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明治15年夏場所9日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.6.9)

・昨日回向院九日目の相撲は観客五百余人にて。
立田野竜ヶ鼻竜ヶ鼻の勝。
浦湊井筒は立上るや否や浦湊は左、井筒は右を差し揉合ううち互いにコジて「ミツ」に渡り浦湊は「寄らん」と力をなおす折しも水となりしが、井筒の方に痛みありて引分。
浦風大達は休。
千羽ヶ嶽高千穂は仕切も立派に立上り、二ツ三ツ跳ね合ううち千羽ヶ嶽は左へ高千穂は右を差し暫時押合いしが、高千穂は敵の「左ミツ」をしかと取り左手を敵の首に巻いて「腰投」を試みしに十分ならず、千羽ヶ嶽は差されし敵の右手を左に巻き一心に揉み行きて、ついに押切りて千羽ヶ嶽の勝。
武蔵潟清見潟は、念入りて立上ると等しく清見潟は両手を差せしに、武蔵潟は心得たりと此の両手へ「閂」を掛け無二無三に「振り投げ」せしに、清見潟の体は流れて見事に武蔵潟の勝。
三隈山日下山は難なく立合い双方「四ツ」に渡りしに、日下山は一心に「寄らん」となし三隈山は「ウッチャラン」として双方土俵を出でしかば勝負なし。
司雲龍九紋龍伊勢ノ濱稲ノ花西ノ海柏戸緋縅関ノ戸常陸山梅ヶ谷、以上五組は休なり。

出釈迦山増位山は若手の力士なり、十分の気入りにて立上り力声と共に突掛け合いしがややありて「四ツ」となり、出釈迦山は無二の力を出し増位山を押切らんと揉み行きしに、増位山も踏切るまじと一心に防ぎしかど、出釈迦山は「下三ツ」をしかと取り抱き上げる心地にて遮に無に押行ければ、ついに増位山は踏切る途端双方の体土俵の外に流れしが、其のまま増位山は気絶せしにぞ相手の出釈迦山も大いに驚き、これはとうろたゆる折から年寄行司も駈け集まり、種々介抱したる甲斐ありて増位山は辛く我に帰りしが、更に変わりし色無く莞爾と打笑みつつ立上り、溜まりに帰りて立派に「シコ」を踏みなおし体を固めて立ち去りたるは流石に力士だけの気込みなり、もっとも勝ちは出釈迦山なりし。

ついにこんな観客数(;・ω・)この日も人気力士の取組が次々と流れ、ひどい九日目になってしまいました。記者も真面目に見る気が起こらなかったのか「片や右差し、相手は左差し」などと有りえない事を書いてます。幕内最優秀成績は梅ヶ谷の5勝0敗ですが終盤は相手に休まれっぱなしで勝ち星が増えず、ここまで低調な最優秀成績は珍しいです。

明治15年夏場所星取表
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【2006/07/31 22:30】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所8日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.6.8)

・昨日回向院八日目の相撲は景気少しく落ち観客およそ千七百人。
・(中入前)西ノ海稲ノ花は双方仕切も立派に立上り、互いに突掛け跳ね合ううち西ノ海は右を差し稲ノ花は左を差し暫時揉合いしが、稲ノ花は一心に西ノ海を土俵近く押行きつつ差せし左を抜きて敵の前袋を取り、右を相手の首に廻し「内カワズ」を掛けしが利かず、却って西ノ海に押切られて西ノ海の勝。
大達常陸山は、美事に立上り双方右を差し揉合ううち、常陸山大達に押されてタジタジと後ずさりせしが、力を直して押返すと等しく大達の右「ミツ」をしかと取り左を敵の首筋に廻し「カワズ」を掛けて寄りしに、大達は踏切り常陸山の勝となりければ満場喝采の声暫時は鳴りも止まざりし。
柏戸緋縅は難なく立上り、手と手にて突張り合い暫時の間双方ともに動かざりしが、此のとき水となり柏戸の方に痛みありて引分。
関ノ戸武蔵潟も同様動かずついに引分。
梅ヶ谷手柄山は前日以来手柄山の痛みにて休みとなれり。
・(中入後)井筒浦風は押切って浦風の勝。
千羽ヶ嶽高見山は念入れて立上り、双方力声を出して跳ね合ううち高見山はやや受手となりしを、得たりと千羽ヶ嶽は無二無三に押行ければ高見山は踏切りて千羽ヶ嶽の勝。
清見潟楯山は休。

前日少しの負傷ということだった手柄山が休場、結構な怪我だったのでしょうか?大関の楯山まで休んでしまい、ますます寂しくなります。やはり集客の方が・・・新入幕対決は常陸山(ひたちやま)の勝利、この日一番盛り上がった瞬間でしょう。常陸山はのちに師匠として大横綱常陸山を育てます。

明治15年夏場所星取表

西前頭7・大達羽左衛門

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【2006/07/30 21:41】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所7日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.6.7)

・昨日回向院七日目の相撲は相変わらずの上景気にて観客およそ三千五百人。
浦風高千穂は、難なく立合い二ツ三ツ突掛け合ううち高千穂は左を差し、浦風は此の手を巻きて押合いしが、高千穂は相手に押されてタヂタヂと後ずさりするよと見えし時、体をかわし「送り出し」てついに高千穂の勝となりたり。
西ノ海関ノ戸は仕切も立派に立上り、西ノ海は相手の体に組入らんとする時、関ノ戸は右手を取りて引廻せしに、如何なしけん西ノ海の腰砕け体流れて関ノ戸の勝。
手柄山柏戸は立合に手間取るうち柏戸が突掛けしにて手柄山は右の目尻へ少しの傷を負いしかば、立上がらずして預りとなれり。
楯山高見山は双方気入りもよく立上り、互いに右を差して揉合ううち高見山は土俵近く押されて踏切らんとせしが、相手の隙を伺い力を籠めて右へ捻りしに、双方の体一時に流れしが楯山の方先に流れしため高見山の勝。
・(以下中入後)小武蔵伊勢ノ濱は、小武蔵「打チャラレ」て伊勢ノ濱の勝。
司雲龍稲ノ花は双方とも血気十分の力士なれば花々しく立合い、司雲龍は力に任せて押行きしに稲ノ花は折をうかがい「はたき」しに司雲龍の体は流るるかと思われしが、さにあらで辛く直りしを、稲ノ花は仕損じたりと今度は押切らんとて無二無三に突いて入る時、司雲龍は左手を引張ると等しく「アビセコミ」て司雲龍の勝。
緋縅大達は諸人気入りの相撲なり、其の勝負如何とあれば、立上るや否や双方共有の片手にて「突張」り合いしが、ややありて緋縅は相手に押され土俵わずかになりければ一生懸命に押戻さんとせしも、大達は体を換わして「ハジキ」しかば緋縅の体見事に流れ、訳もなく大達の勝。
千羽ヶ嶽清見潟は立合申し分なく、千羽ヶ嶽が押切らん一心に清見潟の体を押行きしが、この時清見潟は「はたき込み」しに十分はまりて清見潟の勝。
武蔵潟鞆ノ平及び大鳴門梅ヶ谷はどちらも休み。

大鳴門と鞆ノ平の両関脇が今日から休場してしまいました。好取組が2番も流れては観客もがっかりしたことでしょう。この場所は序盤より三役が不調であったり休場者が多かったりと、終盤への盛り上がりがイマイチですね。こうなってくると客足への影響が出てくるかも・・・

明治15年夏場所星取表

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【2006/07/29 21:19】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所6日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.6.6)

・一昨日回向院六日目の相撲は追々顔触れもよくなる上、日曜の事なれば一層の上景気にて、見物およそ四千五百人。
小武蔵常陸川常陸川の勝。稲ノ花中津山稲ノ花の勝。
大達千羽ヶ嶽は仕切も立派に立上り直ぐに左「四ツ」となり、双方金剛力を出して揉合ううち大達は遮に無に千羽ヶ嶽を土俵近く押行き、其のままグッと寄りて大達の勝となりしは、さもあるべし。
高見山緋縅は難なく立上り、高見山は突掛けながら両手を敵の腋に差せしにぞ、緋縅も心の中に仕損じたりと思うものから直ぐさま其の手に「閂」を掛けて防ぐうち、ついに水となりしが緋縅の方に痛みありて引分。
大鳴門関ノ戸は立合申し分なく、関ノ戸は右を差して押行くを大鳴門は一足踏込みて右を差さんとする途端、関ノ戸は差し手をこぢて「スクイ」しかば大鳴門の体崩れ双手を砂に突きて関ノ戸の勝。
梅ヶ谷武蔵潟は当日第一の見物なれば観客の気入りもまた格別なりし、やがて双方は念入れて立合い、二ツ三ツ突掛けし末「四ツ」に渡りしが、互いに相撲を大事と思うより其のまま土俵の真中央に踏止まりて一歩も退かず揉合ううち水となり、再び立合いしに梅ヶ谷は力声もろとも武蔵潟を土俵近く押行ければ、此の時四方八方にそれ危ないぞ武蔵潟力を直せ、と呼ばわる声囂々たる折しも、武蔵潟は力一杯に踏止まりやや押戻さんとせし所にて引分となりしは、流石武蔵潟だけなりと人々思うのみなりき。
・(以下中入後)井筒立田野井筒の勝。高千穂西ノ海及び、柏戸常陸山は両方とも引分。
鞆ノ平手柄山は、立合うとすぐ鞆ノ平は始終相手に突掛けられついに踏切りて手柄山の勝。
楯山上ヶ汐楯山の勝。

関ノ戸(せきのと)は二枚鑑札の力士で元は鯱ノ海(しゃちのうみ)といいましたが明治2年入幕のベテランです。長年勤めた小結の地位からは下がりましたが、この場所は2関脇を倒して気を吐きます。梅ヶ谷はすごい力相撲で引き分け。観客の叫び声とともに熱気が伝わってきます。現在では立ち合いが合わずにフライングしてしまう時のことを突っ掛けると言いますが、ここで出てくる突っ掛けは文字通り突いて出るという意味でしょうか。

明治15年夏場所星取表

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【2006/07/28 12:54】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所5日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.6.4)

・昨日回向院五日目の相撲は観客およそ三千五百人、至極上等の景気なり。
井筒は立上るや直ぐに「四ツ」となり、井筒の腰に掛り流れて見事にの勝。
高千穂常陸山は、仕切りも立派に立上り双方より突掛け合いしが、高千穂はついに「踏切」りて常陸山の勝。
浦風関ノ戸は難なく立合い、互いに腕先にて「セリ合い」ついに土俵の真中央にて突張合い身動きもせざりしが、此の時水となり関ノ戸の方に痛みありて引分。
西ノ海上ヶ汐は前日顔触れの時より人気立ちし取組なり、上ヶ汐は相手を「堅」くせんと度々突掛けしも、西ノ海は肯んぜずややありて立上り、上ヶ汐は左を差し西ノ海は此の手を巻きて揉合ううち、上ヶ汐は得意の「カワヅ」を試みしも外れて踏み切り、西ノ海の勝。
鞆ノ平緋縅は立ち上るや否や緋縅「首ネジリ」に掛りて体流れ見事に鞆ノ平の勝。
楯山柏戸は、立上るや柏戸は両手を十分に差せしを、楯山は之に「閂」を掛けて其のまま力に任せ押切りて楯山の勝。
・(以下中入後)小武蔵中津山小武蔵の勝。
立田野稲ノ花は「四ツ」となりて揉合ううち立田野は「投げ」を打て立田野の勝。
大達武蔵潟は諸人待ち設けの取組なり、其の勝負如何とあれば、双方力声を出して突掛け合ううち互いに右を差し左手を搦み合いしが、最初武蔵潟は相手に押されて危うく見えしもついに直して相手を土俵際へ押行き機を見て寄り来るにぞ大達は「打ッちゃらん」とせしが、却って自分の体先へ流れ武蔵潟の勝とはなれり。
大鳴門清見潟は「ハネ負け」て大鳴門の勝。
手柄山高見山は念入りて立合い互いに突掛け合いしが、高見山手柄山の「上突張り」にて踏切り体流れて手柄山の勝。
梅ヶ谷千羽嶽千羽嶽踏切りて梅ヶ谷の勝。

全勝は梅ヶ谷1人になりました。大達のうっちゃりが効かなかったのは本場所で初めて対戦した武蔵潟の巨体にやられたという感じでしょうか。三役力士の壁ですね。こうなってくると武蔵潟は初日の取りこぼしが悔やまれます。緋縅(ひおどし)は荒玉(あらたま)と名乗って十両から入幕した頃は好勝負を展開して人気もありましたが、最近あまり目立たない存在になってきたような。

明治15年夏場所星取表

西大関・梅ヶ谷藤太郎

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【2006/07/26 21:53】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所4日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.6.3)

・昨日回向院四日目の相撲は中々の上景気にて観客およそ三千人。
小武蔵司雲龍は双方日の出の若相撲、仕切も花々しく立上りて三ツ四ツ跳ね合いしが、ややありて「四ツ」となり司雲龍は一度「ツリ」を試みしに、小武蔵の足一寸地を離れしかば小武蔵はこれぞ一大事と一心に振りて体を直し、又々押返すよと見えしより司雲龍は一生懸命に踏止まり体をかわして寄りたれば小武蔵はついに踏切りて司雲龍の勝。
稲ノ花常陸山は難なく立上り、稲ノ花常陸山を「ヒッカケ」て土俵より出し稲ノ花の勝。
柏戸浦風は立合申し分なくすぐに「左四ツ」となり、ぐっと寄りて浦風の勝。
高見山武蔵潟は念入りて立上り双方暫く手先にてセリ合いしが、武蔵潟は辛くして右を差したれば高見山は後れじと左手を差して相手の右「ミツ」を取り、双方一生懸命に揉合ううち、武蔵潟が力一杯に押しくる途端高見山の腰ついにくだけ踏切りて武蔵潟の勝。
大達手柄山は仕切も十分に立上り互いに突掛け居たりしが、大達は組入らんとあせるを手柄山は組ませじ寄らせじと百方へ気を配りて防ぎしかど、大達はついに右を差込みければ、今は他に詮術なしと手柄山は同じく右を差し「アイ四ツ」となりて一時は双方とも中々に動く気色のあらざりしが、大達は暫くして力を直し押出さんず勢いに、手柄山は始終受手となり後ずさりするを、得たりと大達は差せし右を抜くよと見えしもすぐさま相手の前袋に移し力一杯に寄りたれば、今は手柄山も堪えかねついに「踏切」りて大達の勝となりしにぞ、喝采の声場中に囂々たりし。
大鳴門上ヶ汐は諸人気入りの取組なり、勝負や如何にと見てあれば仕切も立派に立上り二ツ三ツ突っ掛かるうち「四ツ」に渡り暫時揉合いしが、大鳴門が一心不乱に押来るを上ヶ汐は体を直して大鳴門を「内カワズ」に掛けしかば、観客は大鳴門の危うきを見てヤアヤアと一度に騒ぎ立ち、其の成り行きや如何ならんと場内割るるばかりの気入りなりし、さても上ヶ汐大鳴門を「内カワズ」の其上に「腹櫓」にてついに大鳴門の体は相手の下に流れて上ヶ汐の勝となりければ前の取組同様喝采の声満場に起こりて天地も為に崩るるばかりなり。
梅ヶ谷緋縅は立上るや否や互いに突掛くるうち、梅ヶ谷は左を差し緋縅は差されながらに右手を伸ばして敵の左手にからみ大事を取りて居たりしが、梅ヶ谷はもどかしとや思いけん、えいと一声上げて緋縅を土俵際へ押行きつつ見事に「スクイ投」げたれば緋縅の体は砂上を一転げして梅ヶ谷の勝。
浦湊日下山日下山の勝。荒飛は押切りて荒飛の勝。井筒達ヶ関井筒の勝。清見潟西ノ海は思の外早く決まりて西ノ海の勝。
千羽嶽鞆ノ平は立合申し分なく或いは「突掛け」或いは「ハジキ」虚々実々飛廻りて居たりしが、鞆ノ平が無二無三に突掛けたるを千羽嶽は「引張」込んで「はたく」と見えし時、鞆ノ平の体は前に流れて千羽ヶ嶽の勝とはなりぬ。しかるに鞆ノ平より「ハタキ」込まれし時千羽ヶ嶽は頭髪を握って引きたりとの苦情を起こせしも、場面はさのみ騒がずして難なく事済みし、其の後はいかがなりしや。
楯山高千穂は難なく立上り、暫時にして高千穂は踏み切り楯山の勝。

跳ね合うというのは本来なら撥ね合うと書いた方がいいと思いますが、押し合う、突っ張り合うという事なのでしょう。この日も三役陣が続けて敗れ、場内大騒ぎですね。大達は3日連続の殊勲で、これは新入幕力士としては異例の大活躍です。四日目に小結同士が組まれるというのも珍しいような。関脇が3人いる影響でしょうか?この場所は手柄山(てがらやま)が張出関脇となっていますが、こうなった経緯は記事からは分かりません。当時の三役は東西ともキッチリ一人ずつで、何か事情が無い限り張出は無いはずです。

明治15年夏場所星取表

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【2006/07/25 22:51】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所3日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.6.1)

・昨三十一日、回向院三日目の相撲は観客およそ二千五百人、上景気にて。
浦湊嶋田川浦湊の勝。
緋縅上ヶ汐は仕切も立派に立上り、二つ三つ突掛けて上ヶ汐は右手を差し左手を相手の右手にからみ、緋縅は差されし敵の右手を我が左手にて殺し、双方互いに揉み合いて暫し土俵の中央に立ちたりしが、ややありて上ヶ汐は差したる手をほどきながら隙を伺い、組入らんとする折しも、あれ緋縅は深く左を差し込みて力に任せて寄せたりければ、是より上ヶ汐は受手となりタヂタヂと後の方へ引くよと見えしが、ついにえ堪えずして踏切り緋縅の勝。
達ヶ関清見潟は預りにして勝負なし。武蔵潟井筒武蔵潟の勝。
西ノ海鞆ノ平は念入れて立上り双方より「突掛け」「はね合い」居たりしが、鞆ノ平は機を見て西ノ海の前袋に右手を掛けたるにぞ西ノ海は之をはづさんと一心に敵の右手を殺して少しも動かざりければ、見物人は固唾を呑んで勝負如何と待ち居たりしに、ややありて鞆ノ平はモドカシクヤ思いけん、急に暴れ出し金剛力もて押出さんと西ノ海の体を力一ぱいに押行きければ、西ノ海もここぞ大事と一心不乱「踏切」るまじと堪えしも、ついに術なくして押切られ見事に鞆ノ平の勝となりしかば、観客の喝采一時は鳴りも止まざりけり。
楯山(若嶋改)大達は、機を見て双方立上ると等しく互いに腕先にてセリ合いハネ合い居たるうち、大達は左手を楯山の右腋に入れしが、楯山はすぐに其の手を我が右手に巻き込み双方互いに押せども動かぬ大磐石、観客は静粛として勝負の如何を待ち居りし時、力声もろともに或いは押されて後に退き或いは押して前に進み、甲乙互いに輸贏を争いて勝負の如何も計られざりしが、楯山が振りほどき突掛け入るを大達は之を受けて後ずさりしつ争ううち、楯山の体は力に余りて前の方に流るると見えしが、行司は勝負ありとて楯山の方に団扇を揚げしに、大達は不承知を言い出し西の方の力士輩も行司の見誤りなりと云い、ついに一つの葛藤を生じ年寄等も相談して双方に示談を言い入れしも容易に之を受けかわず、かれこれ談判に時を移し一時間程も過ぎし頃ようやく示談ととのいて、まず預りとはなりしが後にて聞けば勝点は大達の方にありて、ただ場面だけの預かりなりとぞ。
・(以下中入後)立田野九紋龍は、九紋龍踏切て立田野の勝。
小武蔵常陸山は花やかに立上り三ツ四ツ跳ね合う、小武蔵は下へ潜り常陸山の左足を抱い上げ持出さんとせしかば、こは七分小武蔵の勝なりと喝采の声早くも場内に響き渡りしが、此の時常陸山は之を外さんと遮に無にフンギリしに、幸い抱い上げられし足地に付きて小武蔵が寄来る途端双方ともに土俵を出しが、小武蔵の方一足早く出でしにて常陸山の勝。
千羽ヶ嶽稲ノ花は、押切りて千羽ヶ嶽の勝。
出来山高見山は、難なく立上り三ツ四ツ跳ね合ううち「はたき込」みて高見山の勝。
大鳴門高千穂は中々念入りて立上り、勢い込めて突っ掛るうち大鳴門高千穂の前袋を左に取り、高千穂は右にて相手の左手を殺し、少しも働かせず自身もしきりと大事に取りて立ちたるまま一向に動かざりしが、暫時ほど経て双方より暴れ出さんとする時預かりとなりしは、いと惜しかりし勝負なり。
手柄山関ノ戸は、美事に立合い互いに隙を見付けて組入らんと土俵を廻るうち、手柄山は「ハネ負け」て踏切り関ノ戸の勝。
浦風梅ヶ谷は、悠々と土俵に上り機に応じて立上るや否や、双方より突っ掛けしがややありて浦風は左を相手の右腋に差せしに、梅ヶ谷は両手を差し其のままグッと寄りて梅ヶ谷の勝となりしは是非もなき勝負とや云わん。

・去る二十九日の事なりとか、相撲年寄の朝日嶽が弟子、越後出生の富山庄造(二十六)といえるがかねて愛顧を受け居る神田神保町の或方へ訪い行き馳走になりしと見え、ほろ酔い機嫌にて午後九時頃表神保町をブラブラ帰り来るとき、客待ちをなし居たる車夫どもは左右より乗車を勧むるを、謝し謝しと断りしも、車夫は尚も聞き入れず後につき来たりしかば、富山は後を振向きて、おのれ五月蝿き奴原なり、いで力を示し呉れん、と云いざま逃ぐる三四人を引き捕らえて大地へ投付けたれば、残る一人が辛くも此の場を逃れて屯所へ訴えしかば、富山は直ちに拘引せられて罰金十銭を申付けられたりとは、いわゆる勇を用ゆるに其の場を得ざるの過ちというべし。

出ました、一時間の物言い。星取表の方は大達の白星になっていますが、この場では預かりとして収められたようです。とりあえずその場の揉め事を収めるために預かりとしておき、星取表上では普通に白黒つける場合、また星取表でも預かりとして番付編成や給金の計算では分のあった方を白星扱いとする場合、勝負互角と見えたときは引き分け同様に完全な半星と扱う場合、と預かりには3種類あります。ところで富山・・・(;・ω・)2年後、幕下最下位あたりに名前が見えますので、この時はおそらく三段目でしょう。人力車が当時のタクシーですが、こうして客引きをしていたんですね。力の使い所を間違えていると記者に突っ込まれてます。荒くれ者の多い明治相撲界。

明治15年夏場所星取表

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【2006/07/24 12:09】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所2日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.5.31)

・昨日回向院二日目の相撲は観客およそ千八百余人、至極上等の景気なりし。
・(中入前)和田ノ森長山和田ノ森の勝。
小武蔵立田野は互いに念入れて立合い三ツ四ツ跳ね合いしが、立田野は右を差せしを小武蔵は左に受けて相手を押切らんと一心不乱に押行きしに、立田野は体をかわして土俵の中央に戻り互いにあせりて勝を得んと遮に無になりて揉合ううち、立田野小武蔵の体にピッタリくっつき其のまま抱き上げて「腹櫓」に掛け、見事に小武蔵を投げて立田野の勝。
九紋龍出来山出来山の勝。
関ノ戸千羽ヶ嶽は立上るや否や手先にてせり合いしが、関ノ戸千羽ヶ嶽の体につかんとしきりに突っ掛かるものから、千羽ヶ嶽は後ずさりするよと見えしが、体を直して二度まで関ノ戸を土俵際へ押し行くにぞ関ノ戸はしきりに気を揉み押戻さんと当たり来る、これ幸いと千羽ヶ嶽は体をひねりしかば関ノ戸の体は横に流れて見事に千羽ヶ嶽の勝となれり。
大達大鳴門は、双方仕切も立派に立上がり互いに右を差して揉合ううち、大達大鳴門に押され土俵近くになりしかば、大達は手を振りほどきて大鳴門を押返し土俵に近付くを見て大達は力を直して荒れ込みしに、大鳴門は押出されて大達の勝となりしはあっぱれの働き感服感服。
西ノ海梅ヶ谷は当日第一の取組なり、勝負や如何と人々固唾を呑み見てありしが、両力士は仕切も立派に立上り手先にて渡り合ううち、梅ヶ谷は左を差し敵の差せし左を右手に受けつつ土俵の中央へ立ったるまま大磐石の如く更に動かざりしが、西ノ海も相撲を大事に思うより敵の体につきたるまま動かず、ややありて梅ヶ谷は敵の気組みを伺いつつ押切らんとて無二無三に突いて掛りしかば、西ノ海も今は受るに術なく踏切て梅ヶ谷の勝。
・中入後、上ヶ汐達ヶ関は立合申し分なく互いに突張り又は跳合いしが、ついに「四ツ」となり上ヶ汐は相手を持出さんと寄り付きて釣り上げんづ勢いに、達ヶ関も一生懸命右足を相手の足に巻き(アシクセ)てこの難を逃れんとせしも其の甲斐なく踏切りて上ヶ汐の勝。
緋縅稲ノ花は立上るや否や緋縅が組まんと突っ掛るを、稲ノ花ははたき込まんとしたれど果たさずして土俵近く押されしかば、必死になりて手を振りほどきやがて緋縅を土俵の中央に突き戻しここにて暫時揉合ううち、稲ノ花が「四ツ」に組まんず勢いありと見て取る緋縅はこれを受けんと手を直し組入らんと勢い込みし力を借りて、稲ノ花は引張りながら「カタスカセ」にて見事に緋縅の体は横に流れ稲ノ花の勝。
手柄山高千穂は暫時揉合いたる後、高千穂踏切りて手柄山の勝。
浦風鞆ノ平は猛り立ち腕先にてせり合いしが、浦風は突き掛る力の余りて土俵に倒れ、あえなき負を取りしは最も気の毒の次第なり。
楯山(若島改)井筒は、井筒難なく押出されて若島の勝となりしは是非もなき勝負なり。

記者もつい若島の勝ちと書いてしまうあたり、改名にまだしっくり来ていない様子(;・ω・)大達は新入幕ですが力強い相撲で関脇を倒して2連勝スタートです。西ノ海vs梅ヶ谷は大物同士の対決ですが、梅ヶ谷やはり強いですね~

明治15年夏場所星取表

西前頭3・上ヶ汐永吉

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【2006/07/22 20:01】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年夏場所初日 (東京横濱毎日新聞/明治15.5.30)

・昨日回向院初日の相撲は折り悪しき早朝よりの曇天にて観客およそ七百人。
・中入前、西ノ海忍川西ノ海の勝。浦湊高千穂高千穂の勝。緋縅荒飛緋縅の勝。
千勝森上ヶ汐は互いに念入りて立上り等しく手と手にて渡り合いしが、上ヶ汐千勝森を「ケタグリ」て勝を得んと二三度試みしに、あいにく外れて十分ならず、双方中央に立ちて勝負果てしのなかりしかば、ついに水となり再度取組たるも兎角思わしからずして引分となりぬ。
武蔵潟九紋竜は立上るや三ツ四ツ刎ね合い、武蔵潟は両手を腋に差し力にまかせ押し行きしに、九紋竜タジタジと後ずさりしてあわや踏切らんず有様に、一生懸命ここぞ大事と力を直し押し返せしに、幸いにも二足ほど回復せしを、武蔵潟は仕損じたりと手を替えて引張り込まんと左手を伸ばすを、得たりと九紋竜は其の手を抱い込みショイ投げせんと左へ振りしに、武蔵潟の体左に流れて見事に九紋竜の勝となりたり。
井筒手柄山は念入れて立上り、或いは「突張り」或いは「ハジキ」て居たりしが、ついに井筒手柄山をかぶりながら押されて今にも踏切らんとせしを、辛く止まりて土俵中央に押返し、手をほどきて突張り合ううち井筒は引ッ張り込まんとする手柄山の手を取り、引手を試みしに十分掛かりて手柄山の体は前に流れ両手を砂につきて見事に井筒の勝。
常陸山鞆ノ平は立上るや否や二ツ三ツ刎ね合ううち常陸山は「ハタキ」込まれて鞆ノ平の勝。
楯山(若島改)島田川はなんなく押出して楯山の勝となりしは、さもあるべし。
・中入後、大達立田野は立上ると間もなく、立田野大達に押されて土俵際に至りしがここにて暫時踏み止り二足三足押返すよと見えたるが、今度は大達の「釣り」にかかり土俵を出されて大達の勝。
出来山和田森出来山の勝。長山関ノ戸関ノ戸の勝。
千羽ヶ嶽小武蔵は余程念入れて立上り二ツ三ツ突張り合い、小武蔵は下手、千羽ヶ嶽は上手となりて暫時揉合いしが、やがて千羽ヶ嶽小武蔵を「釣上ゲ」土俵際まで持って行きしにぞ、小武蔵は一心不乱に此の場を逃れんと釣られながら無二無三に暴れしに、幸い小武蔵の足地につく途端小武蔵は力を極めて押返し、隙を狙って千羽ヶ嶽の体を抱き土俵外へ持ち出し勝を得たりしは実に勇ましき勝負にて、やんやの声暫時は鳴りも止まざりしと。
高見山浦風は、最初高見山よりあせり込みて仕掛けたるを、浦風はいらちたるものか立上ると等しく高見山の頬を二三度力にまかせて張手を用いたり、又は突張ったりして暫時揉み合ううち高見山が引張り込まんと差し出したる左を浦風は右手に取り、左手を相手の左腋へ差し入れ「逆車」をもって投出しついに浦風の勝。大鳴門(司天龍改)稲ノ花大鳴門の勝。梅ヶ谷達ヶ関達ヶ関踏切りて梅ヶ谷の勝。

大関若島は二枚鑑札で楯山(たてやま)となりました。改名すると急に老け込んだような印象を受けます・・・当時の人達はどう思っていたでしょうか。司天龍(してんりゅう)は大鳴門(おおなると)と改名。こちらは二枚鑑札ではありません。現在、大鳴戸という年寄名跡がありますがこれは大阪相撲由来のもので当時の東京相撲には無く、大鳴門は単なる四股名でした。新関脇の鞆ノ平は勝ちましたが、他の上位陣に次々と土がつき、波乱の初日です。
明治15年夏場所星取表

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【2006/07/21 22:49】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所千秋楽 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.24)

・昨日十日目の千秋楽は、興行中天気もよく万事好都合に打ち上げ十両以上の力士等より年寄に至るまで皆祝杯にほろ酔いて、土俵入も賑やかに相済みたり。
・三役、鷲ノ森坂田野鷲ノ森が少しく立ち後れしが、坂田野は其のまま付け入りて「アビセ」坂田野が勝。(小結)
菊ヶ濱石ノ川は立合申し分なく菊ヶ濱は一杯に寄らんとする所を「カタスカセ」に掛かり石ノ川が勝。(関脇)
日本錦若山日本錦が立ち後れ左を差され、押し切られて若山が勝となり。
・弓取りの役は当場所の付出しの力士羽衣が花やかに之を勤め、その他の式形の如くめでたき打出しとなれり。

・北品川においては梅ヶ谷響矢(大坂)の大関にて来る二十六日より、また新吉原においては高見山西ノ海の大関にて来る二十七日より、いずれも晴天五日間花相撲を興行するよし。

日本錦はやまとにしきと読みます。千秋楽、取組に出ない幕内力士は何をしていたのか疑問でしたが、酒を飲んでいましたか(;・ω・)千秋楽は後夜祭という雰囲気なんですかね~土俵入りだけは幕内力士もしていたようです。今場所も花相撲の告知が出ています。響矢(ひびきや)は大阪相撲の大関ですが、のちに剣山(つるぎざん)と改名して東京相撲へ加入し、東京でも大関まで昇進した力士です。

明治15年春場所星取表

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【2006/07/21 00:18】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所9日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.24)

・一昨日、回向院九日目の相撲は相変わらずの上景気にて。
・番数の内、西ノ海日本錦は何にせよ段違いの相撲ゆえ西ノ海の右手が入るとすぐ「スクイナゲ」にて西ノ海の勝。
勢イ常陸山は十分の気合にて立合い、二ツ三ツ刎ね合い土俵一杯に荒れ廻りしが、常陸山は右手を差すやいな直ぐに寄りて常陸山の勝ちしは勢イの差し負けとも言うべきか。
上ヶ汐出来山は双方左を差して組合いしが、出来山は差さんとする機を上ヶ汐は腰を入れて「投ゲ」を打ちしに、出来山は美事にきまり上ヶ汐の勝。
浦風千羽ヶ嶽は引分。
武蔵潟鞆ノ平は手間いらずに立ちしが、鞆ノ平は左を差し武蔵潟は此の手を巻き相手の右手を受け、鬼力を出だして押し切らんとせしを、鞆ノ平は右手をほどきて前袋を取り引きしに、双方の体入れ替わり既に鞆ノ平は土俵の端に廻りしを、武蔵潟は一杯に寄りて押し切らんと進む機に乗じ鞆ノ平は前袋の手を放し差し手をこじて「スクイ」たるに、武蔵潟の体前へ流れ踏み切り、鞆ノ平の勝。
若島司天龍は穏やかに立合い二ツ三ツ揉合いしが、司天龍離れて突掛けんとし或いは押さんとし、若島も彼方へはずし此方へ引きてあやなし居りしうち、司天龍は左足を一足踏み込みて左手を差す機に若島は此の手をたぐりて体を捻りしに、司天龍の体左へ流れて仰向けに倒れ若島の勝ちたるは「ヅブネリ」の一手と知られたり。
・(以下中入後)稲ノ花稲川は、難なく立合い四ツとなり揉合いしが、稲ノ花は勇気十分に烈しく相撲を仕掛け土俵の中央にて一釣りしが、稲川は足を働かせ足を地に付けんとするに、稲ノ花は其のまま持出しかね一旦おろして彼方此方へ持ち行き、遂に釣出して稲ノ花の勝。
高千穂桐山は気合よく立合い「右四ツ」となり揉合いしが、上手廻しに掛かりたる左手を逆に持ち替えるとひとしく差し手を抜き左手にて引き廻せしに、桐山は左手を砂に突きそれより体を落として高千穂が勝。
柏戸緋縅は双方気合よき力士ゆえ、はでやかに立合いしが緋縅は相手の左を引張り込み振り廻して相撲にせんと双手を掛けて振り切らんとするを、柏戸は巧みにも右手にて相手の左手を殺しければ緋縅は落ち着きて息を入れようやく敵の疲るるを待ち、ぢりぢりと押して寄るに柏戸は堪らず後へさがり踏み切り緋縅の勝。
手柄山高見山は落付きて立合い二ツ三ツ刎ね合いしが、高見山は手と手にて渡らんとすれども手柄山は「手車」を恐れてか手を組まず離れてにらみ合いて居るを、高見山はいらちて引くやら突掛くるやら烈しく相撲を仕掛くるに、手柄山も受けかね寄りて組みたる時、水の入り手柄山の方に痛みありて引分。


鞆ノ平は最後まで大活躍、8勝で幕内最優秀の成績を収めました。特に表彰や賞品があるわけではありませんが・・・給金は上がったことでしょう。序盤不振だった大関若島も終盤は三役力士を連破して意地を見せました。武蔵潟は前日と同じような逆転負けを喰ってしまいましたが、体が大きいだけに多少もろい部分があったのかも知れません。

明治15年春場所星取表

西前頭1・鞆ノ平武右衛門

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【2006/07/19 23:41】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所8日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.22)

・昨日回向院八日目の相撲は明け方の曇天ゆえか朝のうちは人出も少かりしが、あたかも好土曜半休暇の事なれば昼過ぎよりは中々の大入りなりき。
・番数の内、井筒稲ノ花は気合よく立合い、稲ノ花は右を差すや否や一杯に寄りて勝。
達ヶ関勢イは立派に立合い、勢イは右を差し左にて上手廻しを取り、釣りて持ち出だし勢イの勝。
緋縅高千穂は美しく立合い、高千穂右を差し左にて相手の右手を殺しピッタリとくっつきて押し合い居たるが、水となり高千穂に痛みありて引分。
桐山上ヶ汐は花やかに立合い、上ヶ汐は右を差して廻しを取り左にて相手の右手を殺し、しばし揉合いたるが上ヶ汐は一声叫びつ右手を引き付けて寄ると見せ相手の力を測りて左手を放し、指手に力を入れて一ツ引き右足を揚げて「足クセ」を搦みしかば、桐山は足を伸ばして之を堪らえしに、上ヶ汐は足をほどき今度は「釣り」にて持ち出さんとする所にて水となりしが、桐山の方に痛みありて引分となりしは尤も千万。
千羽ヶ嶽手柄山は穏やかに立合い、千羽ヶ嶽は左を差し右手にて上手廻しを取りしは是れ千羽ヶ嶽のあつらえ通りの手なれば何條猶予のあるべき、グッと引き寄せ釣りて持出し千羽ヶ嶽の勝。
司天龍武蔵潟は、本場所初めての顔合せゆえ取口如何と見物は固唾を呑んで見てありしに、一声の立声と共に立上り双方左を差して組みしが、武蔵潟は差されし相手の左手を絞り、差せし右手を抜きて得意の「ナタ」に掛けんとせしを、相撲巧者の司天龍なればすぐに右手を差し替え左手にて内より「ハヅミ」を構いしを武蔵潟は上より「閂」を掛け、鬼力を出して絞りしかど余り深くして利かず、其の間司天龍は肘を張り頭を相手の胸に付けて堪らゆるを、武蔵潟はぢりぢりとゆすり上げようやくに土俵を進む所を、司天龍は「足クセ」を巻きしが利かず、かえって体を崩しアワヤ押されて踏み切らんとせしに、其の時司天龍は差し手を利かせ右へ捻りしかば武蔵潟の体は前へ流れ司天龍の後ろに転びて土俵の外に落ち司天龍の勝。
・(以下中入後)大達浦湊は難なく立合い、大達は立合際より「テッポウ」を突き出すに浦湊は一足も堪まらず踏み切りて大達の勝。
常陸山勝ノ浦は気合よく立つ所を、常陸山は一つ「カッパジキ」しに、勝ノ浦は美事に持て行かれ常陸山の勝。
稲川浦風は立合申し分なく「四ツ」になりて揉合い水となりしが、稲川の方に痛みありて引分。
出来山柏戸は立合申し分なく出来山は左を差し右にて廻しを取りすぐに寄らんとする所を一ツ振られまた押し切らんとする所を「引キ落シ」に掛けられ柏戸の勝。
鞆ノ平西ノ海は双方土付かずの日ノ出力士、気入りて立合い二ツ三ツ刎ね合うと西ノ海は例の通り左を一本引張り込みしを、鞆ノ平は驚かず一つ押したるに西ノ海は得たりと抱い込みたる手を振り廻し「打ッチャリ」て勝たんとせしものから、鞆ノ平の体は崩れてあわや決まらんとするこの時遅し彼の時速し鞆ノ平の右手西ノ海の左脚に掛かると見えしが西ノ海の体は真仰向けに倒れ足を取られ「アビセ」られたるにて美事に鞆ノ平の勝となりしはあっぱれの働きなり。
高見山若島は立合立派なりしが、若島は立合より鉄砲を突き出し高見山は溜まらず突き出され若島の勝。


この日は何と言っても好取組2番に尽きます。好調者同士の対戦は期待通りに熱戦となりました。ハヅミに構えるというのは筈に掛かるという事でしょうか。西ノ海は東京本場所での初黒星です。これで土付かずは鞆ノ平1人になりました。十両は大達が勝ちっ放していますが、相撲内容も圧勝ぶりが目立ちます。

明治15年春場所星取表

西十両1・常陸山虎吉

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【2006/07/18 19:02】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所7日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.21)

・昨日回向院七日目の相撲は朝よりの曇天ゆえか人出少なく見えしも、大丈夫三千の上なりしならん。
・この日番数の内いと面白かりしものを記さんに、大達大達余程後れて立ちしが二足ほど下がりてそれより一杯に押し切り大達の勝。
勝ノ浦出来山は休み。柏戸稲川は、柏戸十分の所を立ち二本とも差して「廻し」を取り、稲川は上手より是れも「廻し」を取りて組合い、暫しが間は声も出さずありしが、柏戸は引寄せて一杯に寄る所をすかさず稲川は体を振り向きければ、柏戸は見事に振り出されて稲川の勝。
上ヶ汐千羽嶽は「四ツ」になりて揉合い水となりしが、勝負付かずして引分。荒虎緋縅は休み。
武蔵潟高見山は双方土付かずの相撲ゆえ十分の勇気にて立合い、手と手にて渡り合い、高見山にとりて十分の手となりたれば高見山は得意の「手車」を仕掛けしに、武蔵潟の体崩れ双方手を組みしまま手を砂に突きしは、高見山の仕掛けし相撲ゆえ団扇は高見山に揚がりしが東方の溜に控えし若島が物言いを付けて預りとなりたり。
若島鞆ノ平鞆ノ平に傷所ありて引分。
・(以下中入後)浦湊常陸山常陸山が勝。立田野井筒立田野が勝。
高千穂達ヶ関高千穂立ち後れしが一本差すや否や腰を入れて「投ゲ」を打ちしに見事にも達ヶ関は決まりて高千穂の勝。
西ノ海清見潟は休み。浦風荒角は水入りしが浦風に痛みありて引分。手柄山司天龍も同上手柄山に痛みありて引分。


不戦勝の無い時代なので、片方が休場すれば相手方も休場という扱いになります。当時は現在のような休みイコール負けという考え方ではなかったので、これでもあまり不都合がありません。力士が簡単に休んでしまうという側面もありますが・・・おそらく当時の人ならば、戦ってもいないのに勝ちになるという事の方がむしろ違和感を持つことでしょう。この日は休場者や分け相撲が多く、見ごたえはイマイチだったかも知れませんね。勝ノ浦vs出来山は星取表では引き分けとなっていますがどちらかが間違っているのでしょう。控え力士の物言いは現在では珍しいですが当時はまあ珍しくなかったでしょうか。相撲を取った力士本人さえ物言い付けることがあるようですから・・・

明治15年春場所星取表

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【2006/07/17 19:32】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所6日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.20)

・昨日回向院六日目の相撲は前日に劣らざる大入なりき。
・番数のうち最も面白かりしものを記さんに、達ヶ関西ノ海は申し分なく立合い、西ノ海は又も例の如く相手の左手を一本引張り込み十分に相手の体を振りくつろげ、其のまま押し切りて西ノ海の勝。
常陸山高千穂は、高千穂が少し後れて立ち左を差させしを、常陸山はその手を引きしがこのはづみに高千穂が付け入りて「アビセ」込み勝を取れり。
稲川勝ノ浦は引分。出来山関ノ戸は休み。
鞆ノ平手柄山は落ち付きて立合い二ツ三ツ揉合いしが、鞆ノ平は右にて相手の右手を抱い込み左腕を相手の首に掛け一声叫んで「首投げ」を掛けしに、手柄山の体はもんどり切って地に落ち見事に鞆ノ平の勝。
司天龍浦風は穏やかに立合い、浦風は右を差して押し切らんとせしに、司天龍は必死に之を支え、体の位置を十分に直し金剛力を出だして押し返し、浦風は押し出され司天龍の勝。
大達若山は、大達が余程立ち後れしが左を差し右にて廻しを取り、グッと寄りて若山が堪ゆる所を引きしに、其の時若山の腰くだけて釣り出され難なく大達の勝。
千勝森の勝。
清見潟上ヶ汐は潔よく立合い双方左を差して組合い、すなわち「右四ツ」になりしを、清見潟は寄りて勝たんとなし上ヶ汐は首投げを試みしが利かず、又「足クセ」を巻きしかど既に上ヶ汐の体崩れ清見潟は相手を持出せしが、その時搦まれし足を出せしかば団扇は一旦清見潟の方に揚がりしも、物言い付きて預かりとなれり。
桐山柏戸はいつもながら気合よく立合い、柏戸は左を差せしを桐山はこの手を十分に抱え込みしも、同時に押されて踏み切り柏戸の勝。
緋縅武蔵潟は衆人待ちかねの相撲なれば名乗りの揚がるや見物はどよめき渡り、固唾を呑みて見ている所に、双方名代の立合綺麗なる力士ゆえ仕切も立派に声を合せて立合い、緋縅は左を差し右にて差されし相手の左手を絞り、頭を相手の胸に付けしっかりくっつきたりは実に近来になき美事の相撲なりしが、武蔵潟は差手をこじり抱えし手を絞り、ぢりぢりとゆすりて相手の体を浮かせ押し切て武蔵潟の勝となりしは比類なき働きなり。
高見山荒虎高見山の勝。
千羽ヶ嶽若島は立合い申し分なく若島はドンと一ツ突掛け左手を相手の右脇にあて右手にて相手の左を支え其のまま押し切りて若島の勝。

鞆ノ平は調子よく6戦全勝、新加入の西ノ海もかなりの強さを見せています。清見潟(きよみがた)は9割方勝った相撲ですが勇み足でしょうか。物言いがつくと高い確率で預かりになってしまいますね。清見潟は翌日より休場してしまいますが、どこか怪我でもしたのか、あるいはこの日の判定が不満だったのか・・・明治時代には判定を不服として休場するというのがたまに見られます。

明治15年春場所星取表

東前頭2・関ノ戸億右衛門

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【2006/07/16 20:06】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所5日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.19)

・昨日回向院五日目の相撲は早や顔触れも追々とよくなるゆえか見物人は無慮五千余に及びたりと。
・番数のうち立田野若山は、立田野は十分に落着き相手を堅くして十分の所と立たんと構えしに、若山は立声を掛けて突掛け立田野は後れて見えしが、利き手の左が入りしを得たりと声を合わせしに、何分若山は十分の手なれば一杯に寄りたるに、立田野は土俵に足を掛けて堪えしが、屏風倒しに重なり落ち見事に若山の勝。
稲の花大達は、大達の右手「廻し」へ付くと其のまま「釣り出し」て大達の勝。
荒虎清見潟は双方名代の荒力士、いや味なく立合いしが清見潟は例になく声も出ださず突掛けしが、荒虎は少し立ち後れしや、後ずさりして土俵へ足を掛けて堪ゆるを清見潟はすかさず一本突張ると荒虎は受けかねて踏切り清見潟の勝。
上ヶ汐鞆ノ平は立合うとすぐ鞆ノ平の「腰投げ」に掛かりて鞆ノ平の勝。
武蔵潟千羽ヶ嶽は「四ツ」になりしが、「釣り」比べをして居たりしが名代の寸延び、殊に右手は上手より廻しに掛かりしゆえ千羽ヶ嶽は「釣り」負け、武蔵潟の勝。
高千穂高見山は双方むつかしき相撲ゆえ綿密に立合いしが、二ツ三ツ揉合いて高千穂は二本差せしかば其のまま金剛力を出して一杯に寄るに、さすが足腰のたしかなる高見山もたぢたぢと後ずさり土俵へ足を掛け腰を反らせ既に高見山の負けと見えしが、さにはなくて高見山はエイと一声右手にて相手の背中を打ちて気をくじき、左手に相手の右手を巻き右腕を相手の首に搦み右足を一足踏み込みて体を捻ると見えしが、高千穂の体はもんどりきって倒れしは是れ「首投ゲ」の一手とは知られたり。
・(以下中入後)西ノ海常陸山は、双方血気さかんの年栄えゆえ花々しく仕切り、ヤッと言う声もろとも立上りしが、常陸山は上手より廻しを取り左を差して、右にて突っ張り一杯に寄りたるに、流石の西ノ海も三足ほど退きしが、西ノ海は左を差して廻しの手をほどき、押し切る所を常陸山は「足クセ」を巻きしかど利かず、西ノ海は差し手を利かせ腰を入れて捻りしにぞ常陸山の体落ちて西ノ海の勝。
入間川井筒は気合よく立合い、二ツ三ツ刎ね合い井筒が下へ抜けて足を取り、あびせんとするを巧みにも入間川は土俵を廻りしが、井筒はすかさず突張りしにぞ入間川は踏み切りて井筒の勝。
浦風出来山は立合申し分なく、出来山は右にて廻しを取り左も差し十分の手となりしかば、其のまま「やぐら」に掛け、反りながら体を捻りしかば浦風の体は早くも地に落ち出来山の勝。
手柄山緋縅は立派に立合い、緋縅は右を差し左に相手の右手を抱えて押し切り、手柄山は押されて土俵に足を掛けて反り、差されし手を引き、差したる手を利かせたるに二人の体は屏風倒しに落ちしが、此の時緋縅の体は手柄山の体の上を超えて地に落ち、手柄山の両足は土俵に在りしは見事に「打ッチャリ」て手柄山の勝たるなり。
柏戸司天龍司天龍の勝。

寸延びとは長身ということのようですね。吊りを得意とする千羽ヶ嶽(ちばがたけ)ですが209cmの武蔵潟を吊ろうとするとは凄い(;・ω・)全体的に見るとこの日はずいぶん色々な技が飛び出て、見ごたえがあったことでしょう。立田野(たつたの)という力士は引退後しばらくして甘味処のお店を開き、そのお店は名店となり現在まで引き継がれています。おいしそう( ゚ω゚)=3
銀座立田野ホームページ

明治15年春場所星取表

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【2006/07/15 19:36】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所4日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.18)

・昨日回向院四日目の相撲は好天気だけに至極の上景気、見物はほとんど五千に及びたりと。
・その勝負の面白きものを記さんに、稲川西ノ海は立合申し分なく、西ノ海は例の通り相手の左を一本引張り込み此の手を抱えて十分相手の体を振りくつろげ、グッと寄りて西ノ海の勝となりしはいつもながら驚くべき腕力なり。
達ヶ関浦風は花やかに立合い「左四ツ」となりて揉合いしに、浦風は右手を伸ばしあわや廻しを取らんと見えしが、さはなくて相手の内腿へ手を掛け相手の差し手を引きしに、達ヶ関の体は仰向けに覆り見事に浦風の勝となりしは是れ「片ムソウ」の手とは知られたり。
鞆ノ平柏戸は、どちらも元気の若手なれば十分の気合にて立合い、かたみに力声を合せて刎合い、ヤッと言いざま「左四ツ」となると鞆ノ平はすかさず寄りて押し切り、鞆ノ平の勝。
桐山(荒角改)手柄山は穏やかに立合い手と手にて渡り、しばしが間は頭を合せて押し合い、手柄山はヤッと言いざま「テグルマ」にて組みたる手をほどき、速くも左を差し其のまま「アビセコミ」て手柄山の勝。
司天龍高千穂は、立合に高千穂は少し後れて見えしが、司天龍は始終先手となり烈しく「テッポウ」を突き出だすにぞ高千穂は一足も堪まらず踏み切りて司天龍の勝。
・(以下中入後)大達立田野は双方売出しの力士、わけて大達は未だ土付かずの若相撲なれば花々しく立合いしが、大達は右を差すと其のまま一杯に押し切り、立田野は其れにて一溜まりもなく踏み切り大達の勝。
井筒勝ノ浦は立合申し分なく、勝ノ浦は一声叫んで右を差すと其のまま付け入りて「アビセ」込み勝ノ浦の勝。
出来山荒虎は勢よく立合い、出来山は二本差して一杯に寄るを、荒虎は既に土俵際まで押されて上手より振り廻さんとして腰を折り、出来山の勝となれり。
千羽ヶ嶽関ノ戸はゆるゆると立合い、千羽ヶ嶽が左を差せしを、関ノ戸はこの手を巻きて組まんとする機に千羽ヶ嶽は差し手を抜き体を引きしに、関ノ戸は砂に手を突き千羽ヶ嶽の勝ちたるは「カタスカセ」という手なり。
緋縅若島は諸人待ちかねの勝負なれば見物はどよめき渡り、やがて仕切りも立派に立合いしが、若島は左を差したるにぞ何かは猶予のあるべき、其のまま押し切りて「アビセコミ」若島の勝ちと見えしが、西方の溜まりに控えし高見山千羽ヶ嶽若島の足が出たりとて物言いを付けたり、其の時見物は早や相撲も終わりたれば皆な立ちて土俵の方を窺いて若島を褒むるあり緋縅を罵るあり、一時は中々の騒ぎなりしが、年寄中総出にて双方をなだめ若島が既に名乗を受けて支度部屋へ帰りたるを呼来り、ついに預となりて事済みたり。

西ノ海得意の泉川が出たようです。相手の片腕を抱えこんで、きめながら出ていくわけですが力の強い力士にやられると相手はイヤだったでしょうね。西ノ海は東京相撲の本場所ではまだ登場して3日目ですが、すでにおなじみのようになっています。本場所以外の東西合併興行などで東京の土俵に登場していたことがあるのかも知れません。今場所は西大関の梅ヶ谷が休場しており、東大関の若島は先場所に引き続き精彩を欠いています。若手力士に場所を引っ張っていく役割が期待されるところでしょう。

明治15年春場所星取表

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【2006/07/14 22:11】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所3日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.17)

・昨日三日目の相撲は賽日といい顔触れも宜ければ、見物人四千の上に出でたり。
・番数のうち高千穂大達は、高千穂が少しく後れて立つと見えしが、大達は押し切り土俵の際にて突き出す鉄砲に高千穂は踏切り大達の勝。
若島出来山は難なく立合い、若島が一杯に突掛け来る所を出来山は見事「ハタキ」、若島は前日の如く体を前へ流し、手も膝も砂に付き出来山の勝。
・(以下中入後)立田野稲川は見事に立合い、立田野は右を差して廻しを取り、左を相手の腋にあてると其のまま押し切りて立田野の勝。
西ノ海緋縅は、立派に立合い双方左を差して渡り合いつ揉合いもしが、勝負付かず水入りしに緋縅の方に痛みありて引分。
上ヶ汐司天龍は、上ヶ汐余程後れて立合いしが雷の如く荒れて突掛かりしに、司天龍はたぢたぢと後ずさりしアワヤ踏み切らん勢いなれば、土俵を廻らんとなせし機に上ヶ汐は右手にて相手の顎を支え其のまま押し切りて上ヶ汐の勝ちしは是れ「ヤハズ」の一手にして実に目覚ましき働きなりし。

大纒(おおまとい)は年寄出来山(できやま)の資格を取得して二枚鑑札となりました。当時は警視局へ鑑札料を納めて鑑札をもらい、力士や年寄として営業する許可を得ていました。力士としての鑑札と、年寄としての鑑札の両方を持つため二枚鑑札と呼ばれます。大正時代までは二枚鑑札となると四股名の方もだいたい年寄名に改名していました。年寄資格を得るほどですから当然力士としては老境に入っているケースが多いのですが、この日の出来山は奮闘して大関を倒しました。現在でも現役力士が年寄株を取得することがありますが、貸し借りが盛んなうえ鑑札制度も既になく、二枚鑑札という言葉は絶滅寸前でしょうか。

明治15年春場所星取表

幕内格番付外・西ノ海嘉治郎

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【2006/07/13 19:38】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所2日目 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.17)

・一昨日回向院の相撲は日曜日ゆえか、北風の激しきにもかかわらず見物は無慮三千余名も見受けられたり。
・番数のうち小武蔵稲ノ花は双方評判の好男子、わけて贔屓沢山の若手なれば名乗の揚がるや喝采の声満場に響き渡りて、今にも小屋の崩るるかと思うばかりなりしが、やがて双方仕切も立派に立ち、小武蔵は利き手の左を差し右にて下手より廻しを取り、稲ノ花は右にて上手より廻しを取り左にて相手の右腋にはづみを構い、互いに押し合いて居たりしに、稲ノ花は巧みにも左手を差し替えたれば小武蔵は叶わじと是れまた右手の廻しを放して差し替えんとしたるを、稲ノ花は一杯に引寄せ其のまま「グット」寄りて勝を得たり。
竜ヶ鼻立田野は、立合際立田野は左を差ししばしが間もみ合いて腰を入れ、差し手を利かせて見事に相手を投げたるは立田野が名代の「腰投げ」に掛りしものと知られたり。
千勝森高千穂は立合難なく二つ三つ刎ね合い、高千穂の右手が入りしを其のまま千勝森の体、地を離れて土俵の外へ出でしは「釣り出し」て高千穂が勝たるなり。
緋縅浦風は立派に立合い、浦風は二ツ三ツぶつかりて双手を相手の腋下に構い金剛力を出だして押し切りしに流石の緋縅も支えかね二足ほど下がる所を浦風は得たりと離れて突っ掛けしに、緋縅はますます退きあわや踏み切らんとせしが、いかなる隙のありたりけん、緋縅は右手を揚げ相手の肩口を「ハタキ」ながら体を振り向きしかば、浦風は体を前へ流し相手の腹袋に弾かれて踏み切り、緋縅の勝となりしは浦風のため惜しむべき勝負というべし。
常陸山柏戸は念入れて立合い、常陸山は左を差して廻しを取り、柏戸は右にて此の手を巻き左を差して「ハヅミ」を構い、柏戸は相手のようやく疲るるを待つ様なりしが、常陸山は右も廻しに掛けひたすら釣りて勝たんとあせるを、柏戸は機を計りて腋下に差せし左手を転じて相手の廻しを取ると其のまま一つ引寄せて左足を外より相手の足に掛け、それにて常陸山が腰を折る所を、得たりと「アビセ」て柏戸の勝。
桐山(荒角改)勝ノ浦は、桐山が「首投ゲ」を外して尻餅をつきて勝ノ浦が勝。
稲川荒虎は立合難なく、荒虎は左を差して廻しを取り「投げ」を打ちしが腰浅くして利かず、又「四ツ」となりて揉合ううち荒虎が土俵際まで押したるを稲川は上手より「引キマワシ」たるに荒虎は体を崩して踏み切り、稲川の勝。
鞆ノ平島田川は造作もなく立合い、島田川は立合際より無闇に「突張」りしを、鞆ノ平は苦にもせず右を差してひと「釣り」に持ち出だし鞆ノ平の勝。
井筒手柄山は双方老練の力士なれば念入れて立合いしに、井筒は雷の如く荒れ出だし引くやら「ハタク」やら土俵一杯に取りしが、やがて「四ツ」となりしに、手柄山は得たりと押切り相手を土俵の外へ捻り倒し手柄山の勝。
司天龍司天龍が勝。
・(以下中入後)大達上ヶ汐は双方勝ち気十分の力士ゆえ双方仕切りも大きく、立合うと上ヶ汐はひと「突張り」呉れて突掛しが大達は中々に動かずじりじりと進むものから、上ヶ汐はすんでに踏み切らんとせしを際どくも土俵を廻り、手を働かせて組ませじを綾なすを、大達は一声ヤッと相手の左手を抱え左にて突張りて押し切り大達の勝ちしは矢張り「ナタ」という手にてありしか。
千羽ヶ嶽西ノ海は花やかに立合い、千羽ヶ嶽は左を差せしを西ノ海は此の手を抱え振り廻さんとなすを、千羽ヶ嶽は堪えて其のまま押切らんとして西ノ海は少し押さるると見えしが、抱えし手を引きて相手の体を崩し其のまま「アビセコミ」て西ノ海の勝。
出来山(大纒改)武蔵潟は立派に立合い、武蔵潟は二本とも引張り込みしに、余り深かりしゆえか出来山は肘を張りて押し切り「アシクセ」を巻きしに、武蔵潟は既に腰を折り体を落とせしかど、出来山は真下になり潰れて武蔵潟の勝。
達ヶ関若島は立合申し分なく、達ヶ関は十分の気合にてドンと一つ受けしに、若島はいらちて突掛かり来るはづみに達ヶ関は体をかわしながら「ハタキ」しに、若島は体を前へ流し土俵の外へ手を突きて達ヶ関の勝。

「突っ張り」は今でいう突っ張りの他にも、相手に手をあてがって自分の腕をつっぱるようにして相手を押し込む、という技の呼び名でもあったようで、大達(おおだて)の相撲はこの突っ張りだと思われます。西ノ海(にしのうみ)は京都相撲から新しく加入した力士で、今場所が初登場。番付外の力士は2日目から出場するのが当時の決まりでした。のちに番付面に史上初の「横綱」を冠することになる、初代西ノ海です。

明治15年春場所星取表

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【2006/07/12 19:47】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治15年春場所初日 (東京横濱毎日新聞/明治15.1.13)

・昨日はかねても記せし如く回向院大相撲の初日なり、さて当日は見物人の総数千人の上に出で随分の景況にて。
・番数のうち、司雲龍荒飛は双方売出しの若力士、難なく立合い司雲龍は左を差して組み、ためらう間もなく右足を揚げ「足くせ」を巻きて「川津」に落とさんとせしが、身体かわらず諸に倒れて司雲龍は下となりければ荒飛は思わぬ勝を取りたり。
和田ノ森日下山は、双方寸伸びの力士だけ立合もすこぶる立派なりしが、日下山の腕力や勝りけん、和田ノ森は一溜まりもなく突っ張られて踏切り日下山の勝。
井筒浦風はどちらも老練の力士なり、念入れて立合い井筒が右を差したるに、浦風は之れをたぐりて組付かんとする所を井筒は「アビセコミ」て勝を得たるは近来あっぱれの働きと申すべし。
勝ノ浦清見潟は是れまた名だれの荒力士、花やかに立ち合いしが清見潟が霹靂一声突き出す「鉄砲」に勝ノ浦はたまり得ず踏み切りて清見潟の勝。
関ノ戸大達はたわいもなく大達の勝。
高見山は、にとりては大事の敵、殊に名代の立合やかましき相撲なり、また高見山からもあながち侮るべき敵ならねば双方ともにゆっくりと立合い互いに右を差して組み、押し合い居たりしが、高見山は一足を利かせて「足クセ」を巻くと見せ相手の腰をくつろがせ、寄りて高見山が勝となりしは是非もなき勝負なり。
若島稲川は穏やかに立合い、若島は左を差し右にて相手の上廻しを取り、其のまま寄りて若島の勝。
・(是より中入後)小武蔵高千穂は双方声を合わせて立合い、小武蔵は左を差し右にて相手の左手を巻き、廻しを取りて二ツ三ツ振り一杯に寄りて小武蔵の勝となりしは十分の働きと云うべし。
上ヶ汐竜ヶ鼻は難なく立合い、上ヶ汐は寄りて組まんと前へ出る機に乗じて竜ヶ鼻は右を利かせひと「ハタキ」呉れしに、上ヶ汐は砂を掻きて決まり竜ヶ鼻の勝。
浦湊緋縅(荒玉改)は立合申し分なく、緋縅は相手の右手を引っ張り込み其のまま「片閂」にて振り出し、緋縅が勝。
柏戸千勝森は手もなく柏戸の勝。
荒虎常陸山は気入りて立合い、常陸山が立合の「鉄砲」に荒虎は一足も堪らず踏切りて常陸山の勝となりしは荒虎の立合負けとも云うべきか。
立田野鞆ノ平は難なく立ち、立田野はしきりに突掛けしが鞆ノ平は動かずヂリヂリ進みて相手を押出して勝。
入間川司天龍は念入りて立ちしが、立合際入間川は得意の「ケタグリ」を仕掛けしも届かず、司天龍は無二無三に寄りて一突きに相手を突き出して司天龍の勝となりし。

・中入前に山猫小野熊の相撲は、十分小野熊の勝ちと定まりしを山猫は行司の采配に服せず土俵の真ん中に座り込み、しきりに強情を張りたるも一人の賛成者なく、師匠高砂も来たりて説諭なしければ当人もようやくに土俵を下りたり。
・此の度の相撲より、番付上下の差別なく勝点多きものを昇等さするという申合規則が出来しゆえか、いずれの力士も励みの気見えてひとしお面白く思わる。

響矢(ひびきや)が高見山(たかみやま)に改名。小結vs十両というのも人数の少ない東西制の時代ならではの対戦です。動物対決?では今ではまず見られないような抗議風景が見られます。今回も高砂親方は諌める役となっており、良い働きです。番付編成についてはこれまで年功序列的な部分があり、一旦入幕さえすればどんなに大負けしても、休場をしても十両へ落ちないというのがありました。これからは本場所の成績に則してしっかり昇降するという決まりになったので、力士達も気合いが入っていたようですね。

明治15年春場所星取表

年寄・高砂浦五郎

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【2006/07/11 23:01】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所千秋楽 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.29)

・昨日、回向院十日目の相撲は見物六百十二人。
・中入前、小武蔵藤ノ戸は立派に立合い、小武蔵は立際右を差さんとせしはずみに乗じ、藤ノ戸はこの手を引掛けて持出さんとせしを、小武蔵は回りて「タスキ」に掛けしかど、最早土俵のなかりしかば押し潰されて藤ノ戸の勝となりたり。
菊ヶ濱伊勢ノ濱は気入りて立合い、伊勢ノ濱は相手の左右とも引張り込み、しかと絞りて十分に閂を掛け、一振りに振り出し伊勢ノ濱の勝となれり。
・中入後、勇山宮ヶ崎は難なく立合い、宮ヶ崎は相手の右手を引張り込み上手となりしに、あわや釣られんと思いのほか引張り込みたる相手の右手に「ナタ」を掛けて「ツッパル」にぞ、勇山はほどかんとすれども、差せし手は廻しを取り居るなれば放さじと堪えしかど、遂に支え難く廻しを放すと見えしが、宮ヶ崎は其のまま「トッタリ」にて見事の勝を得たり。
・三役のうち小結は大ノ川泉瀧、立合申し分なく大ノ川は首投を仕掛けしに腰の浅かりしにや、腰を折りて押し倒され泉瀧の勝となり。
・関脇は大和錦藤縄にて、はでやかに立合い藤縄は始めより受け手となり、三四度まで突掛けられ又は弾かれ余程危うかりしが、体を沈めて足に掛からんとせし時、大和錦は得たりと押し潰さんとせしを、藤縄は早くも体を引きしに、大和錦は空にもたれ前へのめりて藤縄の勝とはなれり。
・打止め大関は大達日下山、立合申し分なく二ツ三ツ押し合ううち大達は一声叫んで鉄砲を呉れしに、日下山は手もなく突き出され大達の勝となり。
・弓取の役は今ヶ嶽が花やかに之を勤め、当所晴天十日の間今日大関に叶う大達と名乗を受け、其の他礼式形の如く目出度く打出しとなれり。

梅ヶ谷若島は二行に分かれ横浜にて興行し、また手柄山境川の大関にて越後地方に至るとの事。

さっそく巡業の告知が出ていますが、昔は本場所が年2回しか無い代わりに巡業が多いです。また都内やその周辺で行う花相撲も多く、本場所の直前や直後にも開催されたりして力士達は結構忙しかったようです。境川(さかいがわ)は引退しましたが巡業に参加です。現在でも引退直後で断髪前の横綱が花相撲で土俵入りを披露することがあります。

明治14年夏場所星取表

元横綱・境川浪右衛門

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【2006/07/10 19:46】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所9日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.28)

・昨日、回向院九日目の相撲は見物千六百六十二人なり。
・中入前、藤縄長山は立合申し分なく藤縄は下へ潜り相手の足を取り、手もなく藤縄の勝となれり。
千勝森大纒ははでやかに立合いて最初は刎ね合い、後は手と手にて渡り合い、大纒はしきりに相撲を仕掛け元気盛んに取るものから、名打ての荒相撲千勝森も少し気を呑まれしにや、妙手も出でずただ大事のみ取ると見えし時、水の入り大纒の方に痛みありて引分となれり。
響矢千羽ヶ嶽は難なく立合い、千羽ヶ嶽は相手の左右とも引張り込み閂を掛けひたすら捻り倒さんとすれども、響矢は両手にて廻しを取り動かざりしが隙をうかがい左手を抜きて相手の左腕にあてると其のまま押切りて勝となれり。
梅ヶ谷若島梅ヶ谷の勝なりき。
・中入後伊勢ノ濱若山は、伊勢ノ濱少しく後れて立ちしが、若山はすぐ押し切らんとせしかど、伊勢ノ濱も左右なくは踏切らず土俵に足を掛けて堪えしを、若山は早くも相手の右足を取り、あびせかけて勝ちを得たるは十分の出来なりし。
勢イ小武蔵は双方立合のやかましき相撲ゆえ、見物はこの相撲こそ容易には立つまじなど言い合いし所、互いに力を入れて立上ると勢イは立ち際相手を「ハジキ」て向こうへ廻り、相手の両脇へ手を差したる時、小武蔵は踏み切ると同時に待てと声掛けたれば、早や行司の団扇は勢イの方に揚がりたるゆえ、勢イは名乗りを受け優々と土俵を下りたるに、小武蔵はいかなる訳にや未だ立たぬ相撲なりとてなお取り直さんとするにぞ、四本柱の年寄の種々説き諭し師匠高砂も立入りて漸く小武蔵をなだめ、土俵より下ろしいよいよ勢イの勝となれり。
入間川稲ノ花は難なく立合い、二ツ三ツ刎ね合い稲ノ花は左手を差したるに、入間川はなお右を差されん事を防ぎ居たるに、稲ノ花はうまく右を差し双手の廻しに達するやいな、すぐさま相手を釣り揚げてあびせ掛け勝を得たり。
手柄山武蔵潟は引分となれり。

本場所が始まっても、お構いなしに淡々と更新するブログです(笑)大詰めの九日目だというのに何故か観客が激減してしまいました。天気悪かったのでしょうか?しかも大関同士の取組の描写がひどいことに(;・ω・)やはり若島は体調不十分で相撲にならなかったのかも知れません。立ち合いにうるさい力士、言い掛かりもかなりうるさいようで(;・ω・)高砂といえば後年、自分の弟子に有利な物言いをつける事で悪名を馳せましたが、この時はまだ大人しかったようです。

明治14年夏場所星取表

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【2006/07/09 23:08】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所8日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.27)

・昨日回向院八日目の相撲は終日曇天のゆえにや人出少なく、見物は二千五百六十九人なりし。
・中入前、達ヶ関入間川は立合申し分なく手と手にて渡り合い、しばらく揉み合ううち入間川は相手の右手をたぐりしに、達ヶ関はたまらず前へよろめく所を入間川は後ろへ廻り背より抱えて其のまま相手を土俵の外へ持ち出して勝を得たり。
荒角高千穂は立派に立合い、荒角は遂に相手の右を引張り込み二ツ三ツ揉み合うと見えしが、荒角は大喝一声両腕に力を込め、敵の右手を抱えて一振りに相手を土俵の外へ振り捨て美事の勝を得たり。
梅ヶ谷手柄山は双方声を合わせ潔く立合いて押合いしが、手柄山は土俵を廻らんとする時踏切りて梅ヶ谷の勝となれり。
・中入後、大纒浦風ははでやかに立上り、浦風は相手の左右とも引張り込み絞りて「カンヌキ」にて持出さんとせし所を、大纒は右足を揚げて相手の左脚に掛け両腕に力を入れて右に捻ぢりたるに、浦風は堪り得ず倒されて大纒の勝となりしは美事なる働きというべし。
響矢司天龍は難なく立合い、司天龍は寄りて組まんとするを響矢は組まれては一大事と烈しく手先にて防ぎしかども、遂に司天龍の双手相手の両腕に掛かると其のまま押し切りて司天龍の勝となり。
武蔵潟若島は難なく立合い、若島は右にて相手の上三ツを取り左手にて相手の腋の下の肉を掴み、武蔵潟は左右とも相手の廻しに掛かりしかば力声を出だして釣り上げんとせしに、若島は自若として動かず、敵の相撲を仕掛くるを待ちて為す所あらんとする如くなりしが、遂に水となり若島の方に痛みありて引分となりしは随分骨の折れし立合と見えたり。

先場所5年振りの黒星を喫した梅ヶ谷(うめがたに)でしたが今場所ふたたび勝ちっ放し、全く危なげありません。かたや梅ヶ谷に土をつけた東大関の若島(わかしま)はやや不振、今日の相撲でもどこか痛めたかも知れません。痛み分けの相撲ってこうして見てみると結構多いですね。

明治14年夏場所星取表

西小結・司天龍芳五郎

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【2006/07/08 18:56】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所7日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.24)

・一昨日回向院七日目の相撲は観客五千五百六十二人なり。
・中入前達ヶ関千勝森は、達ヶ関少しく後れて立合いしと見えしに、果たして千勝森は「立合鉄砲」にて苦もなく勝を得たり。
上ヶ汐荒玉は立派に立合い、荒玉は相手に左手を殺され敵の左手にて腋下を支えられ上より絞りて揉合いしが、双方動かずこの時水となり、其の後潔よく組直せしに、其のままほぐれず遂に引分となりしは無理ならぬ勝負と思わる。
浦風千羽ヶ嶽は立合申し分なく、浦風は双手にて相手の両腕を押えて組むやいな「ヅブネリ」を仕掛けしに、図を外さず千羽ヶ嶽は土俵の中央に転げ、浦風の勝となりたり。
入間川荒角は綿密に立合い手と手にて渡り合い、荒角は「ケタグリ」を恐れ入間川は引張り込まれんことを恐るる体なりしが、遂に荒角は目的を達し即ち入間川の左を引張り込みしかど、入間川も老練の上手ゆえうまく右にて相手の左腋を支え、ただ絞りて相手の隙をうかがいありし時、水となり遂に引分となれり。
鞆ノ平響矢は、双方幕の内の日の出ゆえ、見物も一しお気を入れて勝負如何と皆な首を延びて待ち居たりしが、一声の立声と共に立上り双方右を差し「相四ツ」となり押し合いしが、響矢は一きわ力を込め寄ると見えしは是れ一ツの計略にして、鞆ノ平は双身に力を籠めて堪ゆるはずみを得たりと響矢は腰を引き、差し手を利かせ「逆車」にて見事に相手を転覆して響矢の勝となれり。
柏戸武蔵潟は気入りて立合い、柏戸は右を差し廻しを取り、左を相手の右腋にあて右へ捻り左へ廻して揉み上げしかど、武蔵潟はひたすら大事を取り差されし手を抱えて「ナタ」を掛けしが、浅くして振りほどかれまた元の手に復せしとき水となりしに、武蔵潟の方に痛みありて引分となりしはさもあるべき事共なり。
・中入後、小武蔵立田野は立合いむづかしかりしが、立田野は土俵を譲りて仕切りしに、立合いより付け入られ既に踏み切らんとせしが、必死と踏止まりて際どく土俵を廻り、遂に組みて「四ツ」となりし時、水の入りしに小武蔵の方に痛みありて引分となれり。
手柄山清見潟は難なく立合い、手柄山は左を差し其のまま押し切りて勝を得たり。
若島司天龍は、若島少し後れて立ちしと見えしが、果たして受け手となり押し付けられしかど、土俵を二度廻りし後ついに足の止まりて一息つく時、十分に「ハタキコミ」に掛かり双手を砂に付きて司天龍の勝となれり。

・昨日の取組は荒玉常陸山達ヶ関入間川大纒浦風千羽ヶ嶽柏戸荒角高千穂清見潟関の戸鞆の平上汐司天龍響矢武蔵潟若島手柄山梅ヶ谷なりしが朝の天気具合の悪かりしより休みとなり、本日もこの通りの顔触れにて相勤むる由。

この逆車は今でいう呼び戻しでしょうか。すくい投げか突き落としのような感じかも知れませんね。鞆ノ平(とものひら)もまだ入幕2年目ですがこれから長く三役を勤めることになる名力士です。ナタは喉輪の一種で巨人武蔵潟(むさしがた)の得意技であったようです。この日から小結荒虎(あらとら)が休場ですが、この当時の新聞はあまり休場情報が載らず、この日の記事にも一言もありません。

明治14年夏場所星取表

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【2006/07/07 22:32】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所6日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.22)

・昨日回向院六日目の相撲は天気もよく、殊に土曜の半休日ゆえ人出多く、見物は五千零五十二人と云えり。
・中入前、伊勢ノ濱稲ノ花は難なく立合い、稲ノ花は二本共引張り込まれて寄せ付けられしに、両足を張りて踏み堪えしが、あまりに腰の延びしにや、腰を折りて潰れ伊勢ノ濱の勝となれり。
荒玉は念入りて立合い、立つと互いに突き合い居たりしが、はジリジリと寄せ付けられ荒玉はすかさず右を差し左を相手の肩にあて、あびせ掛けて遂に荒玉の勝とはなれり。
荒角上ヶ汐は立派に立上り、荒角は相手の左を抱え我が右手は相手に殺されてありしが、其のまま体を捻りて一杯に押し切らんとせしかば、上ヶ汐は此の機に乗じヤッと一声出だして抱えられし手を抜き、殺せし相手の左手を抱え敵もろともに前へ押して倒れし、すなわち「トッタリ」といえる手なりしが、荒角の方より物言い付きて預りとなれり。
柏戸清見潟は申し分なく立ち合いしが、二ツ三ツ刎ね合いて後たがいに廻しに手を掛けて組合い、かわるがわる投げを打ち合いしが、柏戸の組方や良かりけん、清見潟は相手の「腰車」に掛かりて柏戸の勝となりたり。
手柄山司天龍は双方気入りて立合い、司天龍は速くも左右とも差したりと見えしが、入ると未だ肘に至らざる折、手柄山が上手より諸に抱えし時は既に司天龍は土俵の端にありしかば、其れなりあびせられて手柄山の勝ちとなれり。
梅ヶ谷響矢は綺麗に立合い、響矢は手にて渡らんと欲し、梅ヶ谷武蔵潟が前日手車に掛かりしを気に構えたるか、鋭くこれを防ぎ、遂に突掛けて相手を突き出し勝を得たり。
・中入後、若山司雲龍は「四ツ」に渡りて揉み合い、遂に若山は相手を釣りて勝を得たるは良き働きというべし。
井筒入間川は、立合い申し分なく手と手にて渡り合いしが、入間川は「ケタグリ」しかど届かず、井筒も老練の力士なれば付け入りて下手より組付き、押し切りて井筒の勝となれり。
武蔵潟荒虎は烈しく立合い、手先にて暫く揉合いし後荒虎は上手廻しを取り、武蔵潟は下手廻しを取りしが、武蔵潟は苦もなく相手を釣り揚げしにぞ、荒虎は足を搦まんといらちしも達せず、遂に持ち出され武蔵潟の勝となれり。
鞆ノ平若島は綿密に立合い手と手にて渡り合い、鞆ノ平は段々寄せられし時、下へもぐりて足を取らんとせしが若島は上よりのし掛かりしにぞ何かは堪うべき、鞆ノ平は遂に潰れ若島の勝となりたり。

今日からコメントに初登場の力士名はふりがなをつける事にします。若山(わかやま)に司雲龍(しうんりゅう)、星取表では司雲龍の勝ちとなっています。どちらが正しいのか調査の必要がありそうです。それにしても後半戦はずいぶん観客が入ります、明治初期は相撲が不人気の時代だったと言われ明治17年の天覧相撲を機に人気が沸騰したといいますが、5000人も入れば上々なのではないでしょうか?この時期は三役力士が個性的で実力も拮抗しており、平幕や十両にも若手の成長株がいてなかなかの充実ぶりです。

明治14年夏場所星取表

東関脇・手柄山勝司

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【2006/07/06 21:38】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所5日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.21)

・昨日回向院五日目の相撲は朝の曇りゆえか見物は前日に劣り、すなわち二千八百六十二人なりし。
・中入前、浦湊稲ノ花は立合い申し分なく「右ヨツ」となり、浦湊は相手を寄せ付けそれなり押切らんとせしが、稲ノ花は土俵に足を止め今一息にて相手を「ウッチャ」らんとせしはずみを、流石老練の浦湊は見て取り一つ振り回し十分相手の腰を崩し、押し切りて勝を得たるは如何にも上手の相撲というべし。
上ヶ汐大纒は難なく立合い四ツとなりしに、いかなる怪我にや上ヶ汐は押倒され大纒の勝となりたり。
荒虎千羽ヶ嶽は申し分なく立合い、荒虎は左手を相手の腋下にあて右にて相手の左手を受け、押し切りて荒虎の勝となれり。
響矢武蔵潟は難なく立合い、手と手にて渡り合い押し合う中、響矢は「手車」より下手に抜けんとせしが、遣り損じまた元の手に復せしに、武蔵潟はひたすら潜られん事を恐れて手先に力を込めしを、手取りの響矢はすかさず「手車」を二度連出したれば、武蔵潟は膝手とも土俵の中に突きて響矢の勝となりしは此の日の相撲と言うべし。
若島清見潟は申し分なく立合い、清見潟は立際より荒れて突きかかり一時は出来よく見えしが、力及ばず遂に押し寄せられて若島の勝ちとなれり。
・中入後、高千穂荒玉は両々仕切りよき相撲なれば綺麗に立合い、高千穂は最初左を引張り込まれしが見事に抜き手先にてあしらい、遂に左手にて荒玉の右手を手際に殺し右にて相手の左手を受け押し合いしが、流石の荒玉も左右なくば寄らず双方ためらいてありし時水となりしに、滞りなく組直し暫く揉合いしが勝負付かず、引分とはなれり。
浦風司天龍は気を入れて立合い、浦風は左にて下手廻しを取り、司天龍は右にて上手廻し(一重)を取り左を差せしに、浦風はこの手を抱え「ヨツ」となりて揉合いしが勝負付かず引分となりたり。
手柄山鞆ノ平は難なく立合い、離れては刎ね合いまた手と手にて渡り合いたれど、元気盛んの鞆ノ平は手をほどき「ハタキコミ」てまともに相手の頭を「ハタキ」たるに、手柄山は是れにて決まり鞆ノ平の勝となれり。
梅ヶ谷柏戸梅ヶ谷の勝なりし。

・本所小泉町二番地に住む小泉五兵衛の長男大次郎(七年)が、去る七日両国回向院境内なる相撲櫓の暴風のため倒れし時、そが下に押し伏せられ治療を加えたるも其の効なく絶命せしことは其の頃の紙上に掲げしが、殊に一の憐れむべきは母おふさにして其後は日となく夜となくせがれ大次郎の事のみ嘆き悲しむ其の余り、やや取りのぼせし有様となりせがれの位牌に打ち向い、これ大次郎世の中にそなたの如き不運者はあらぬぞよ何の罪なき此の幼児にかかる非業の死を遂げさするというは余りといえば情けなし、神も仏も此の世界にはなきものか、と生体なく泣き叫び、また櫓太鼓の聞こゆるときは一層に狂い出して、是れよりかの櫓下に至り何とかして此の身を殺し我が子と死所を同じうせん、と突然戸外へ飛び出づる事しばしばなるにぞ、大次郎の祖父は之れを見兼ね此のままにては捨て置き難しと同所警察署へ至り、是非なき事と思い切るようふさに説諭ありたき旨願い出でたりと。また相撲の年寄大嶽はこの事を聞きて痛く憐れみ、金五円を回向料としておふさに贈りたりという。

痛ましい事故ですが昔の新聞は描写が細かいですね。100年以上経った今読んでもその悲しみが伝わってくるようです。この事故を機に、やぐらが倒れにくいように高さを少し低くしたといいます。先場所は響矢の手車をしのいで引分に持ち込んだ武蔵潟も今場所は喰ってしまいました。ここのところ記事の中で紹介される番数が次第に多くなり、紙面に占める相撲記事のスペースが少し広くなってきました。

明治14年夏場所星取表

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【2006/07/05 19:10】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所4日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.20)

・昨日回向院四日目の相撲は見物三千零九十六人にて。
・中入前、長山常陸山は申し分なく立合い、互いに弾き合いて居たりしが、中々に勝負の付かばこそ遂に水まで入りて引分となりし。
司天龍高千穂は、両々若手の売出しゆえ一際気を込めて立合い、始めのうちは弾き合いてありしに、如何なる隙を見たるにや高千穂は二三歩進みて突かかりしにぞ、司天龍は既に踏み切るばかりに退きしが、付入り来る相手を一つすかせて際どくも土俵を廻りしに、高千穂は此の機を外さず左手を差し廻しを取り、右手にて相手の左手を防ぎ止めしが、司天龍は右手にて差されし相手の左手を絞めて、隙あらば絞り揚げて寄せ付けんとえいえい声を出だして揉み合いしも、遂に水と成りて後引分と成りしは残り惜しき勝負なり。
手柄山荒角は立合申し分なく手と手に渡り合い、勝負付かず引分となれり。
梅ヶ谷浦風は、浦風より相撲を仕掛け近寄って組まんと付け入る所にて「ハタキコミ」に掛り、両手を砂に付きて梅ヶ谷の勝となれり。
・中入後、大達司雲龍は双方土付かずの幕下相撲ゆえ念入りて立合い、司雲龍は立声を掛けしに大達は立上りしのみにて声を合わせず、暫くして声を合わせしが司雲龍の力の抜けしにや、手もなく押切られて大達の勝となりしは司雲龍の油断ともいうべきか。
荒玉響矢は申し分なく立上り、響矢は前日荒虎の失敗せしを心に構いしゆえにや決して組み付かず手先にてあしらい居るものから、荒玉は何分この手を引張り込まんと欲して上手より抱え込むを、敵は有名の手取りなれば抜き替えてはあしらうに、荒玉は連日の勝利に勇気満ちたる事なれば、いらちて前へ進む所を「ハタキ」込まれ既に決まるべき姿なりしが、なにぶん体の重量あるゆえか残りて又も渡り合いし時、再び「ハタキ」込まれ此の時は見物もあわや荒玉の負けと見しもの多く、響矢を褒め囃す声満場囂々たりしが、のこりて又も渡り合いしとき水となりしに、何せん荒玉は二度迄相手に鋭気をくじかれたるに気後れしか、或いは取り疲れしにや、痛みに託して土俵を下りしは若手の相撲には苦々しき事ならずや。
清見潟荒虎は双方名代の荒相撲、はでやかに立合い清見潟は立際に「ハタキ」を呉れ、相手のひるむ所を「ツッカケ」て勝を得たり。
上ヶ汐武蔵潟は難なく立合い、上ヶ汐は注文通りの手となり即ち頭を相手の胸に付け左を差して廻しを取り、右にて相手の左手を防ぎつつ其の体を敵の体にクッツケて例の通り(本年一月十二日の紙上に掲げたる相撲景況を参観せよ)右足にて相手の左のアシクビを搦み其のまま前へ押倒して上ヶ汐の勝となれり(尤も此の前の取組には反りて河津に落としたり)。
若島千羽ヶ嶽は難なく立合い、双方左を差しすなわち左「ヨツ」となりて揉み合いしが、千羽ヶ嶽は名代の釣りを仕掛ると思いの外、差せし手を抜きて右手にて一「スクイ」呉れしに、若島は此の手の不意に出たるゆえ身体を流し、手にて土俵の砂を掃き千羽ヶ嶽の勝となれり。

大達は待ったと見せかけたインチキ臭い立ち合い、なかなかセコいことやってます(;・ω・)荒玉は名前の通りに玉のようなアンコ型だったようです。前日は荒虎がまともに組みに行ってその重さにやられているので、ワザ師響矢も十分に対策して好勝負だったようです。やはり分け相撲の時は記者も不満そうですね。

明治14年夏場所星取表

東小結・荒虎敬之助

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【2006/07/04 18:10】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所3日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.19)

・昨日回向院三日目の相撲は、見物弐千二百五十六人にして。
・中入前大達立田野はすこぶる気入りて立合いしばしは弾き合いて居たりしが、立田野は遂に右を差して廻しを取り左も差して腋を受けしも、惜しむべし取りたる廻しの一重なるに手の緩みしかば、大達はここぞ一生懸命の所と上手より絞り揚げて揉み合いし後、水となりしが、立田野に痛みありて引分となりしは残り惜しき勝負なりし。
勢イ荒角は丁寧に立合いしが勢イは立際のツッカケにて相手を突き出だし勝を得たるは随分巧者の取口なりと。
荒虎荒玉の勝負は立合い申し分なく、荒虎は左手を相手の腋下に差し、右にて相手の左手を受け雷の如き声を出だして押し切らんといらちしかど、荒玉は磐石の如く動かばこそ遂に差されし手を絞りて一振りに荒虎を振り出したり。
武蔵潟浦風は難なく立合い、浦風は左差し右にて相手の左手を受けんとせし所を、武蔵潟は差されし手を上より抱えて振りしかば、浦風は腰を崩し手を地に突き、ついに武蔵潟の勝となれり。
若島稲川は、立合うとすぐ若島は左を差し廻しを取り、それなり寄せ付けて勝を取りたり。
関ノ戸達ヶ関は立合申し分なく関ノ戸が突き掛けしを、達ヶ関は右手にて相手の左腋を支えながら後へたぢたぢと退き、すんでのとに踏み切らんと見えしが此の時速し彼の時遅し達ヶ関の右手、敵の左腋を離るると見えしも是れスカという手にして、関ノ戸は土俵の縁に手を突きて達ヶ関の勝となりたり。
司天龍上ヶ汐ははでやかに立合い上ヶ汐は頭を相手の胸につけて組まんとするを司天龍上ヶ汐の得手に掛かりては一大事と大荒れに荒れて突き放すを上ヶ汐は勇気さかんに付け入り付け入り遂に手と手を組みて渡り合いし時、水となりしが、上ヶ汐に痛みありて引分となりしが上ヶ汐は虎口を逃れたりと言うも不可ならんか。
手柄山千羽ヶ嶽は立合うやいな千羽ヶ嶽は右を差し廻しを取りしかば、何かは猶予のあるべき、千羽ヶ嶽は名代の釣に掛け相手を土俵の外へ持出して勝を得たり。
梅ヶ谷高千穂は難なく立合い、高千穂は激しく突き掛かりしかど、力及ばず寄せられて梅ヶ谷の勝となりたるは是非もなき勝負とや。

痛み分けが2番です。相手が強敵で勝算が薄い場合、水入りの際にわざと痛みを訴えれば負けずに済むわけですが、そういった部分がもしかすると無くはなかったかも知れませんね。とりあえず両力士とも翌日以降ちゃんと出場しています。達ヶ関は押し込まれながらも引き落としで逆転といったところでしょうか。「このとき速し、かのとき遅し」とは慣用表現のようです。意味は何でしょう?突然に、素早く、颯爽と、という印象を受けます。

明治14年夏場所星取表

西前頭8・達ヶ関森右衛門

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【2006/07/03 18:06】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所2日目 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.18)

・昨十七日、回向院二日目の相撲は見物千五百人にして。
・中入前の小武蔵宮ヶ崎の立合はついに小武蔵の勝とはなりたれども、余程揉めたる勝負なりし。
浦風清見潟の立合は、浦風は利き手の右を差し左にて相手の右の腕を握りて揉み合いしが、浦風の得手なる「ヅブネリ」に清見潟は土俵の中央にて投げられたり。
関ノ戸長山は立合申し分なかりしも遂に関ノ戸は相手の両手を持ち、一捻りに長山を引き倒して勝を得たり。
司天龍常陸山の立合は余程念入りしが、立ち際常陸山のツッカケに司天龍は今一足にて踏切らんとせしを、手際にも踏止まり遂にツッパリ返して押し切りし時、常陸山は其の手を引きて「ヒッカケ」しが惜しむべし体と体と重なりしゆえ司天龍はのし掛かりて勝ちたり。
梅ヶ谷入間川は立合申し分なく手と手にて渡り合い、双方声を合わせて押し合い居たりしが、流石の梅ヶ谷入間川の「ケタグリ」を恐れてか左右なくは寄り付かざるよう見えしが、入間川はあせりて力を籠め一つ押したる力を借りて梅ヶ谷は「ハタキ」を呉れ入間川を土俵の中央に這わせて勝を得たり。
・中入後、立田野荒角は念入りて立上りしが、立田野は大喝一声相手の横面を撲り、其のひるむを付け入りて左を差し右にて相手の利き手を受け、其れなり押し切りて勝を得たるは前日といい本日といい実に稀代の働きなり。
武蔵潟島田川は、島田川は左を差し右にて相手の左手を受けんとせしかど、あいにく外れて遂に武蔵潟の名代のナタに掛けられ負となりしは是非もなき次第なり。
手柄山達ヶ関は、立合際手柄山が左を差さんとしたるを達ヶ関に「ヒッカケ」られ、余程危うく見えしを手柄山は際どく踏み止まりて勝となりしは誠に危うき勝負なりし。
・本日幕下の相撲に藤ノ戸日下山の立合は実に勇ましく藤ノ戸は立つとすぐさま右手に力を籠めて張り手を呉れ、遂に組付きて勝を得たりしか、この張り手たるや実に機をすかさず相手の鋭気を挫き流石強力の日下山を組止めたるは美事なる働きなりし。
・またこの日の小西川改め司雲龍荒玉は双方若手の贔屓相撲ゆえ、名乗の揚がるや見物はどよめき渡り勝負如何と固唾を呑んでありしに、司雲龍は立声と共に立上り、荒玉は余程立後れしが遂に其のまま声を合わせたり、司雲龍はすかさず右を差し左手にて相手の右手を殺し、双方矢声を掛けて揉み合いしもついに水となりしが、其の後も司雲龍は撓む色なくクッツキてありしに、荒玉も今は何ともすべき手なく遂に引分となりたるは惜しき勝負にてありし。

昔は立ち合いの時にヤッとか声を出しながら立つのが暗黙のルールのようになっていたようで、立ち声という言葉まで登場します。いつ頃から廃れたのでしょう。昭和の戦前くらいまではこういう立ち声の記述を見た覚えがありますが・・・またこの頃の記事には勝負中に発する声についてもよく描写されていて、力士達の気合が伝わってきます。中には立田野のような荒っぽい相撲も・・・

明治14年夏場所星取表

西前頭2・清見潟又市

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【2006/07/02 20:59】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明治14年夏場所初日 (東京横濱毎日新聞/明治14.5.17)

・昨日は両国回向院大相撲の初日なりしが、観客は千百七十五人にて上出来の初日なりし。
・其の番数のうち最も面白かりしものを記さんに、まず伊勢ノ濱荒玉の立合は難なく立合いしが、互いに左を差して揉み合いしに荒玉の力や勝りけん、遂に伊勢ノ濱は片閂を掛けられ受手となると見えしが荒玉はやっと一声相手を見事に振り出して勝を得たり。
荒角千勝森は滞りなく立合い互いに弾きあいしが、千勝森は臆せず相撲を仕掛け引くやらはたくやら金剛力を出だして働きしかば一時は荒角もむつかしき所のありしが、荒角はいらちて一声叫ぶとひとしく千勝森の横面を張りて相手の勢いをそぎ、其のまま付け入りて上三ツを取り、押切り俵外へ押倒したり。
九紋竜柏戸は立合申し分なく、九紋竜は左を差して廻しを取り、右手は支えられて働き得ず、柏戸は差されし相手の左手を抱え右手を受けしまま右に振り左へ回して揉合いしが、もどかしとや思いけん、柏戸は右手を相手の首に掛け、腰を入れて首投げを掛けしかど敵も手取りの九紋竜、腰を落として此の手をのがれ前へ廻りてツッパリしが、遂に此の手をたぐられ諸に俵外へ押し倒され柏戸の勝とはなりぬ。
・中入後、小武蔵泉瀧の立合は殊の外むつかしく四十度の待手なれば双方ぢれこみて行司も余程困じて見えしが、およそ二十分も過ぎて一声の立声と諸共に立ち上りしが、小武蔵は遂に上手となりて泉瀧を釣り上げしかど泉瀧はすかさず足を搦みて川津に落とさんとするものから小武蔵は足を運ばんとすれば相手に川津を掛けられ下ろせば胸算悪しきゆえ、しばらく猶予の見えけるが、泉瀧はこの隙に小武蔵を見事に釣り上げ俵外へ持出して勝を得たるは今日の働きなりし。
立田野稲川の取組は立合い申分なく、立田野は左を差し右にて前袋を取り十分の手となりしが、すかさず腰を入れて投げを打ち見事の勝を得たりけり。
司天龍勢い司天龍の勝となり、荒虎達ヶ関荒虎の勝。梅ヶ谷島田川島田川が足を取り損じすぐさま土俵の外へ弾き出されたり。

序盤戦は上位陣同士の好取組が多いわけでもなく、あまり観客が入らないようですね。40回の待ったは十両の土俵です。勝負への執念でしょうか。年に20日しかありませんからね・・・取り口の描写の中で必ずと言っていいほど立ち合いのことが書かれるのは、やはりこの当時立ち合いの駆け引きがかなりウエートを占めていたのでしょう。今も多少あると思いますが、制限時間があるだけにあまり露骨にやるとすぐに批判されてしまいますね。

明治14年夏場所星取表

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【2006/07/01 18:43】 | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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