スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
明治21年夏場所2日目 (毎日新聞/明治21.5.15)

○回向院大相撲
・昨日二日目は前日に引続きたる上景気にて、貴顕方の内には副島伯蜂須賀侯をも見受けたり。
・今度付出したる西京の一ノ矢改名達ノ矢谷ノ音は、も中々油断ならざる剛力士にて殊に前日若湊を脆くも倒したるものなれば、此の相撲こそ面白からんと思ううち早くも立上り、は左を差して付け入りしをは体を斜に変じながら引張り込んでエンヤと突出しの勝は大きなものにて、などの到底敵するものにあらずと溜りでの評は当れりと云うべし。
勢力千羽ヶ嶽は、素人相撲の如く抱き出して千羽の勝は珍しき事になん。
阿武松緋縅は、突合い左差し釣出して阿武の勝。
八幡山常陸山は、立ち上り八幡は右差しにて攻め行くを常陸は防がんと一寸撓めたるより、左手をあてヨリ切りて八幡の勝。
黒雲鬼ヶ谷は、互いに突合いながらは得意の引張りに行きたるに、相手は其のまま傘に掛かりてトンボを打たせる時、の体は少しくおくれて落ちたる如く思われしが、行司はすぐにに団扇を揚げたるに西溜りの嵐山に負けなしとて物言い起り、検査役出来山及び溜りの行司其の他一同土俵に上りて其の如何を論ぜしに、高砂は決して物言いの付く角觝にあらずと云い、は充分物言の付く角觝なりと云いしが、高砂は決して然からず兎に角土俵だけの預りとなし置くべし、自分は誡権を以てかく処分するなり、とて土俵だけの預りとはなりぬ。
嵐山平ノ戸は、突合い右四ツにてはヨラんとするを、はエンヤとウッチャリしが残りて上手投にての勝となりしが、すでにウッチャラレし際に踏切りありとて又々物言い付きしも、前の如くにて預りとはなりぬ、此の相撲評と勝負付けとは此の紛紜によりて相違あれど右の顛末なれば観客は少しも怪しみ給うな。
鞆ノ平小錦は、立上りは左差しとなりしをは泉川にて極めんとするを、外掛けモタレ込んでの勝。
一ノ矢伊勢ノ濱は、は左差しにてヨラんとするを、伊勢は首投ゲに行きしが掛外れての勝。
真力柏戸は、は右差しとなりしをこれを絞り攻め合ううち一寸がスクイたるも残りて揉合い、水入りしのち前の如くつがい攻合いしが、取り疲れて引分け。
千年川真鶴は、立上りは首投ゲに行きしがはこれを防ぎ、左差しスクイ投にての勝。
若湊司天龍は、立上り右四ツにて競いしがは体を変じながらヒネらんとせしが、すでに踏切りあるにも拘らず揉合い同体流れて預りとせしは不完全。
綾浪海山は、左差しヨリ切りての勝。
西ノ海知恵ノ矢は、ヨリ切りて西の勝。
芳ノ山剣山は、右差しヨリての勝にて打出したり。

京都から加入の達ノ矢(だてのや)が谷ノ音を一蹴、強さを見せました。すごい勢いで番付を上がっている小錦も2日続けて足技で連勝。この日も物言いのつく相撲があって揉めていますが、結局星取の上では白黒ついたようです。

明治21年夏場所星取表
スポンサーサイト

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/27 10:23】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治21年夏場所初日 (毎日新聞/明治21.5.15)

○回向院大相撲
・一昨十三日の初日興行は、前日の曇天に引換え晴朗の好天気にて殊に日曜なりければ中々の大景気、観客中には珍しくも西郷伯は令息方と共に来観し居られ、其の他副島吉井の二伯をも見受けたり。
伊勢ノ濱は、二本差し押し切らんと攻行くを、撓めながらヒネりて伊勢の勝。
平石柏戸は、突出して柏戸の勝。
緋縅常陸山は、常陸は無闇と突掛け行くを、はこれを防がんに手段なければ止むを得ず首投げを試みしも残され極らずして、コロリとモタレ常陸の勝。
司天竜藤ノ戸は、は左を差し攻行くを、相手は右にて釣り上げ防ぎながら土俵を勝たんとせしも、其のままヨリ切りて司天の勝はさもあるべし。
今泉真鶴は、立上りは左差し上手下手となりて攻合ううち合四ツとなり、少しく隙あらば投げんものをと窺い居るを、相手は巧者ななれば瞬時の隙なく、引寄せては釣らんとせしこと二三回、は大事と体を離れんとする時、早くも出し投げにての勝は是非もなし。
谷ノ音若湊は、場内いづれもの勝なるべしと推測せしうちエンヤとより仕掛けたるに、は化粧立ならんと思いしに、手早く左差し釣り上げて土俵際までヨリ来りし際、は未練にもマッタと云う、必定紛議ものと思う折しも観客は谷ノ音の勝なり若湊汚なしと叫ぶも、谷ノ音は少しも意とせず再び取り結ばんとせしに、東溜りの真鶴はかくは不思議なる事かな相手より仕掛け来りたる角觝に己れ危きためマッタと云うて行司及検査役たる人々の黙し居るは何事なるぞ、としきりに主張せしかばは少しく躊躇せしが、検査役は高砂及び当人の師匠たるにて、何事をも云わざりければ再び取る事となりぬ、さて力士は立上るやは例の諸鉄砲にて前の不手際を取消さんと一層激しく突掛け行くを、は引き外して右四ツとなりしかば場内はあたかも鼎沸の有様にて、はナンノと押出さんとせしを寄りながら右足を掛けモタレ込んでの勝となりしかば、観客は立派立派と叫ぶあれば或いは帽子羽織の飛び来るなど中々の騒ぎなりき。
海山芳ノ山は、右四ツ互いに釣合い、上手投げにての勝は感心。
鬼鹿毛西ノ海は、立上りは左差しとなりしを引張り込んで西は例の泉川にて攻め付しより、かくは失策してけりとステバチに右手首投げにての勝は案外。
剣山勢力は、トッタリに行きしが預けての勝。
真力阿武ノ松は、押切りての勝。
千羽ヶ嶽阿武松は、ハタキ込んで阿武の勝。
梅ノ矢綾浪は、右差し突飛ばしての勝。
八幡山小錦は、立上り八幡は左差しにてヨラんとするを、は首投げを打たんとなせしも残されしかば、其のまま内ガケモタレ込んでの勝は好し。
鬼ヶ谷千年川は、渡込んでの勝。
知恵ノ矢嵐山は、ヨリての勝。
鞆ノ平黒雲は、ヨリ切りての勝。
一ノ矢平ノ戸は、立上りは右差となりてヨリ行き、小手投げを打ちしが其の時体の少しく浮きたる所ありしを幸い、は渡込まんとしは足クセにて防ぎたるが、敵に背後を見せたるより得たりと付け入りしての勝にて打出したり。

○相撲役員の紛議ようやく解く
・同社会の取締役雷権太夫の辞職に因し、此の程より数度年寄中集会をなし俗にいう相撲理屈かは知らねど兎に角議論百出の末、ようやく去る十二日を似て一決し、の辞職は一同において承諾し、来る二十二年一月までは宮城野馬五郎一人にて取締役を勤めることに決定し、組長は従前の通り粂川武隈関ノ戸勝ノ浦の四人勤続し、更に土俵検査役を設け取締宮城野より高砂佐野山清見潟伊勢ヶ濱より出来山稲川浦風を指名して同役に当て、当場所は組長の者検査役を兼ねず他に木戸其のほかの役を引受けたる由、嵐山の紛議もようやく張出にて承知する事に治まり、いよいよ本場所興行に至りたるは同社会のため好都合というべし。

番付の方は先場所の約束通り、勝ち越した嵐山が西ノ海と同じ小結に据えられました。高見山は阿武松(おうのまつ)緑之助の名跡を継いで二枚鑑札。明治14年に引退した元大関雷電も阿武松を名乗っており、当時すでに亡くなっているもののその弟子の阿武松和介が十両にいるため、2人の阿武松が続けて土俵に上がるという奇妙な事態になりました。和介系統の阿武松はのちに芝田山と改称することになります。土俵の方は新十両の谷ノ音(たにのおと)が見事な内容です。

明治21年夏場所星取表

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/26 10:02】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治21年春場所千秋楽 (毎日新聞/明治21.1.17)

○回向院大相撲
・一昨十五日は引続き早天よりの好天気にて、賽日の外に日曜なれば府下各所の物見場は中々に景気よく、相撲もまた十日目なるにも拘わらず近来稀なる上景気にて、徳川公爵は従者数名を随え午前より来場し居たり。
北海谷ノ音は右四ツにてつがい、引落しての勝。
今泉八幡川は、左四ツにて競ううち八幡は幕下中屈指の巧者ものなれば揉合ううち下手投げ或いはワクなどを試みしが、如何にせん敵が流石に今泉なれば容易は極らず立合ながら水入り、のち始終は八幡より仕掛けしが取疲れ引分は充分。
勢力繋島は、左差し押し切りて勢力の勝。
平石剣島は、右差しスクイ投げにて平石の勝。
総州山獅子ヶ嶽は、突出して総州の勝。
黒縅大則戸は、立上り則戸は左を預け右にて敵の前袋を取り押行くを、は上より絞り極め付けんとするも、則戸は押行くうちアワヨクバヅブネリか捲落さんとせしが、敵もこれを稍々悟りしものなるか始終注意して防ぎしより極らずして水入り、のち揉合いしが引分。
吉ノ山唐辛は、右四ツ上手投にての勝。
藤ノ戸阪田野は、左四ツ上手投にての勝。
梅山石部川は、は無残に押し行くとき土俵際にてウッチャリ同体流れ物言い付て預り。
楯甲東山は、左四ツ押し切りての勝。
若ノ川白梅は、左四ツ水入り後揉合いて引分。
京ノ里播磨灘は、右四ツ逆ヒネリにての勝。
小錦諏訪ノ海は、左四ツヨリ切りて小錦の勝なれば此の日の大関弓取りは小錦にて、弓取は桂川が勤め全く回向院の大相撲を結び了りたり、毎年回向院本場所となると雨天等のため延びがちにて、十日の相撲が二ヶ月にも渡ることありしが、本年は十日が十日晴天にて打ち続きしは珍しき事と云うべし。

○相撲旅稼ぎ
・かねて黄疸病にかかりて治療中なりし大達は最早全快せしにつき、大阪の熊ヶ嶽嵐山等の一行と共に昨日より横濱にて興行する由。
・西京の小柳一ノ矢は明後十八日神戸より汽船にて上京するという。
大達の一行は横濱を終れば伊勢原及び小田原にて興行する筈なりと。
剣山一ノ矢大鳴門西ノ海の一行は昨日横須賀へ赴く筈なりしが、同所の大火に付き一両日見合せたりと。

千秋楽はいつも通りの幕下相撲ですが、未来の幕内・三役力士の名もいくつか見られます。播磨灘なんていう力士もいますが、横綱にはなれず十両止まりでした。弓取りは今場所も結びの勝ち力士本人ではなく代理人。巡業情報の中に一ノ矢上京と書いてありますが、東京相撲の一ノ矢とは別人で京都相撲の強豪、翌場所東京相撲に加入して達ノ矢と改名します。

明治21年春場所星取表

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/25 07:55】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
弥生社天覧相撲 (毎日新聞/明治21.1.15)

○弥生社行幸
・聖上にはかねて仰出されし如く、昨日午后一時三十分御出門徳大寺侍従長御陪乗にて、芝公園地なる同社へ行幸あらせられ同五十分頃着御あるや三島警視総監、杉皇太后宮大夫その他警視官は同所倶楽部の御車寄に来迎し、三島総監御先導にてかねて設けの玉座に着かせたまう、この間始終陸軍楽隊の奏楽ありたり、さて第一に柔術第二撃剣あり、そのうち目覚しき試合は大河内三千太郎氏の鎖鎌と竹中斧太郎氏の太刀なり、また警視庁にて撃剣にその名を博したる上田美成逸見宗助両氏の太刀打などは実に勇しき事に覚えたり、それより各署詰巡査の野試合は赤白の旗にて源平に組分けし、最初は白旗方の勝なりしが第二第三は赤旗の勝となり、引続きいずれも勇気凛々として優劣も見えざれば各警部には乱撃の中に入りて左右に引分けるなど真に見事なりし、右終りしのち相撲を天覧に供せり、さて此の日行司等は素袍にてすべて古式により、また相撲はマッタなしゆえ中々はかどり、その勝負は左の如くなりし。
唐辛吉ノ山は、突合い左四ツにて競ううち離れて突合い、は敵の左手を引張り襷に行きしが残されしよりハタキ込んで唐辛の勝は巧者と言うべし。
矢車竜門は、立上り突張合ううち引落して矢車の勝。
鬼鹿毛黒雲は、突合いはナンノと言う意気込にて無二無三に押行きしに、土俵際にてハジキ出しての勝。
平ノ戸泉瀧は、立上り突合ううちは敵の隙を狙い右足をサライしが、預けての勝は大きなもの。
若湊真鶴は、立上りは例の突掛けにて押行くを、も大事とこれを残し一寸とハタキしが、押切りての勝。
八幡山相生は、本場所にて八幡に敗を取りたれば前日の恥を雪がんとの気色表れければ、これぞ一段の見物なるべしと思ううち力士は立ち上がり、突合いざま引掛け突出して八幡の勝なりしが、その引掛けし手際の早き事あたかも電光の閃く如くなるには満場の人々も感心したり。
鬼ヶ谷千年川は立上り、は激しく突掛け行くを、敵はこれを突き放しければ今度は襷に行きしも抜けて腰クダケ、押し切りて千年川の勝。
真力綾浪は、左差しヨリての勝。
鶴ヶ濱嵐山は、立上りはナンノと突張り行くを土俵際にてハジキ出しての勝は好し。
海山西ノ海は、立上りは右差しとなりしかば西はこれを絞りながら揉合ううち腰クダケの勝。
大鳴門一ノ矢は、突合い離れて手四ツとなり、右差しスクイ投にて鳴門の勝。
・是より番外好み相撲をものせんに、相生若湊右差しとなりて押出さんとするを、はこれを絞り極出さんとするを一本背負いにての勝。
小錦鬼鹿毛は、左四ツ離れて右四ツとなりて揉合ううち、蹴タグリての勝。
八幡山平ノ戸は、左差し下手投げにて八幡の勝。
若湊綾浪は、激しく突合い荒れ廻るうち右四ツとなり、出し投げにての勝。
鬼ヶ谷真鶴はカタスカセにての勝。
鶴ヶ濱相生は、立上り右四ツにて揉合しが二本差しとなりしよりは敵の差し手を極めんと競ううち腰クダケての勝。
八幡山嵐山は、いつもながら勝負の付かざる角觝なれば如何あらんと贔屓の人々は場に心を労せしなるべし、さて力士は立上り突合い跳合い、打てば打ち返すなど互いに秘術を尽くし、ついに突出しての勝。
海山一ノ矢は、右四ツ切返して海山の勝にて目出度く天覧相撲を終われり、此の日来場の方々は伏見宮を始め山県佐々木等の各伯爵、芳川内務次官、高崎府知事、渡辺帝国大学総長、林安藤の各議官、華族方には徳川家達、伊達宗城等の諸君その他各官衛の勅奏任官数百名なりしという。

花相撲ですが天皇陛下の御前で熱戦が多かったようです。お好みも番数が多くて何度も登場する力士あり、明治天皇は本当に相撲が好きで色々な取組を見たがっていたんですね。相撲の前の剣術などの勝負も名のある剣豪が登場してなかなか面白そうです。
ウィキペディア(弥生慰霊堂)

明治21年春場所星取表

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/24 01:40】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治21年春場所9日目 (毎日新聞/明治21.1.14)

○回向院大相撲
・昨日八日目は、佐々木副島の二伯爵、徳川公爵、蜂須賀侯爵の方々を見受けたり。
鬼鹿毛千年川は、一寸面白き相撲なれば如何あらんと思ううち、力士は早くも立上り突合いながらは一寸蹴タグりしが残し、左を差し蹴返して千年の勝は是非もなし。
平ノ戸相生は、立上りは右を差したるをは左にてこれを巻きナタにて極めんと互いに揉合ううち、は渡込まんとせしも残され、解いて左四ツとなりは足クセに行きしを敵がイヤダと云うよりソンナラこうぞと首投を試みしも残され、互いに秘術を尽くし揉合ううちに痛みありて預り。
鬼ヶ谷綾浪は、突合いハタキ込んでの勝。
諏訪ノ海勢力は、立上り突合いながら蹴返して諏訪の勝。
北海黒雲は、右四ツ巻落しての勝。
若ノ川吉ノ山は、立上りながらは敵の横面を撲りたるは勇しかりしが、押し倒されて吉ノ山の勝は可笑し。
総州山藤ノ戸は、左四ツ上手投にて総州の勝。
平石出釈迦山は、突合いは遮二無二突掛け行きしに、出釈迦は到底抗するも詮なしと諦らめしものか充分土俵があるにも拘はらず敵に背後を見せ、送出して平石の勝は僥倖僥倖。
伊勢ノ濱獅子ヶ嶽は、ハタキこんで伊勢の勝。
知恵ノ矢鶴ヶ濱は、右四ツ巻落して知恵の勝は真に感心。
嵐山真力は、立上りはナタにて攻め付けしを、イヤダと残し突合い左四ツにて揉合い、釣出しての勝。
海山真鶴は、立上りは左差しにてヨリ切ると思いしに、踏越しありて海山の勝は何とやら間の抜けし相撲なりき。
・さて此の日八幡山西ノ海大鳴門一ノ矢若湊高見山西ノ海一ノ矢高見山の病気にて休となりしゆえ観客はすこぶる不満足の様子なりき。

出釈迦山はいよいよ引退決意か、あっさり敗れて最後の相撲となりました。そして新入幕で多くの熱戦を見せて活躍した相生もこれが最後の相撲、場所後に急病で亡くなってしまい相撲界にとって大きな損失でした。三役陣も最後はしっかり締めて欲しかったところ、残念ながら好取組がたくさん流れてしまいましたが全体的には活気のあった場所のようですね。
明治21年春場所星取表

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/18 11:35】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治21年春場所8日目 (毎日新聞/明治21.1.13)

○回向院大相撲
・昨日八日目は山田司法大臣、副島宮中顧問官、安藤議官等を見受けたり。
増位山平ノ戸は、左差し押し切りての勝。
出釈迦山真力は、押切りての勝。
伊勢ノ濱矢車は左四ツにて揉合い、は無二無三にヨラんと土俵際まで押し行きし際、敵の体は充分危うかりしが捨てバチにて伊勢の勝は老練老練。
鶴ヶ濱若湊は念入りて立上り、は右を差しながら押し切らんと付け入りし時、一寸腰クダケたるをエンヤと押返しての勝は残念。
嵐山海山は、かねて待ち設けたる相撲なれば場内は何んとなく騒がしかりしが、力士は丁寧に仕切りようやくに立上りて左四ツとなり、は土俵際まで攻め行きしにはここぞ一生懸命の場合なりとてこれを防ぎたるより釣出しての勝。
小錦谷ノ音はヨリ倒しての勝。
泉瀧黒縅は左四ツ、ヨリ切りての勝はよし。
千年川緋縅は、突合い左右の手を敵の腋下にあて押出して千年の勝、これを好相撲家に云わせなば諸ハヅとでも評するなるべし。
相生知恵ノ矢は造作なく勝負の付く事なるべしと思ううち、力士は早くも立上り右四ツとなりて暫時揉み合い、は一寸と出し投げに行きしがはイヤダと残し大相撲となりし時はあたかも場内湧くが如き有様なりし、さて力士は互いに睨み合いし後水入り後、競ううち今度はが出し投げに行きしを残されしよりソンナラと云いながら押行きしに、は大事と足クセにて防ぎしもヨリ切りての勝なりしが、かくと結びたるは畢竟知恵の巧者なるゆえなるべし。
綾浪八幡山は何れも人気ある力士なれば東西より八幡と叫びと呼ぶなど中々に喧しき事なりき、さて力士は立上るや否八幡は敵の左を引張り込み得意の蹴タグリに行きしを、イヤダとこれを残したるは此の人のほか目下同社会にはあらざるべし、さてはこれを残し其の手を敵に預けながら例の逆釣り出しにての勝は大出来。
真鶴鬼ヶ谷は何れも鋭き力士なれば、立上り二三度突合いは突張りに行きしを残し左差し合四ツとなりて互いに攻め合い、釣出しての勝。
西ノ海大鳴門は、立上り西は敵の左を引張り込み得意の泉川にて極め出さんとするを、鳴門は是非なく其の手を預け右にてしきりに之れを解かんと競ううち水入り、のち鳴門は右にて敵の前袋を取り攻めヨラんと互いに揉合ううち取疲れ、引分にて打出したり。

・同所の相撲は天気都合のよきまま明十四日が十日間となりしが、弥生舎にて相撲を天覧に供するため同日は太鼓翌十五日十日目となし、多分引続さ同所にて手打相撲を五日間興行するはずなりと聞く。

一応土付かずで来ていた海山も完敗で初黒星。この場所は新入幕若湊(わかみなと)が幕内最優秀成績になるわけですが、相撲内容も十分に伴っていたと言えるでしょう。弥生舎の天覧相撲とは警視庁の新官舎落成のイベントのようです。場所中ですが重要なイベントに呼ばれた場合はそちらが優先されました。
明治21年春場所星取表

西前頭10・出釈迦山峰吉

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/17 09:05】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治21年春場所7日目 (毎日新聞/明治21.1.12)

○回向院大相撲
・昨日七日目は、黒田副島吉井の三伯爵、徳川公爵、蜂須賀侯爵及び黒田安藤の各議官等をも見受けたり。
知恵ノ矢泉瀧は、左四ツにて互いに撓め合ううち出し投げにて知恵の勝。
緋縅高見山は、突合ううちに踏切りありしも力士は頓着なく、なお突合いしが間もなく行司木村龍五郎が の負なりとて抱き止めしは一寸よし。
若湊綾浪は此の日一二の相撲なれば、力士の土俵に上るやいな観客の力声は暫時鳴りも止まざりき、さて力士は丁寧に仕切りて立上り、は早くも左差し攻めんとするをは敵の差手を絞りながら押切りての勝と思いしに、西溜りにありし高見山及び西ノ海は、は押切らるる時見事敵をウッチャリたれば充分の勝相撲なりとの物言に付て預りとなりしが、この苦情は実に無理なる様に思わる、もっとも星はに付きたりと、さもあるべし。
鬼ヶ谷相生は、観客の待ち設けたる相撲なれば力士の上るやたちまち鯨声涌き出で中々に止まざるうち、力士はいとも丁寧に仕切り立上るやいなは電光の閃めく如く突掛け、のち突張り出さんとするとき敵の躰差や危かりしが、はイヤダと土俵を廻りながら一寸とハタキしに、は左を差しヨラんとするを極め付けたれば敵は掴まりては一大事と差手を引抜くが早く突出しての勝は実に目覚ましき働きなりき。
千羽ヶ嶽西ノ海は、左をハヅに構いヨリ倒して西の勝。
大鳴門嵐山は、立上り二本差しヨリ切りて鳴門の勝。
鬼鹿毛吉ノ山は、立上りは左を差し右にて捲き落とさんとせしを残し、左差し押出しての勝は器用なもの。
平ノ戸阿武松は、左差し釣出しての勝は当然。
矢車出釈迦山は、諸差し釣出して矢車の勝は出釈迦の弱き事呆れたり。
真力伊勢ノ濱は、ヨリ切りての勝。
八幡山千年川は、立上り八幡は二本差となりてヨラんとするを、千年は右にて敵の首を捲き足クセにて防ぎしより、釣出して八幡の勝。
海山鶴ヶ濱は、突合い揉合い四ツとなり互に睨み合い、水入り再び前の如く一寸とヒネリしが、敵が敵ゆえ更に動する色なく其のまま引分は遺憾なりき。
高千穂真鶴は、突合いナンノと左にて手強くハタキ込みの勝にて打出したり。
・此の日鞆ノ平一ノ矢は、が病気の為め休みたり。

白星先行していた鞆ノ平も休場、これといった好成績者がいなくなりました。抜きんでた存在だった大達がいないので混戦模様です。弱くてあきれられてしまった出釈迦山はこの場所勝ち星を挙げられず引退することになります。
明治21年春場所星取表

十両が少し太字になって出身地も明記

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/15 09:13】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治21年春場所6日目 (毎日新聞/明治21.1.11)

○回向院大相撲
・昨日六日目は若手力士中屈指の取組二三ありしより景気よく、観客中佐々木吉井副島三伯爵、高崎男爵等の貴顕方を見受けたり。
勢力平ノ戸は、は何の造作なき敵なりと立上りざま蹴返さんと左差シ引張り込まんとする時、イヤダと早くも引掛け渡込んで勢力の勝は感心。
出釈迦山千羽ヶ嶽は左四ツ、ヨリ倒して千羽の勝は珍しき事なり。
相生若湊は、呼出しの喚声終わらざるうち満場の観客は一度に鯨声を発し、各自贔屓贔屓の力士を呼ぶ有様は中々喧がしき事なりし、さて力士は充分に仕切りて立上り右四ツとなり、揉合ううち合四ツとなりしより、は金剛力を出ししきりにヨラんとするを、も大事とこれを防ぎ競ううち水入り後、前の手にて揉合いしに行司は取疲れしと思いけん、引分けんと四本柱の年寄に促すも高砂これを許さず、なお力士は攻め合いしが全く取疲れ引分は充分観客に満足を与えたりと覚ゆ。
真鶴八幡山は、客年五月の大場所にて八幡を手強く投げ込みたれば今年もまた敵を取りひしがんと勇気おのずから表へ顕れ、八幡も此所ぞ一生懸命の角觝なれば中々立上らず、いと丁寧に仕切りて立上り左四ツとなり攻合いしに、合四ツ大相撲となり互に敵の仕掛け来たらば其の機に乗じて得意の術を施さんと睨み合い、遂に水入りとなり後再び前の如く狙いしまでにて引分は好し、素人の中には相談角觝にてあらんかなど評する人ありしが、かかる場合にて容易に仕掛けなば敗を取る事必然なれば、かく大事に取りしものなるぺし。
嵐山鞆ノ平は、立上りは右を差したるに敵はこれを極め解いて今度はが二本差しとなりヨラんとするを、は諸に極め土俵際にて撓め出さんとする時、手早く引抜きハタキ込んでの勝は目覚しき働きと思われたり。
伊勢ノ濱大鳴門は、鳴門二本差しヨラんとするを伊勢は撓めながら押切らんとする時、左を抜きハヅにてヨリ切り大鳴門の勝。
一ノ矢海山は、立上りは一寸とナタに行きしを、イヤダと突放しながらは右差しとなりヨラんとするをは残し一二度投げを打ちしが同体流れ、団扇はに上りたるもに突手ありとて物言い付き預りとなれり。
小錦白梅は、立上り二度目の諸鉄砲にて小錦の勝は大きなもの、時に出張り桟敷に紀伊国屋の小鶴と共に来りし尾張屋の亀吉はが見事勝ちたるを見て桟敷に突っ立上り、くるくると帯を解きへ投げ出したるは立派にもまた目覚ましき挙動なりし、さて読者はこれを何処の芸妓と思し召すや、四ツ谷の芸妓なり、それにても帯の値段は分るなるべし。
雷震緋縅は左四ツ、離れて二本差しとなりヨリ切りての勝。
千年川知恵ノ矢は、立合いに一寸と腰クダケ突出して千年の勝。
高見山真力は、左をハヅに構え突き出して真力の勝。
綾浪高千穂は左四ツ釣り身、ヨリ切りての勝。
西ノ海鬼ヶ谷は、立上りは左を差したるに例の泉川にて極出し西の勝にて打出したり。

・此の日鶴ヶ濱剣山剣山病気のため休みとなりしが、前号にも記せし如く兎角昨今は下の力士に敗を取ると翌日病気となるの悪弊あり、今また剣山も此の弊を学びしならん、同社会にはこれを矯正する方法のなきものにや如何。

毎日毎日、来場するお偉い方の顔触れが同じですが、そんなに暇なのでしょうか(;・ω・)この日も新進力士の熱戦が続いて盛り上がったようですね。この時代は現在のような懸賞金はありませんが客席から祝儀の投げ込みはありました、こういう光景も明治42年の国技館オープン以降は禁止されて見られなくなったそうです。

明治21年春場所星取表

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/14 10:20】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
明治21年春場所5日目 (毎日新聞/明治21.1.10)

・昨日の五日目も景気よく、黒田吉井副島三伯爵、黒田議官徳川公爵等の方を見受けたり、又前日まで病気なりし鶴ヶ濱大達常陸山等欠勤のため西の方に廻り出勤せり。
緋縅増位山は、二本差しヨリ切りて増位の勝。
真力千年川は、立上りは右を差さんと仕掛けしを、突放されしより一寸と右四ツとなり離れて突張合い、は隙あらば右を差さんと身をモガキながら差さんとする時、ヒネリて真力の勝。
若湊泉瀧は、突出しての勝は実に強力の程思い知られたり。
知恵ノ矢高見山はいずれも手取り角觝なれば中々面白く取り結びたり、さて力士は立上り右四ツ、離れて手四ツとなりて競ううち一寸と引落しに行しを、イヤダと残しまた手四ツとなり、解いて突張り水入りのち揉合い蹴返しに行きしを、これをも残し右四ツとなりは無残にヨラんと土俵際まで攻め付けたるより、はここぞ大事と内掛にて残せしかばソンナラと言いながら投を打ちしも、送り出して知恵の勝は両力士とも必死の働きにて観客はすこぶる満足の様なりき。
鶴ヶ濱高千穂は、立上りは右を差し押行く時、はこれを残さんとハタキたるもヨり切りての勝。
海山西ノ海は、立上り西は左差しに行く所を右を巻き首投げにて海山の勝。
綾浪剣山は、丁寧に仕切り立上り左四ツ、は敵の胸部に首を預け揉合ううちはナンノと上より押さんとする時、得たりとズブネリにて見事綾浪の勝なりしに、場内の喧擾中々に止まざりき。
八幡山相生は観客の待ち居たる取組なれば、両力士の上るやいづれも其の贔屓贔屓の力士を呼び叫ぶなど自ずから人気引立ちしかば、力士はいと丁寧に仕切り立上り、右差し左を敵の首に当て左足にて内カラミ巻倒して八幡の勝はあっぱれ巧者力士の名に背かずと溜りでの評。
鞆ノ平伊勢ノ濱は、押し切りての勝。
千羽ヶ嶽嵐山は、ヒネリての勝。
大鳴門真鶴は、立上りは左差しにて攻めんとするを、鳴門はハヅに構い一寸と突落しに行きしを、イヤダと云いながらスクイ投にて真鶴の勝は大出来大出来。
一ノ矢鬼ヶ谷は、左差しヨリ切りての勝にて打ち出したり。


東西のバランスを取るため、鶴ヶ濱は西から出場して東方力士と対戦します。東西制度の時代はこうした事が時々ありました。その鶴ヶ濱は小結高千穂を破り、東方の三役陣は全員黒星。剣山は調子が上がらず休場してしまいます。若手が伸びてきて熱戦が多く、観客の入りも良いようですね。
明治21年春場所星取表

東前頭3・鶴ヶ濱政吉

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/13 09:04】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治21年春場所4日目 (毎日新聞/明治21.1.10)

○回向院大相撲
・一昨日は日曜日なれば大景気にて立錘の地をも余さざりき、観客中には徳川公、蜂須賀侯、副島伯、安藤議官その他の貴顕方をも見受けたり。
相生鞆ノ平は、立上り押し切りての勝。
嵐山鬼ヶ谷はいずれも烈しき力士なれば、立上り一二度突合いは進んて突掛け行くを、おいでなさいと引張り込まんとする、引張られてはイヤダと逃げその機を外さず突はなしての勝は、得意の術とは言いながら上手なもの。
綾浪大鳴門は、立上りは左を差さんとするを右にてこれを受け左を預け、押し切りて鳴門の勝。
一ノ矢八幡山は、一前日の敗より少しくカタクなりて容易に立上らず、ほとんど七八度も仕切りようやくに立上り、突合い右四ツとなりて揉み合いしがスクイての勝。
小錦大則戸は、もろ鉄砲にて小錦の勝。
龍門黒縅は左四ツ、ヨリての勝。
勢力緋縅は左四ツ、ヨリ切りて勢力の勝。
泉瀧真力は、二本差しヨリての勝。
伊勢ノ濱知恵ノ矢は、立上りは諸差しとなりて土俵際まで押行きしに、敵はイヤダと諸に絞りながら押返さんとするに、例の内掛けモタレこんで知恵の勝。
千年川千羽ヶ嶽は、千年右差しヨランと攻め行くに、千羽はこれを撓め例の外掛となりて掛け倒れ、千年の勝は毎度ながら愛嬌もの。
高見山高千穂は、立上り突合い手四ツとなり、離れて右差しヨリて高千穂の勝。
西ノ海若湊は、前日を投込みし勇気あれば何となく元気よく、西も中々の元気にてあれど油断ならざる敵なれば力士は容易に立上らず、丁寧に仕切り立上り一二度突合い右四ツにて競い、西は何んのとヨランとするを、揉合ううち左をハヅに構いヨリ切りての勝は満場の喝采暫時鳴り止まざりき。
真鶴剣山は、立上りは左差しにて押切らんとする時、の体は実に危うかりしがイヤダと残し、右をハヅに当て突落さんと競ううち水入り、後再び揉合いは二三度突落しに行きしが、取り疲れ引分にて打出したり。


三役陣対平幕の新鋭がいい勝負を繰り広げています。小錦は得意の速攻相撲。鬼ヶ谷も見事な相撲、この時代の力士は押し引きの駆け引きやタイミングが絶妙ですね。
明治21年春場所星取表

西十両6・小錦八十吉

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

【2007/02/12 11:12】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
更新再開について
作成者多忙のためしばらく更新休止中です。
しばらく充電させていただき、2月12日より更新を再開する
予定ですのでよろしくお願い致します。
【2007/02/04 00:26】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。