじと其の手を押さえ少しく引身となりしを、かねて左をハヅに当ててありしかばこれを機として其のまま付け入り、押切りて朝汐の勝は充分幕の内力士の価値あり。
平ノ戸千年川は互角の力士にて、なかなかむつかしき立合いなれば一層の見物なりと膝を張りて勝負如何にと思ううち無造作に立上り、は敵が手早く右差しと付入り来るを外より巻き、体を斜に振り切らんとせしも烈しく付け入られしため腰クダケ千年川の勝、は敵がかく烈しく来らざれば巻きしまま泉川となし例の蹴返しで極める事もありしなるべし。
山ノ音司天龍は、遮二無二左を差さんと付け入り来るを跳ね返し突張りて司天龍の勝。
大泉今泉は、大泉敵の左差しを泉川に撓めが攻め来るを防ぎしに、は無遠慮にも技倆にまかせ土俵際まで押来れば大泉も此処ぞ千番に一番なりと例のウッチャリに行き、団扇は大泉に上りしがすでに踏切りありとて預りとはなりぬ。
大蛇潟鬼ヶ谷は、大蛇敵が手早く左差しにて右をハヅに充て押し来るより、タヂタヂと其のまま土俵際まで来しも敵の差し手を押さえ棄て身となりしかば、巧みにも付込んでの勝は立派、然るに大蛇は敵に踏越しありとて苦情を構えたるも、烈しく押し来る力士なれば敵と共に土俵に落るもあり又は踏越しもあるべし、これを発として苦情を唱え其の場だけでも預けを取らんとするは実に卑劣なり、検査役はこれを如何に判断し得るかと思いしに、苦情立たず果たしての勝とはなりぬ、また至当の事と云うべし。
綾浪大纒は、左四ツ釣出して綾浪の勝。
高ノ戸若湊は数十回化粧立ちのうえ首投げに行きしが極まらざる途端に突落して若湊の勝。
小錦大則戸は、一本背負に来りし所を小癪メト言う体にて其のまま突出して小錦の勝。
達ノ矢芳ノ山は、左四ツにつがいはスクイ投げを打たんとして浮足となりしを釣出して達ノ矢の勝。
北海鬼鹿毛は、立上り右四ツは足クセを巻き、投げを打たんとせしにこれを防ぎ稍々残らんとする時、体の崩れしを得たりと突落して鬼鹿毛の勝は御手柄。
北國鞆ノ平は、左四ツ踏切りありて鞆ノ平の勝。
出羽ノ海響矢は、左四ツ釣出して響矢の勝。
楯甲八幡山は、立上り八幡左を差さんとするを振り解き、突合ううちついに左四ツにつがい挑み合いしが、八幡少しくアセリしものか上手投げを打ちしも不充分にて未だ体の極らざる途端下手投げにて楯甲の勝、団扇も同力士に上りしが苦情起こりて預りとなりしは、或いは公平を失せしならんかと思わる。
谷ノ音響升は、敵の右差しに来りしを上手を引き右にてハヅに構え、ヨラんとするうち合四ツにつがいし時、早くも足クセモタレ込んで谷ノ音の勝。
大鳴門春日野は、春日敵の右差しを泉川と極め撓めんとせしも、其のまま預けヨリて大鳴門の勝にて打出したり。

さて西ノ海が新横綱として番付に載った、歴史に残る場所です。しかしながら雨天続きで初日が延び延びとなったうえ横綱が病気休場。大関剣山や一ノ矢など休場者が多くイマイチ盛り上がりに欠けますが、ファンの期待は大きかったことでしょう、観客の入りは悪くないようです。

明治23年夏場所星取表

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【2007/06/17 18:08】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年夏場所前雑報 (毎日新聞/明治23.)

高砂の再願
・この程陣幕久五郎は全国の力士を日本力士総取締なるものの下に置き同社会の古法を挽回し、かつ一朝事あるに当たりては輜重兵及び砲兵に付従して応分の力を致さんとの議をその筋へ建白せんと準備中のよし一二の新聞に記載せしが、高砂の両年寄は力士の体格肥大にして徴兵検査に不合格の者多ければむしろ力士は徴兵の免除を乞い、その代わり事ある際には輜重兵に編制して軍役に服せんとの事をその筋へ出願し、且つ山縣、山田二伯の意見を聞きしに、維新前長州藩には磐石隊と云える力士隊ありて戦功少なからず、また西南の際にも力士数名ありて大砲の運転などに便利を与えたる事ありとて二伯は賛成したるよしなれども、その筋にては許可せられざりしが、今度陣幕が建白を為して万一彼に許可せられては我々の苦心水泡に属すれば、再びその筋へ出願せんと目下協議中なりと聞く。(2.23)
○国会代議士と出稼ぎ相撲
・国会代議士と力士とは等しく士と云うものの、その品物は甚だ相類せざる者なるが、一両日前田舎出稼ぎの東京相撲が卒然引き上げて帰京する事になりし、曰く因縁を聞くに力士の帰京は国会代議士に妨げられたるがためなりと云うと事随分大業なるが彼等は一月の本場所以来田舎へ出稼ぎをなし一稼ぎと云う主義なりしに、この頃は天下到る所国会熱に浮かさるる人の多くして平生の好角家も力士の角力よりも国会代議士の角力が見たいと云う訳で、どこで興行するも一向に入りなく、腕の力コブも日を経るに従うて衰うる模様なれば、慣れぬ田舎で痩せるよりはむしろ帰京して博覧会を目掛け東西南北より寄せ来りたる田舎の客を目当てとして上野近傍に一興行開かば当たるに相違なしと見当を定め、火急に帰京する事に決心せしなりと。(4.4)
○高砂社の開業
・相撲年寄高砂浦五郎は、今度本所区柳島町へ二千余坪を購いて牛乳搾取改良販売所を新設し、かたわら花園を設け牡丹花菖蒲などを植付けこれら開花の季節を期して毎年一回づつ花主を招き園遊会を開く事とし、いよいよ昨日を以て開業の祝宴を張り余興には相撲を催して来賓の一覧に供したり。
大 砲(分)大戸崎
野州山 荻ノ濱
外ノ海 北 國
大戸平 朝 汐
大 達 北 海
千年川 綾 浪
朝 汐 一ノ矢

・右のほか小錦の飛付き五人抜きありしが、第一立田潟は突張り、第二鷲ノ森は遮二無二突き出し攻め行くをは無頓着にて突戻し、第三大綱第四山田野は難なくヨられ、第五荻ノ濱は敵の横合より飛出し組付きしがは体を斜に其のまま預けて見事五人に勝を得たる時は喝采の声暫時鳴り止まざりし、この時大達が溜にたたずみ己れも以前は五人抜を演ぜしにと云える様子見えしは心中さこそと察せられたり。(5.2)
○相撲、議員を招待す
高砂捕五郎雷権太夫は今回の大相撲興行中、日々市会議員及び府会議員二十五名づつを招待して相撲を一覧に供したき旨議員某氏についてて両会へ申出でたるよし。(5.6)
○相撲には殊更涙雨
・米価の騰貴に連日の降雨、天雨を降らせば下界もこの上に今年の凶作を思いてシクシクと泣き出す、殊に気の毒なるは回向院の相撲、去る二日に廻せし太鼓の音何となくシメリて聞こえしに、案の定翌日の初日は雨にて流れ翌日も翌日もついに連日の降雨にて、勧進元待乳山山響その他の年寄は泣きの涙、興行もせずに番付面六号活字的の小相撲百名近くを養わねばならず、十両以上の力士へは米、味噌、薪などその家に送りて扶持せねばならず、米価騰貴すればとて力士の体は別段に痩せず、別段に痩せねば相も変わらず牛飲馬食、米価騰貴の今日に日々六十円余の継ぎ足し雑用を入れれば莫大の損耗なりと。(5.6)
○相撲問答
・過日の貴社紙上に西関の横綱などの事につき相撲問答を掲げられたり、さても面白き事かな我々三度の食事忘れて回向院に詰め掛ける連中(米価騰貴の今日には我ながら都合よく存じ候)に取りて貴紙の厚意実に有難し、伏てここに当場所番付面力士の位付けにつき何とか相撲記者の御評を伺いたく候、との前文にて好角堂主人の来書ありたり、その問及び相撲記者の答左の如し。
・(問)まづ東の方より始めて第一に伺いたきは、小錦関の大関と西ノ海関の横綱の御評に候。
(答)さればなり小錦の大関は技量の上達と共に昇りし事ゆえ難なし、西ノ海の横綱は未だ日下開山として許すべき資格なけれど、一両年の出来と云い師匠の庇蔭等によりて方屋土俵入を得たるは同力士の僥倖と申すべし。
・(問)響升の昇進、綾浪の前頭上は如何。
(答)が小結となりて三役の内に加わりしには全く腕力の強きがためなり、しかし立合は以後今少し烈しくヤッテもらいたし、綾浪は本年一月の番付に比すれば三枚の昇進にて前頭上になりたり、一月の出来栄えは敵方の三役を取り挫き八日間に六日の勝越しは相撲記者をして喫驚仰天せしめたる事なれば、この位の昇進は至当至当。
・(問)次に伺いたきは瀧ノ音の一足飛には何かこれには助けのあるものに候や。
(答)瀧ノ音が二段目の六枚目より一躍して幕の内に昇進せしは決して庇蔭などの助けあるにあらず、全く技量のしからしむる所にして取締検査役が同力士にこの一足飛びをさせしは公平の処理と相撲記者は褒め置くなり。
・(問)西に廻りて剣山の欄外大関は記者御同意は如何かと案ぜられ候が如何。
(答)イカにも、剣山は一月の不出来と云い病気欠勤と云い公平の眼を以てその位付を定むれば小結が適当なるべし、しかし同力士には従来の勤功により欄外大関は是非なしとして許し置くべし。
・(問)大鳴門鬼ヶ谷は如何に、鳴門の大関論は拙者年来主張せし所なるに、この度大関の位置を占めしは拙者心中に嬉しく存じ候が、相撲記者足下は御同感なるや如何。
(答)もっとも御同感に御座候、大鳴門の大関は第一剣山が病気のうえ不出来にて正当の位置を占めがたきに依るとは申せ、老練の手際と云い年来の勤功と云い大関の資格は充分なるに一月の本場所には勝越しありしなれば正当の大関は無論の事なり、鬼ヶ谷嵐山鞆ノ平を越えて前頭上席に進みしは突張りの烈しきためにての降りは是非もなし。
・(問)このほか大達鬼鹿毛大砲等は如何。
(答)大達近来の模様にては欄外小結より幕の内中央に降りしは相当なるべし、鬼鹿毛の昇進は全く勝星の多きためなり、大砲が三段目より三十余名の力士を掻き分け二段目に昇りたるはただ好角家を喜ばせしものならん。(5.8)

明治23年といえば前年に大日本帝国憲法が公布、この年から施行されて帝国議会もこの年に第一回が開かれる、そんな時代です。大鳴門は小錦と一緒に小結から一気に大関昇進、小錦に比べると成績も将来性も劣っていますが、長年の功労や本格派四つ相撲での技能など、数字以上に評価は高かったようですね。大砲はのち横綱になる力士ですが、身長2メートル近い大物として下位の頃から期待されていたようです。高砂親方は副業も盛ん、弟子達を引っぱり出して宣伝に使っています(;・ω・)

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【2007/06/15 22:10】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
西ノ海の横綱免許と新番付 (毎日新聞/明治23.3.2)

○力士西ノ海
・これを梅関が横綱を得たるの技量に比せば如何、尚早論を唱えたきの感なきにあらねど、大達既に衰えてまた傲然闊歩回向院の門を揺かすの勇気なし、剣山また病みて今は觝場に上らず、独り小錦旭日東上の勢いあれど僅かに近年の出世に過ぎず、ここにおいてか泉川関勃然勢いを得て力士社会の大勲章横綱を張るに至りしならん、それは兎も角も同人は来る五月横綱土俵入を勤むるため、かねて吉田追風の末裔吉田善右衛門氏よりこの程横綱免状を下付せられしが、昨日はまた宿禰の後裔と称せらるる五條子より方屋並びに持太刀免許の二状を受けたりという、また同力士の横綱に付き華族島津公よりは太刀並びに化粧廻しを同人へ贈る筈にて、太刀は島津公の常紋を金蒔絵にて出しおよそ三百円以上のもの、また化粧廻しは本所一ツ目の縫箔屋へ注文せしが代価は四百円なりと、この他吉田子爵よりも太刀を贈り黒田、松方、西郷の三伯よりも太刀を贈らるるよし、西ノ海の露払い並びに太刀持は小錦一ノ矢なるがこの控えは綾浪響升の二力士と定まりたりと聞く、泉川関もまた仕合せなるかな。
○五月の本場所
・相撲好きが一月の本場所終わるやいな直ぐと星数え、誰は幾枚の上進なるべし誰はいよいよ大関なるべしと、早や番付を予想の中に描くは五月の本場所なり、西ノ海横綱免許にて東の関に廻るについては大鳴門西の常席大関に、剣山小錦を張出し大関に為すべしとの説あれば、また剣山西の大関たるべしなど種々の風説ありて、本社の予想番付こそ今は待ち遠なれという景色なり、ソコで本社は例の如く本年一月の成績を参照し左に予想番付を記して愛読者の一覧に供す。(五月本場所の初日は九日なりと)
 東         西
大 関  西ノ海  大 関  大鳴門
関 脇  小 錦  関 脇  剣 山
小 結  一ノ矢  小 結  若 湊
前 頭  響 升  前 頭  八幡山
 同   綾 浪   同   鬼ヶ谷
 同   嵐 山   同   鞆ノ平
 同   大 達   同   司天龍
 同   出羽ノ海  同   海 山
 同   今 泉   同   平ノ戸
 同   芳ノ山   同   真 鶴
 同   千年川   同   真 力
 同   若ノ川   同   谷ノ音
 同   北 海   同   知恵ノ矢
 同   朝 汐   同   瀧ノ音
張出前頭 黒 雲  張出前頭 春日野
(3.18)
○五月の本場所大関に富む
・櫓太鼓の声暁天に響き、好角家がきちがい眼になりて家を飛び出すは早や一ト月の後に迫れり五月本場所の事につきては先に予想番付を記せしが、其の後相撲協会にては大鳴門小錦の働きを挙げこの度の場所には共に大関こそ至当なれと云うものありて、ついに小錦を東の大関に大鳴門西の大関に進め西ノ海は東の張出し大関に、剣山西の張出し大関に据え、大達八幡山西に廻りて西ノ海小錦と取組める事になりたりと、即ち五月の本場所には四人の大関あり、曰く

常席大関 小 錦
張出大関 西ノ海

西
常席大関 大鳴門
張出大関 剣 山
(4.4)
○回向院大相撲番付
・本社は先に一月大場所の成績によりて予想番付を掲載せしが、いよいよ昨日を以て番付を配りたれば例の通り一月の番付と比較して左に掲ぐ。
鬼鹿毛の昇進は技量外多年の功によるなるべし、瀧ノ音の昇進は腕力の強きためにて、朝汐が付出しより一躍して幕内下より二枚目に昇りしは当然の事にて、本社予想番付にも二人とも幕の内に進め置きたり、流石は高砂年寄、公平の処置と褒めてよからん。(初日は明後三日)
  新 (東の方) 旧
横綱 西ノ海
大関 小 錦 大関 剣 山
関脇 一ノ矢 関脇 若 湊
小結 響 升 小結 大鳴門
(以下略)(5.1)
○相撲問答
・五月の本場所はいよいよ明三日より始まり記者がかつて申せし相撲支配の時代ここに到着したれば、これよりは都下相撲話の喧しき事ならん、さてこの度の番付につき(昨日の紙上にあり)麹町区飯田町慨然堂好角と云える人より本社へ向け左の質問を申込まれたれば一々相撲記者としてこれに答えしむ、その問答左の如し。
・(問)西関は横綱大関なりや、単に横綱にして大関ならざるか。
(答)ごもっともの御問かな、これまで当場所には四人の大関ありなど噂いたしたるところ、番付にはただ横綱と有り候えば世間の好角家には御同様お迷いの方多かるべしと存じ相撲記者もとくと聞き糺せしところ、横綱と冠するはこの度が初めてにて、これは大関の上に位し、勝負などの関係なく幾ら負け越しありても後に下げる事の出来ざるものなりと、されば神聖にして冒すべからざるもの或いは保険付の大関とでも御承知下さるべく候。
・(問)横綱と名前の上へ記すは古来その例あるか。
(答)前に申せし次弟なれば古来その例なき事と存じ候。
・(問)欄外へ出て横綱を張る者は古来その人ありしか。
(答)或る年寄に問合わせ候ところ、多分鬼面山陣幕のうちにありしよう思わると答え候。(5.2)

西ノ海は長年の功労と最近の好成績が認められ、晴れて横綱免許となりました。化粧廻しよりも太刀の方が多く贈られているというのは意外ですね。いずれにしろ当時の300円や400円と言えば現在の数百万円の価値と思われます。また小錦と大鳴門が小結から一気に大関昇進、当時としては張出大関という地位は極めて異例なのですが、剣山が衰えて大関としての働きが期待できないことも大きく関連しているようです。また近年は不振の平幕力士を張出前頭とする機会も多く、かつては例外の産物に過ぎなかった「張出」が平常に使われるものへと変化していったと思われます。この場所の番付でその流れは決定付けられ、今後は張出の無い番付の方が珍しいという状況になっていきます。さて一度は4大関として内定したようですが(4月4日の記事)、この張出大関という処遇に西ノ海が異を唱えたといいます。結果として張出は張出でも「横綱」と冠することで西ノ海も納得して後日の番付発表へとつながっていきます。史上初めて、地位として「横綱」が記されたわけでファンの間には戸惑いがあったようですが、ハッキリと「大関より上の地位である」という見解が示されています。

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【2007/06/13 19:39】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年春場所千秋楽 (毎日新聞/明治23.1.16)

○回向院大相撲
・昨日の十日目は前日の空模様と違い、至って穏やかなる賽日なりければ常の千秋楽よりは一層の景気なりしが、午後一時頃より降り出し追々烈しく降り来りしにぞ場内の騒ぎ一方ならざりし。
外ノ海若ノ森は、突張りて若ノ森の勝。
阿武松雲龍は、立上り阿武右を差しは泉川に極めしが離れて右四ツ阿武は遮二無二押し切らんと外掛けモタレ込みしが、雲龍は土俵際にて棄て身となり同体落ちて預り。
大則戸大戸平は、立合に右差しヨラんとするを手早く引張り肩に掛けて一本背負は綺麗なり。
鶴ヶ濱鬼鹿毛は、右差し足クセスクイ投げにて鬼鹿毛の勝。
山響大蛇潟は、左四ツ下手投げにて山響の勝。
鬼若黒瀧は、右差しヨリて鬼若の勝。
若木野勝田山は、左四ツにつがい勝田無残に攻め付るを土俵際で体を変じヨリ切りて若木野の勝。
・是より三役、達ヶ崎は、右差しは上より挟み揉合ううち締め廻しの緩みしかば、行司は一寸と声を掛けに気を抜きし時、は立派に小手投げを打ちしがこれがため紛紜起こりついに預りとなれり。
雷山虹ヶ嶽は、虹左差しヨラんとせしを小手ナゲにて雷山の勝。
朝汐大碇は、二本差し押し行くをはこれを解き左四ツヨリ倒して朝汐の勝にて千秋楽の相撲を終わりたり。
・当日の弓取りは君山が巧みに振りしは感心なりき。

○花相撲
・回向院大相撲も昨日にて打ち納めたれば、西ノ海剣山大鳴門一ノ矢小錦の一行は明日より横濱において八日間、それより麹町平川天神に来り八日間興行、また大達若湊嵐山熊ヶ嶽の一行は今日より横濱にて五日間、帰京のうえ洲崎において八日間興行する由。

柵(しがらみ)はマワシ待ったの声がかかった瞬間に投げるとは(;・ω・)聞こえてなかったのか計算なのか・・後半は天気に恵まれませんでしたが、全体に人気の出た場所だったと言えるでしょう。この千秋楽、朝汐に大碇という将来の大関同士の対戦があり朝汐の勝利でした。巡業の熊ヶ嶽という力士は明治初期に大阪相撲で活躍した古い力士で、この頃はほとんど引退状態でしたが大達と仲が良かったようで一緒によく巡業をしています。

明治23年春場所星取表

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【2007/06/12 00:59】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年春場所9日目 (毎日新聞/明治23.1.15)

○回向院大相撲
・昨日九日目は、午前十一時頃よりチラチラと雪降り出でたれば入れ掛けならんと思いし相撲は強情にも打ち通し、此の天気にて不人気なりしも徳川公、蜂須賀侯などは相変わらず見えられたり。
大泉朝汐は、立合い左四ツにつがいは遮二無二ヨラんと押し行くを、外掛けモタレ込んで朝汐の勝。
谷ノ音出羽ノ海は、右四ツ難なくヨリ切りて谷ノ音の勝。
平ノ戸大蛇潟は、立合い大蛇右差しは上手を引いて競ううち上手ナゲにて平ノ戸の勝。
芳ノ山響升は、右四ツヨりて響升の勝は是非なし。
瀧ノ音四ツ車は、突出して瀧ノ音の勝。
大纒阪田野は、右四ツになりて釣合い阪田は無遠慮にヨリ切らんと押行くを、土俵際にて棄身大纒の勝。
新川達ノ矢は、立合い引掛け小手投げにて達ノ矢の勝。
鬼鹿毛北海は、立上り左四ツにつがいは例の合掌に掛る心得なりしが、差し手を引抜き合掌に行かんとする時は敵のワナに掛かりては大事なりとて手強く押行くを、は足クセに防ぎ水入りのち左四ツとなりヨリ切りて北海の勝。
春日野大則戸は、立合い大則左差しとなりしを春日は泉川に絞りたるが、カタスカシにて大則戸の勝。
嵐山八幡山は、また引分かと観客の予想に違わず立上り左差し八幡は敵の首に左手を巻き睨み合いて水入り、のち一寸揺りて引分はツマラヌ立合。
西ノ海知恵ノ矢は、左差しを引張り込み泉川にてキメ出し、西ノ海の勝にて打出したり。
・さて此の日は観客が待ち設けたる顔触れのうち司天龍若ノ川真鶴綾浪真力今泉大鳴門小錦の角觝を休みたり、また今日は十日目ゆえ木戸を六銭に値下げせり。

幕内力士にとって最終日となる九日目はまたも休場者が多く、天気にも恵まれずあまり盛り上がらなかった様子です。大関西ノ海も負け越しの平幕力士が相手、簡単に7勝目を挙げて場所後の横綱免許へとつながります。朝汐・滝ノ音ら十両力士による奮闘が光りました。

明治23年春場所星取表

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【2007/06/10 07:13】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年春場所8日目 (毎日新聞/明治23.1.14)

・昨日八日目は前日に引替え寒気強く、且つ北風烈しきため場内はすこぶる不人気にてありしが、相変わらず徳川公、吉田枢密顧問官、渡辺元老院議官を見受けたり。
春日野大纒は、は右を差したるを引張り込んで泉川極め出して春日野の勝。
北海大泉は、立上り諸ハヅにて押切り北海の勝。
若ノ川知恵ノ矢は、右四ツは差し替えて二本差し釣らんとせしをは首ナゲを打ちしに、残さんとして体の浮きたるを上手に押切りて知恵ノ矢の勝は大出来。
八幡山平ノ戸は、左四ツ合四ツとなりて競合い水入り、のち八幡は引寄せヨラんとせしを、は足クセに防ぎ争ううち取疲れ引分。
大鳴門西ノ海は、立上り鳴門左差し西は例の通り泉川にて持出さんと攻付るを、鳴門は差手を預け右を敵の脇下にアテながらエイとの声と共に手早く引抜きツツ引掛け振り廻したれば、西は案外の事にて防がんともせず其のままヨリて大鳴門の勝は巧者と云うの外なし。
鶴ヶ濱朝汐は、左四ツ朝釣らんとせしを足クセモタレ込んで鶴ヶ濱の勝。
司天竜出羽ノ海は、右四ツにて攻合い水入りのち互いに釣り合い取り疲れて引分。
今泉芳ノ山は左四ツ、ヨリて今泉の勝。
綾浪嵐山は、は左差しにてヨリ来るを泉川で棄て身となりしが外掛けヨリ倒して綾浪の勝。
小錦真力は、突張りの勝にて打出したり。

この場所は連日すごい大入りで七日目には札止めでしたが、平日になって天気が悪いと一転してしまいました。集客の意味でも屋内での会場が欲しいところですね。小錦は難なく全勝キープで幕内最優秀成績を決定付けました。大鳴門と西ノ海はいつも引き分けになる対戦で、これまで大鳴門の1敗6分でしたがついに本場所で初勝利。

明治23年春場所星取表

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【2007/06/06 22:21】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年春場所7日目 (毎日新聞/明治23.1.14)

○回向院大相撲
・一昨七日目は午前十一時頃より風立ちしも気候すこぶる緩みて暖かく、日曜の上に小錦若湊の顔触れなれば相撲の繁昌は実に近年まれなる大景気にて、午後二時頃は客止の札を出し空しく木戸より帰りし者数百人あり、臨時に桟敷を架けるなど中々の雑踏なる内に見受けしは徳川公、蜂須賀侯、池田侯、吉田枢密顧問官、吉井宮内次官、芳川内務次官等なり。
泉瀧大纒は、左四ツは上手を引いて引寄せ釣らんとする様子なれば、は右をハヅに当て腰を落しヨラんと互に競り合ううち、水入りたればなお取結び其の局を見んと思いしに、卑怯にもは痛所あれば此のまま引分になしたしとて更に土俵に上る様子見えざるより、四本柱の年寄が種々談判せし後、ついにの言情立たずして再び前の如くつがいたれば満場喧しく鳴りも止まざるうち、は敵の前袋を右手にて掴み引寄せ釣らんとせし所、早くも年寄は行司に令して引分となしたるに、はすこぶる不本意にてしばらく土俵を下りず、且つ観客もかくは不可思議なる年寄の指図なり、に下ルナと云う声四方に溢れしが是非なく引分となりたり、が勝気になりて仕掛けんとする所を無残に引分とせしはの遺憾は更なり観客に不満足を与えたるは相撲社会の不利益なるべし。
大泉出羽ノ海は、数回化粧立のうえ大泉は手早く二本差しとなりしを、出羽は防ぐ間なく難なく釣出して大泉の勝。
達ノ矢知恵ノ矢は、右四ツは引寄セ釣り身となりしに、は得たりと得意の足クセ巻き倒さんとせし時、同体落ちしが仕掛けし相撲なり且つ体もが遅れて落ちたれば団扇は知恵ノ矢に上りしも、物言い付て預り。
楯甲今泉は、左差しヨリ切りて今泉の勝。
司天竜綾浪は、無造作に立上り二本差しで遮二無二押し切らんと攻行くを、は体を変じて防がんとせしも敵が鋭く攻め来るゆえ詮術なく右を引張り泉川となりしうち、すでに危くなりしかば此処ぞと見事ウッチャッて綾浪の勝なりしに、如何しけん又々物言いありて預りとはなりぬ。
海山芳ノ山は、右四ツにつがいは難なく攻行くを、土俵際にて棄て身となり芳ノ山の勝。
朝汐嵐山は、立上りは左差し敵の差し手を右にて巻き頭部を胸板にアテ、下手に動かばヅブネリに投げんと構えたり、は上より押さえ勝手悪しと金剛力にてこれを跳ね解き、左四ツとなるやいなは差し手を引抜き泉川に絞り畳みかけて攻付るを、は防ぐ術なく極め出して嵐山の勝なりしが、が差手を引抜き泉川となり畳みかけし時の早きこと電光石火、実に瞬時の働きなりし。
小錦若湊は観客の待ち設けたる角觝なれば力士の土俵に出ると等しく小錦と声援を掛るあり或いは若湊と叫ぶありて喧擾一方ならざりしが、さて力士は丁寧に仕切り立上りは例の突張りに行きしをはかねてこれを知るものから敵の突出す鉄砲と同時に一歩斜めに避けしかばは仕損じたりとなお付入らんと体を延ばしたるを、ハタキながら土俵を割りて小錦の勝は満場にわかに喧しく帽子羽織の飛び来りし事なかなか多かりし。
北海響矢は、突合い右差し小手投げにて北海の勝。
春日野若ノ川は、春日敵の左差しを泉川に極め余りソリ身となりしゆえアビセ掛けて若ノ川の勝。
大蛇潟真鶴は左四ツ、スクイ投げにて真鶴の勝は是非なし。
大達瀧ノ音は、得意にて突張りこれを跳ね返したるも敵は進んで来りければ逃げナガラ引落さんとせしも、付入り押出して瀧ノ音の勝は立派。
谷ノ音響舛は、力士が土俵に上ると好角家はいづれもソレ響ダゾ、マッタ博士ダゾ暫時は煙草でも飲むべしとスパスパ吸い居たるが、力士は仕切るや一回もマッタなしで右四ツにつがいたり、かくは珍しき事なりと不思議に思ううちは金剛力にてヨリ行かんと攻付け、すでに土俵際に至りアワヤは敗を取りしかと思ううち、見事ウッチャリたるに行司は団扇を谷ノ音に上げたるより一場の紛議となり、暫時の間東西に年寄奔走し談判ののち預りとなりしが、星は響舛の方なりと云えばの勝なるべし、或る人は響舛立合には他力士三人位の時間を費やすに今日は珍しく化粧立ち一回もなく立ちしゆえムダに時間を費やさざるべしと思いしが、苦情のためかえって常より時間を徒費したればヤハリ相変わらずがヨイと見える、と呟き居りし。
大鳴門八幡山は左四ツにつがい、鳴門は引寄せ釣らんとするに八幡は体を落しこれを防いで下手投げを打ち互いに競い、水入りしのち釣合い或いは投げの打ち合い大相撲となりしが取疲れて引分。
西ノ海真力は、立上り左を引張り込み泉川極出して西ノ海の勝にて打出したり。

久しぶりに痛み分けを主張する力士が出ましたが、却下されたあとで強引な引き分け判定、まったく明治の判定というのは不透明です(;・ω・)この日はずいぶんと物言いの多い日でした。大達は十両力士に敗れてそのショックのせいか翌日から休場してしまいます。この十両滝ノ音(たきのおと)はのちに大阪相撲で八陣(はちじん)と名乗って横綱になる力士です。ただし吉田司家公認でないため現在の歴代横綱には数えられていません。
東十両5・滝ノ音調五郎

明治23年春場所星取表

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【2007/06/04 21:17】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年春場所6日目 (毎日新聞/明治23.1.12)

○回向院大相撲
・昨日六日目は初日以来珍しく大入にて、貴顕方の内には徳川公、池田侯、吉井伯、吉田子、芳川内務次官、安藤渡辺の両議官等を見受けたり、今回の相撲は顧官紳士等多分の来場ありて表面桟敷その他好き場所を得んには二日或いは三日位前に付込まざれば得がたきほどの景気なりと。
北海雲龍は、突張り合いてが一寸と胸を見せたる所は実に立派なりしが、敵の突張り烈しきゆえ跳返したるも北海は左差し付入り、ヨリ倒して北海の勝。
谷ノ音朝汐は、は先頃大阪より高砂の部屋に来り今度付出しになりたる力士なれど、初日以来土付かずの剛のものなれば此の日との立合いは場内何んとなくどよめき渡れり、力士は早くも立上り右四ツにつがい、は勇気鋭くヨリ行くをは大事と防ぎしも力足らずしてヨリ倒れ朝汐の勝は実に目覚しく、将来の三役はうけ合いと溜りでの賞賛あれど、滅多アテニはならざるべし。
若ノ川瀧ノ音は前同様人気よく、立上りは付入りて手強くハタキしが残して突合い、は下より付入りしをは避けんとする間もなく突出して瀧ノ音の勝。
大達真力は、は例の突張りに行くを達巻き返して突張り合ううち、真ヒネリての体危うかりしが立直し付入り、敵は右をハズに構え遮二無二攻め来るを、挟みて小手投げを打ちしがすでに踏切りありて大達の勝。
千年川真鶴は、左四ツ下手投げにて真鶴の勝。
小錦芳ノ山は、左四ツにては無遠慮にも押行くを、は外掛けに防がんとせしも敵は其のまま体を預けて小錦の勝は是非なし。
大鳴門綾浪は、前日来剣山若湊に勝を得て今日なお鳴門に勝ちとせば、三役に勝ちて五月の番付には充分昇進する所なれど如何なものかと贔屓の人々は内々心配し居たるが、力士は丁寧に仕切して立上り鳴門は左差しはこれを巻込み頭部を敵の胸に当て一ツ押さんとして敵が堪えしを、得たりと例のヅブネリにて綾浪の勝は満場大喝采なりし、五月番付の昇進はいよいよ目に見えて来れり。
西ノ海嵐山は、かつて小結争いまで為せし事もありしが立合い如何と張肘をして見て居るうち、はエンヤト突行くを左を引張り泉川にて土俵際まで攻めたる所を見れば、前日が小結の席を争いしはかえって価値を損ぜし如くに思わる、と或る人は云えり。
楯甲出羽ノ海は、二本差し出羽は諸に絞り釣らんとせしが、もなかなかの達者ものなればこれを解いて敵の前袋を取らんとせし時、出羽は一寸と小手投げに行きしが防いで、は再び二本差しとなりしを諸に絞り極出して出羽ノ海の勝。
今泉大泉は、立合いに突合い左四ツは上手を引て釣出さんと持行きし時、余り勢いよくせしため踏切ありて大泉の勝なりしが、力士はこれ等の踏切を知らずはこれを防がんとて足クセに巻きしも、ツブレて再び大泉の勝は丁寧なる角觝なり。
司天龍海山は、右差しヨリ切りて司天龍の勝。
響升鬼鹿毛は、左差しはこれを巻き足クセに行かんとして腰クダケ響升の勝。
八幡山若湊は、立合いに若得意の突張りに行きしを八幡は防ぐ隙なく、左をハヅにアテ突出して若湊の勝にて打出したり。

○三田伯と力士
大達一枚の顔見ゆれば人気引立ち、見えざれば本場所も何となく物淋しき心地せらる、桟敷のうち此の君の顔見ゆれば力士の意気込みは素より場所も賑うて見ゆれど其の顔見えぬ時は余人ならぬいつもの顔とて物足らぬ心地せらるるとは、言わでも知るき三田伯の事なるべし、此の君昨年身を激職より退かれし後は何か思う所ありけん、日頃愛顧の深き小錦西ノ海なんどへ当分のうち出入無用と書き送られけり、此れはイカな事、此の君に見捨てられては今年の相撲も乗り気になられぬと心配するも、出入断られし身の其の館に近づくべくもあらず、かの君にしてかくも我々社会を遠ざけらる、如何なる事のお気に障りしか知らねど御前のお怒りとありては定めし磐梯山の噴火も及ばぬほどなるべし、誠に前代未聞の珍事こそ出来しけれとただ嘆き合うも道理なり、しかるに一日突然三田伯の勝手口に見えし一人の男ありけり、年寄玉垣にして唯今旅より帰りしまま早速参上つかまつりぬ御免ならえ、と取りつぎの通ずるをも待たず草鞋を解きてスタスタとあがり主人公の前に伺候しつ、かねて出入無用とのお断りありしやに承われど、他の力士はイザ知らず、やつがれに於ては左様の憂き目頂戴する覚えなければ今日参上致せりとの言葉に、困りものは汝等の社会にこそと流石の伯もその無遠慮に閉口されけん深くも咎めず、この糸口の解けしを幸い小錦西ノ海など後より後よりと押掛け御見物例年通りに願いたしとひたすらに請いければ、伯も今は断りかねて五日の初日より相変わらず相撲場に見えらるるとは目出度し目出度し。
○合併相撲
・回向院の大場所打上げ次第、大達は熊ヶ嶽、若ノ川大泉の連中と共に若湊嵐山瀧ノ音等と合併し横濱に五日、深川洲崎に七日間興行する筈なりという。(1.11)

朝汐が強い勝ち方をして、早速三役候補の声がかかっていますね。記者は信用していないようですが・・綾浪は記事の通り三日連続で役力士を破って三役総ナメの快挙。平幕力士にはなかなか出来ないことです。三田伯爵は誰のことか良く分かりませんが、当時の相撲界で得意客をキープすることは収入上とても重要でした。しかも単なるスポンサーという以上に慕われていた人物だったというのがよく表れていますね。

明治23年春場所星取表

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【2007/06/03 21:52】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治23年春場所5日目 (毎日新聞/明治23.1.10)

○回向院大相撲
・昨日五日目は前日より一層景気よく、常連貴顕方の他に柴原、折田、時任の各県知事警視官等をも見受けたり。
知恵ノ矢上ヶ汐は、右差しとなりて互いに巻合い、は上手を引きヨセて釣らんとするトタンに前袋をトリ内ガケモタレ込んで知恵ノ矢の勝。
真鶴出羽ノ海は、立合いは左差しとなりしもが上手を引きしため勝手悪しと一つマクリ、離れて烈しく突合ううち出羽は金剛力にて跳ね返したる時、の体ヒョロヒョロと浮き足となりし所を、得たりと突出し出羽の勝は、この力士にしてはすこぶる活発。
海山真力は、突合ううち引落して真力の勝。
大泉響升は、響例の化粧立ありてようやく立上り、は左差しはこれを掻き込み同じく左を差さんとするを、敵は上手に右をあてジリジリ押しに攻立るをは土俵際にて撓めんと防ぐうち、少し釣り身となりヨリ切りて響升の勝は一寸面白かりし。
大達大鳴門は、立上り鳴門左差しも共に差さんとするを敵は右手にて妨げ押切らんとマクリ掛け攻行くを、は最早これまでと泉川に絞り一ツ振りたる時は鳴門ほとんど危うかりしが残して、再びヨラんとせしかばは左手にてナタで攻付くるを、手早く引抜き鋭く跳返して大鳴門の勝は見事の早業と云うの外なし。
一ノ矢鞆ノ平は、立合いには左を深く差したるため首投げにての勝。
北海楯甲は、右差しヨラんとするをは防ぎながら同じく右差し、四ツとなり撓め合ううちスクイ投げにての勝。
谷ノ音今泉は、当時売出しの若力士なれば土俵に上ると等しく場内は自からどよめき、暫時は鳴り渡りたるうち造作なく立上り烈しく突合い右四ツにつがい、競い居るうちは押切らんと一歩進んでヨリ来るを今泉は切返しに行きたるも突手ありて行司は団扇を谷ノ音に指したるより紛紜を生じたるが、ついに預りとはなりぬ。
平ノ戸若ノ川は、右差しにてヨラんとせしをは泉川に絞りたるを、は跳ねほどき左四ツとなり揉合いヨリて平ノ戸の勝。
司天龍八幡山は、立合い右四ツは上手を引いて睨み合い、隙あらば引寄せ釣らんとの心組なるも八幡は少しも油断せず腰を落してヨラざれば、ただ互いに突っ立ったまでにて水入り、のち観客へ言い訳のため一寸と揺すりて引分は興なし。
嵐山小錦は、立上りは手早く左差しにて攻行くを、は泉川に掛けんとして一寸とヨリし時、これを避けんとして体を廻しながら渡し込での勝。
若湊綾浪は、立合にはヅブネリと行くつもりなりしか突然モグリしを、は一寸と突き開いて例の鉄砲を打出さんとするうちは早くも付入り左四ツにつがい攻立るを、は土俵際にてここぞ大事と防ぎしが、釣出して綾浪の勝。
西ノ海芳ノ山は、立合に左差しとなりしが泉川に絞り突放して西ノ海の勝にて打出したり。

この時代の取組描写の中で目につくのは泉川、撓めといった極め技です。相手の片腕をこちらの両腕で極めてしまう技で現在あまり聞き慣れませんが、体が大型化した今の力士には効きにくい技かも知れません。用途としては相手の差し手に対して掛ける場合が多く、今で言うとおっつけがそれに代わってよく使われている技のように思います。さて小兵のワザ師として長く幕内で活躍した上ヶ汐は今場所で引退、結果的にこの日の相撲が最後となります。

明治23年春場所星取表

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/06/01 16:51】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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