![]() ○大相撲 ・一昨日(十日目)は千秋楽の日にて二段目以下の力士ばかりなれど、あたかもよし孝明天皇祭の休日に当りたれば入客相変わらず沢山にて、楽の日らしくは思われざりき。 ・相撲取り切りしのち序の口加入の新力士総出にて土俵祭りの式を行い、部屋頭勧進元代理者を胴上げにしてめでたく打出となりぬ。 ![]() ○相撲社会の者警視庁へ呼び出さる ・紛議づくめの大相撲も表面の仲直りで臭い物に蓋が出来、首尾よく晴天十日の本場所を打ち揚げたれば、改良規約編成の事は一切挙げて委員に託し、東西力士思い思いに地方廻りに出掛けんとて中には一昨夜の東海道終列車に乗り込まんとするもありしが、同日突然警視庁第三部長森田警視より角觝協会へ向け「明三十一日午前九時役員選挙有権者一同出頭せよ」との旨を達したれば、正取締高砂よりこの趣を有権者一同へ報告し、同夜出発せんとせし仲間の者にも足を止めさせ、昨三十一日午前九時には正副取締を始め年寄行司(足袋以上)東西力士百三十余名ならびに仲裁者青木庄太郎、草苅矍翁等の人々警視庁へ出頭したるに、同庁にては先づ一同を総監応接所へ引請し森田第三部長、沼崎第一課長等列席して今度改正すべき規約その他の事につき懇々諭示する所あり、且つ力士一同に対しても粗暴の挙動を誡めよと訓諭したるのち、力士一同その他の人々を引取らせ更に正副取締、仲裁者等をとどめて各自の意見を吐露せしめなお種々協議する所ありしという、いづれ近日その結果を見るに至るべし。 ○小錦横綱免許となる ・東の大関小錦八十吉が横綱免許となるべしとはかねて聞く所なりしが、いよいよこの程年寄仲間の評議一決し、去る二十七日年寄阿武松緑之助、行司木村庄之助の両名より野見宿禰の後裔なる華族子爵五條為栄氏及び本朝相撲の司二十三代吉田追風代理熊本県士族清田直氏へ宛て横綱免許の願書を差出したるに、翌二十八日の夜願人の元へ「明二十九日午前九時細川侯爵邸内清田直方へ来駕あるべし」との通報ありしかば二十九日午前八時臨場し、清田氏より白木造りの三宝に免状を載せて小錦へ授与したり、免状は左の如し。 本所区緑町三丁目二十七番地 小錦八十吉 右者依相撲之位横綱令免許畢以来方屋入の節迄 可相用者也依て免状如件 本朝行司の司二十三代 吉田追風代理 明治二十九年一月二十九日 清田 直(書判) −−−−−−−−−−−−−−−−−−− 本所区緑町三丁目二十七番地 小錦八十吉 右者方屋入の節迄持太刀令免許畢依て免状如件 本朝相撲の司二十三代 吉田追風代理 明治二十九年一月二十九日 清田 直(書判) 右につき小錦は明年の春場所まで横綱免許の披露をせぬといいおれども、贔屓筋の貴紳方などは是非とも今年の五月場所より披露せよと勧め込み、化粧廻しその他の費用についても寄進を申込むもの極めて多しといえり。 ![]() 千秋楽は恒例の勧進元胴上げで無事に打ち出しとなりました。紛擾による延期があったり、休場者も結局は結構な人数になってしまいましたが、最後までファンはついてきてくれたようです。そして協会規約の改正を前にして警察や仲介者による調整が続く中、小錦の横綱推挙が決まりました。同じ片屋の西ノ海が現役のままならばこの昇進は無いでしょうから、この時点でもう西ノ海引退は決まっていたものと推測できます。成績は何年も前から横綱級だった小錦、ようやく頂点に上ります。それでも29歳での横綱は当時としては史上最年少です。 明治29年春場所星取表 |
![]() ○土俵のかずかず ・大纒に雷山は、いづれも不元気同志にて双方立上るや突合にて競い、雷の寄り来るを大は引っ外し泉川に撓めんとせしも極まらず、次で大は左差しにて西溜りの詰めまで押行き下手投にて大の勝。 ・不知火に逆鉾は、逆少し遅れて立ちしが初めは先手争い次いで不知火は右を掛け投を試みしも極まらず、逆の突き手烈しきに堪り得ず遂に東溜りへ突き落されて不知火の勝。 ・谷ノ音に越ヶ嶽は、左四ツとなり谷は越の右差しを泉川で撓め、越は両差しにて投を打ち次いで押出さんとせしも手を撓められおれば力足らず、谷も仕掛けず双方士俵の真中に立往生、水入りてのち左四つとなり双方前袋を取りて勝負つかず引分、つまり谷が引分を待ちしものなるべし。 ・今泉に小松山は、今が左差しで行くを小松は左を巻いて受け右をさして投に行きしも極らず、今は残って一生懸命に寄り行き遂に小松は東の角へ押出されたり。 ・大戸平に小錦は、当日第一の見物とて両力士土俵へ上るや大戸と叫び小錦と呼ぶ声囂々として鳴り渡りぬ、大戸は如何にもしてこの相手を土俵に埋め西方の威勢を示さんと意気込み、小錦はまたこの相手さえやっ付ければ横綱免許の値打ち確かなるより互いに堅くなって念入に仕切り、立上るや大戸は右筈に行くを錦が巻込み左筈にかまえて押出さんとせしに、大戸は体を突入れて首投に行き錦はこれを残して体を右へかわし左足を大戸の寄り来る両足の間へ割込んで捻ぢしかば、さすがの大戸堪り得ず行司溜りへ倒れたり、されども大戸は同体に倒れしと思い立ち上って西の方を見たれども物言の付人なきにすごすごとして引取り、錦は嬉しさの余り大人気なくも両手を挙げてドンドン。 ・當り矢に荒岩は、當り例のハリ手にて相手の肝をひしがんとせしも、荒は屈せず左四つにてしかと組込み釣出さんとして行司溜りへ寄せしに、當りは全力を以て押返さんとし荒はここぞと右をかけしも極らず、更に左を外より掛けもたれて相手を倒したれども、荒にも踏切ありて預かりとなり、荒は釣った魚を猫に取られた様な顔をして引込んだり。 ・楯甲に勝平は、勝が左差しで寄るを楯は巻いて防ぎ左手で首投を行きしも極まらず、勝は素早く楯の右の手を引っかけ後ろへ廻って高股を取りトアシにて押倒さんとせしも、楯は足を踏張りて詰め際より押戻し突き手にて勝を東溜りへ突落せしは天晴なる楯の働き、満場大喝采。 ・一力に高浪は、高が左筈に行くを一は体をすかして一寸捻り、高は土俵の上に横たんぼう。 ・鳳凰に天津風は左四ツに組み二もみ三もみの末、腹櫓にかけて鳳の勝、これにて鳳は西方第一の勝越しなり。 ・大碇に朝汐は、朝の左四つを取りのけんとするうち朝は押寄せて東溜りの詰際へ行き、上手投にて脆くも碇は土俵の外へ飛出したり、この時大碇は自分ながら脆かりしに相好を崩して大笑い、見物も余りの可笑しさにおかめおかめと呼立たり、負けて呼声のかかるはこの人あるのみ。 ![]() ○愛宕下の花相撲 ・横浜にて五日間、横須賀にて三日間の興行を打ち揚げ次第芝愛宕下町三丁目二番地の空き地にて興行する花相撲の幕の内及び幕下七枚迄の顔触左の如し。 (東幕の内) (西幕の内) 大関 大戸平 大関 大 砲 関脇 大 碇 関脇 海 山 小結 鳳 凰 小結 谷ノ音 前頭 小松山 前頭 鬼ヶ谷 同 大 纒 同 鬼鹿毛 同 天津風 同 大蛇潟 同 若 島 同 一 力 同 狭布里 同 小天龍 同 高 浪 同 唐 辛 同 高の森 同 楯 甲 同 不知火 同 當り矢 (東の幕下) (西の幕下) 同 勝 平 同 雷 山 同 松ヶ関 同 笹 島 同 両 國 同 升ノ戸 同 岩戸川 同 祇園山 同 猫 又 同 横 車 同 御舟潟 同 嶽ノ越 同 猪 同 淀 川 ![]() 幕内の最終日です。大関対決はいい勝負でした。最後は柔道の内股のような技でしょうか。小錦も万歳でドンドンですか(;・ω・)当時の力士は天真爛漫というか奔放ですね(;・ω・)大碇はやはり組んでの相撲は苦手とみえて連敗、丸顔でおかめと呼ばれていたそうですが愛嬌があって人気者です。鳳凰は安定した強さで8勝1敗という好成績でした。十両では兵役から復帰の横車が土付かずの活躍。 明治29年春場所星取表 |
![]() ○大相撲 ・一昨二十六日(八日目)は日曜といい取組が面白いといい、充分客足を引くべき価値ありしには依るべけれど、近年無比の大入にてその数五千余人に達し、去る十八年梅ヶ谷と大達が両大関なりし時分よりほとんど絶無の盛況なりき、また昨二十七日は雨天のため休業。 ・唐辛に勝平は、左四つとなり勝は左筈にて押切らんとし唐は残って二本差しとなり、次いで勝は泉川を掛けたれど効かず更に外掛を試みたれど唐は詰め際で廻り込みもたれて遂に勝となりぬ、いくらよい手を出しても細工の悪いは是非もなし。 ・楯甲に當り矢は双方名代の人気力士、當りは左筈楯は右を差し押しと釣りの二手で揉合いしのち水入り、取り疲れて引分。 ・小松山に天津風は、小松が左四つに行くを天は全力を注いで下手投に行き、次いで寄り行くを小松は右手を引いてうまく引落したり。 ・大戸平に朝汐は、先年大戸が倒されし例もあれど、元気弱りし朝汐なれば無論大戸の物ならんと思いしに違わず、ヤッと立上るやすぐに押出して大戸の勝。 ・大纒に高浪は、初めより五分五分の勝負と思いしに違わず大は右四ツの左筈、高は右を巻き左をさし互いに釣らんとして水入り、引分。 ・大碇に今泉は、大相撲とて見物ワヤワヤ騒ぎ立て双方の掛け声四本柱もゆるぐばかりの有様なりしが、やがて二人は立派に仕切り今は左四ツで釣出さんとし碇は何のと釣舟に行くを押寄せられアワヤと見えしを、詰めを廻って反対に押寄せしが今は双手にて廻しをしっかと握り、やぐらに掛けて釣出したは天晴大手柄、暫時は鳴りも止まざりき。 ・大蛇潟に逆鉾は、例の仕切にぐづぐづする大蛇の事とて見物初めより嫌がりおりしが、果して仕切に十余分間を費やしイザ立上るやわづか一分もたたざるに難の苦もなく大蛇ははたかれて行司溜りへ突落とされぬ。 ・鳳凰に若島は双方人気力士、殊に鳳は土俵入にも声かかるほどの勢いなれば土俵へ上るやニコニコとして何となく嬉しそうに見え、双方立上るや突合い二三合にしてたちまち若は東溜りへ突落されたり。 ・谷ノ音に小錦は、前日大碇に負けたる小錦なれば七三位の見込なりしが、如何しても小錦は強いもの双方仕切の早い同志とて何の苦もなく立上り、手先争いの末錦は谷の左手を取って引落さんとし谷は引かるるまま突落さんとするを、錦は体をかわして首尾よく谷を突き出したれど、力余って己れも共に東溜りへコロコロ転び落ち、逆に手をつき腰を打ち立ちも得やらず倒れおりしを、谷ノ音と今泉とが引き起こして勝ち名乗を受けさせたり。 ![]() 好取組が多い終盤戦、超満員となりました。ここまで好調の鳳凰、新進の若嶋を難なく退けて1敗を守ります。土付かずの谷ノ音は小錦のスピードについていけず後退。大碇は今泉に敗れて2敗、廻しを取れば腕力に勝る今泉が圧倒的に有利です。釣舟とはどういう技なのか分かりませんが、釣り技の一種でしょうか?大戸平は不調の朝汐を破って5連勝、序盤はどうかと思われましたが大関として意地を見せています。 明治29年春場所星取表 |
![]() ○土俵のかずかず ・一力に當り矢は好相撲にて見物待ちかねの様子なりしが、當りは左筈で押さんとし一は下手投を行きたれど極まらず、取り疲れて引分け。 ・天津風に小天龍は綺麗に仕切て立上り、天は引落しに行き更に小天の左手を泉川に撓めて押出したはアッケなし。 ・出羽ノ海に大纒はなかなかの好相撲にて、大の押し来るを二本差しに行き、変じて腰投をかけしを大は残して逆投に行き、出羽は腰砕けて美事に土俵の外へ投げ出されたり。 ・今泉に谷ノ音は、今が仕掛けて釣舟に行かんと挑みしも谷は大事を取って相撲を仕掛けず、遂に引分となりしは谷の本望土をつけまじとの臆病か。 ・大碇に小錦は、西の大関大戸平が既に土がついておるに対しても大碇に勝たせたしというもあり、兎に角当日第一の好相撲とて固唾を呑んで見ておると、小錦は充分土俵を譲り碇は心中注文ありと見え中々容易に仕切らざりしが、立上るや錦が突手に行くを幸い碇は組まれては大変と同じく突手を試み二三度詰際まで押寄せられしを残り、電火の如く身を飛ばして廻る時、錦はこれと共に廻り過ぎて行司溜りの左の方へ近寄りしを、碇はすかさず突き寄って遂に錦を土俵の外へ突き出したれば、碇は嬉しさの余り大手を広げてドンドンといい見物の投げ物土俵の上に山積せり。 ・楯甲に横車はいづれも売出しの若手力士、互いに釣合い押合いしのち取り疲れて引分となりぬ。 ・狭布ノ里に鳳凰は、狭布が左四ツに行くを双手を廻して何の苦もなく釣出したるは是非もなし。 ・朝汐に小松山は、近頃新橋辺にお楽しみが出来たとやらで元気の弱った朝汐なれば、この相手にも持てあまし小松が左四つにて釣らんとするを朝は防いで投を行きしも極らず水入り、遂に引分。 ![]() 大ベテラン出羽ノ海はここまで全敗で休場しますが、取組内容を見ても足腰がすっかり衰えて引退の近いことを思わせます。張出の大碇と大関小錦の対戦は大碇、うまく回り込んで勝ち星を取りました。小錦にスピード負けしない力士は数少なく、得意の強烈な押しが冴えました。「ドンドン」と言ったのでしょうか?変わった雄叫びです(;・ω・)朝汐は芸者遊びが過ぎて不調だそうで(;・ω・) 明治29年春場所星取表 |
![]() ○土俵のかずかず ・一昨日(六日目)は板垣伯、山地将軍などいう土佐出身の貴紳も見えたるに、肝腎当日の好相撲と聞えたる小錦の相手海山(土佐出身)が土俵入をせざるゆえ伯は殊のほか失望し、しばしば師匠友綱をして出勤を促さしめたれども、何分風邪にて熱も高しというに詮方なく小錦もやむを得ず場所を引上げたり、また大砲に越ヶ嶽、大蛇潟に鉄ヶ嶽の二組はいづれも見物待ちかねなりしに都合あって休みとなり、この他東方にて千年川、北海の両力士が出勤せず、詮ずる所東方の幕内は六人出勤して十人欠勤の勘定なりしが、幕下にも腕利きの力士多ければ相撲は中々面白かりし。 ・楯甲に荒岩は、立上るや突合い楯がはたいて落さんとせしを荒は危うく残して左四ツとなり、揉合いののち楯の隙を見て引落したる荒の手際は天晴天晴。 ・勝平に梅ヶ崎は、梅が寄って得意の四ツに行くを勝は飛びしさり更に廻って手先の仕事を試みんとするを、梅は激しく突入り上手を引き左筈にて寄り釣らんとするに、勝は両手にて堅く前袋を引き梅は前日同様の運命に迫りしが、釣も効かず寄りもならず果ては満場の大笑い、水入りてのち引分となりぬ。 ・鬼ヶ谷に若島は立上るや若左四ツに組み、のちほぐれて打合いとなり、若は咽喉輪を試みて極まらず左筈にて押切らんとするを、鬼は受止め寄合いて互いに釣出さんとし、双方顔を真赤にしたれど勝負つかず水入後引分け。 ・朝汐に鳳凰は当日第一の好勝負にて見物固唾を呑んで見ておりしに、立上るや突合い二三合ののち朝は二本差しに行くを鳳は閂に掛け絞り上げ、朝は捻るか押すかの二手のほか為す所を知らずしきりにいづれをか試みんとしたれども、鳳は絞り詰めて動かせずジリジリと東溜りの隅へ押寄せ、朝は土俵に足の触りしよりシャニムニ押戻さんとすれど、手は効かずアワヤという間に鳳は逆に捻ぢ倒して朝汐を東溜りの検査役尾車文五郎の座りおる上へ横さまに倒したり、この時満場大喝采。 ・大戸平に今泉は、前日今が大砲を巻き落したる例あれば大戸も中々油断せず、念入りに立上るや今は寄らんとし、大戸は寄せ付かせず押切りて大戸の勝はアッケなし。 ・小天龍に高浪は、高左をさし泉川にて撓め出さんとせしも効かず、解けて突合いとなり高は再び首投に行くも効かず相四ツとなり水入ののち引分け、いづれも骨の折れし様子なりし。 ・一力に松ヶ関は、立上るや突張り合いて四つに組み、解けて筈になるかと思えばまた四ツになり、あたかも切抜き画の相撲取を見るの趣ありしが、双方別に手も出ずおよそ十分間ほど土俵の真中に組合いしまま動きも得せず、取り疲れて引分は可笑しかりき。 ・鬼鹿毛に當り矢は、立上るや突合の一点張なりしが當りの突き手激しきには鹿毛溜まり得ず、遂に土俵の外へ突出されしは鉄砲にて手鞠を打ちしに異ならず。 ・小松山に横車は、まづ左四つに組み互いに釣出さんとして揉み合いしが、遂に取り疲れて引分け。 ・大碇に出羽ノ海は、仕舞いではあり強弱すでに分かってはおり、誰とて真面目に見るものなく帰り支度をしておるうち、ヤッと立上る声の聞こゆるやたちまち出羽は突出され土俵の外ヘコロコロコロ。 ![]() 海山の休場はケガのせいではなく風邪のようです。前日の敗戦も、もしかすると無理して出場していたのかも知れません。さて荒岩、番付は幕下二枚目で真龍という名だったのですが改名して出場、勝ち進んで幕内楯甲との対戦が組まれました。十両を飛び越して幕内との対戦は非常に珍しいですが、なんと勝利を収めました。年に2場所しか開催されないこの時代、実力の進歩に番付の昇進が追いつかないケースが時々あり、この荒岩もまた幕下にいながらすでに幕内級の実力を持っていることがうかがえます。今場所騒動の発端となった鳳凰は好調で得意の閂を極めて朝汐に完勝、この頃の審判は土俵上の四隅に座布団を敷いて座っているのですが、こうして力士が倒れてくるので危なかったことでしょう(;・ω・) 明治29年春場所星取表 |
![]() ○土俵のかずかず ・一昨日より客足いよいよ多きを加え、今明両日の如きは上中等の桟敷売切れとなり勧進元は大喜び、これ全く紛議のお蔭なるか、さすれば毎年一度はもめるもよからんと仇口たたく人もありけり。 ・鉄ヶ嶽に不知火は、幕と二段目の違いこそあれ鉄も次場所には幕に入るべき元気力士、双方念入りにて立上りさま不知火は突張て筈に行き内掛にて捻倒さんとするを、鉄は踏張り押返し今度は不知火が外掛に行き極まりしも、同体に流れてしかも不知火先へ落ちたれば団扇は鉄に上り、のち物言つきて預かりとなる。 ・高浪に鬼鹿毛は双方大兵の力士、二三度突合うや鬼は小手投げ極らず、今度は足癖に行きもたれて遂に勝を制したれば満場ドッと唸りけり。 ・狭布ノ里に海山は、七三位の割合なれば海手の物と安心して立上りしに、激しく突合いしのち狭布右をさし海は巻込んで小手投を試みたれども、狭布は手早く引外して後へ廻るを逃さじものをと振向いて出直し、敵がすきを見て突いて来るを残って投げを掛けたれど、狭布は右を巻き外掛にて難なく海を倒したれば満場湧くが如きの喝釆にて、羽織帽子の土俵をさして飛び来るもの雨あられとぞ見えたりける。 ・逆鉾に大碇は、片や張出し大関の貫目あれども逆も名に負う手練の力士、見物ならんと見ておるに大碇は大達流の拳固中腰で仕切り、見物は馬鹿にするなと罵りおりしが、やがて双方激しく突合い四ツに組んでまた解れて小手争いとなり、碇が押して来るを逆は引外し碇が気抜けでいる所を横合よりすかさず強く突いたれば碇は脆くも大手を広げて俯伏に突落され、糸目の切れた奴凧の如くに見られたり。 ・當り矢に鬼ヶ谷は、立上るや双方激しく突合い打合いトンと喧嘩に異ならず、やがて鬼は二本ざしに行かんと寄り進むを、當り矢は当たり烈しく平手で鬼の横ッ面を打ちたれば鬼はたちまち眼くらみややよろめかんとする所を、早くも付入り土俵の外へ突出したり、この時鬼は左眼よりホロリと落す一ト雫これや鬼の眼の涙ならんか。 ・鷲ヶ濱に淀川はいづれ劣らぬ老武者とてごく念入に立上り、まづ尋常に四ツに組みエイヤエイヤと挑みしのち、鷲は体を進ませて遂に相手を西溜りの隅へ押出したり、鷲は元より頭部と身体こそ立派なれ、足短くして腰まがり殊に老人と来ておればそのさまポンチ絵に異ならず、この時の嬉しい様子当日第一の大愛敬、中には爺さん御苦労というもありけり。 ・小錦に鳳凰は当日第一の呼物にて、双方土俵へ上るや小錦小錦鳳凰鳳凰と呼ぶ声天地を動かし、さながら火事場に臨むの趣ありけり、これがため鳳凰は気のぼせでもしたか容易に仕切れずしばしば待たの後、立上るや小錦は右四ツに組み鳳凰は解いて投に行かんとしたれど、そこは場馴の小錦満身の力を出してグングン押行き行司溜りの土俵際まで迫りしを、鳳は巻き落さんとしたれども小錦先んじて外掛をきめ難なくこれを倒したり、どうしても小錦は大関なりと見物一同感心せり。 ・梅ヶ崎に若島は双方互角の人気力士、念入れて立上るや左四つとなり双方投を試みて効かず、次いで二本差しとなり前袋を引いて釣出さんと互いにあせりしもこれまた効かず、梅は腹を引き締められて瓢箪の様になり、遂に取り疲れて引分けたがこの時双方とも真蒼面になって疲れいたり、聞く所によればこんな苦しい取組は珍しいという。 ・大砲に今泉は、例の通り大砲がノッソリと土俵へ上るや泉より注文をして立上り、砲の左をさし右筈に当て押出さんとし、東溜りの土俵際まで押寄せたを流石は大砲闔身の勇を揮って踏止り、今度はあべこべに敵を行司溜りまで押詰めたるに、泉は見事に体をかわし巻き落して勝を占めたるは中々立派なる相撲なりし。 ![]() 十両の鉄ヶ嶽(てつがたけ)は元大阪廣角組で5年前に参戦して大負けしましたが、正式に移籍してこうして幕内目前まで実力をつけてきた珍しい存在です。惜しい相撲でした。狭布里は実力者の海山を破って2個目の殊勲の星、海山はどこか痛めたのか休場してしまいます。殊勲といえばこの日は逆鉾(さかほこ)が十両力士ながら大碇と対戦、見事な勝利でした。身長170cmに満たない小兵ですが、その技術は名人と言われ後に三役に定着して活躍します。連日上位陣と対戦が組まれるのは早くも期待を集めている表れでしょう。小錦と鳳凰の大一番は大関の貫禄勝ち、人気実力ともにナンバー1は揺るぎません。 明治29年春場所星取表 |
![]() ○土俵のかずかず ・谷ノ音に千年川は互角の力量、千年は左四ツに組みしばらく揉合い更に釣らんとせしに、谷は外掛にてもたれ込み勝を占めたり、この時見物の喝采は百雷の轟くに異ならず、ここかしこより谷ノ音谷ノ音と囃し立て、同人は打出しまで桟敷廻りに忙しかりき。 ・大戸平に天津風は、大戸前日敗を取りしため評判悪しかりしが、やがて左四ツに組んで揉合うや天津は大事を取りて少しも仕掛けず、大戸は釣舟に行かんとしたれど天津の体肥満のため極まらず、大戸も大事を取りて呼吸を計るうち水入となりぬ、この時見物は大戸引込めと罵りし折しも組直すや大戸はこの悪口に激して獅子奮迅の勇を振るい遂に引寄せて釣出したれば、悪評変じて好評となり、満場破れるばかりの大喝采なりし。 ・鉄ヶ嶽に唐辛は、段違いなれど鉄も劣らぬ手取にて、相四ツとなり互いに釣合い水入後再び釣合い引分となりしが、一方が足癖をかければ一方が釣を戻し一進一退もみ合う有様、さながら腕白小僧がダダを捏ね合うに異ならず、始終満場大笑い。 ・梅ヶ崎に出羽ノ海は、出羽右を取らんとせしを梅が引き外し一突つきしが、効き過ぎて西溜まりの土俵の隅へ尻餅をつきたれば、出羽は呆れて口アングリ、やっと目を擦りて気のつきし様子なりしは当日第一の大愛敬。 ・荒岩(真龍改め)に高見山は双方とも人気盛り、殊に高見山は凱旋兵なりとて一段見物の受けもよし、さて立上るや双方激しく張手にて小手争いより左四つとなり、荒岩は手訓のスクイをかけしが極まりて勝を制しぬ。 ・勝平に鬼鹿毛は、小兵に大兵なれば見物大半初めより鬼に望みを属せしが、勝は例の手取もの、敵の下を潜りて爪取りしを鬼は耐えて直ぐに右をさし、投に行くを勝は外掛にてもたれたれば鬼はタヂタヂタヂと六足ばかりも踏切りたり。 ・海山に若島は、勝負如何と固唾を呑んで見ておりしに、若右手を取り小手投に行くを海は引外し、すかさず激しく突出したる鉄砲に若こらえ切れず突出されたり。 ![]() ○従軍力士 ・二段目力士横車は、しばしば本紙に記せし如く予備召集に応じて出征し、かの鴨緑江において偉大の戦功を奏したるにより、勲八等に叙せられ一時賜金百円を下附せられたれば、横車はこれをそっくり師匠武蔵川へ預けて保管を託し、武蔵川もその心掛を賞して袴一具を与えたり、よって横車はこの程件の袴に勲章を懸け贔屓先を礼に廻りしよし。 ・また二段目の宮戸川は、征清軍の軍夫となり二千円余の金を貯蓄して安田現行へ預けたれば、近々廃業して実業に就くという。 ![]() 関脇から平幕に落ちていた谷ノ音は今場所好調、大得意の足技を決めて4連勝です。当時は客席の贔屓客を廻って祝儀をもらって歩くのが認められていたようですが、これも国技館建設後の相撲近代化に伴い禁止された習慣です。連敗中の大戸平は引き分け寸前でしたがヤジに奮起。幕下の相撲、荒岩(あらいわ)という力士が登場してきましたが、のちに名大関と呼ばれることになる大力士です。すでに注目度が高いようですね。それにしても宮戸川という力士、二千円とはすごい大金ですが軍隊はそんなに給料がもらえるのでしょうか。どんな事業を始めたのかも気になるところです。 明治29年春場所星取表 |
![]() ○土俵のかずかず ・勝平と両國は、勝が飛び違いに仕掛け行くを両危うく残して巻きにかかり、今度は勝より投げに行く途端両は寄りながらもたれ込み双方同体に流れて預かりとなりしも、星は両が占め満場破るるばかりの大喝采。 ・若島と大戸平は、大戸が前日の故に堅くなりしに引替え若は血気の人気相撲、ぶつかり放題ぶつかるので最初より取組おもしろく大戸は泉川を極めて撓め出さんとしたれど、若は引外して左筈に押行き東溜りへ押出したるは天晴由々しき大手柄、見物いづれも我を忘れて投げ物をなし、その数積んで山を成しぬ。 ![]() ・欠勤中の西ノ海は去る十八日の朝、幕内力士の稽古をしているうち如何したはづみか右の二の腕を逆に引かれ目下なお治療中なれば今度の相撲には如何しても出られぬという、響升は田舎で安物買いをしたものと見え、例の醜病に脚部を痛め昨今煩悶中なりといえばこれも先づ出勤は覚束なし、西の方士鬼鹿毛は開場前の紛議に大戸平の股肱として働き、余り酒を飲過ぎたのて身体弱り欠勤中なりしが、師の雷に叱られたので是非なく昨日より出勤。 ![]() 勝平は十両力士ですがスピードのある小兵の業師、この日も見ごたえのある相撲でした。しかしながら星取表を見ると対戦相手は不知火となっており、両國というのは何かの間違いでしょうか?大戸平は2日続けて新入幕力士に黒星、大関としては非常に珍しい記録ではないでしょうか。若嶋への祝儀の纒頭が飛び交いました。現在なら座布団が舞っていたことでしょう。西ノ海は今回の騒動の発端ともなっているので遠慮して休んでいるのかと思いましたが実際に負傷しているようです。鬼鹿毛は酒の飲み過ぎで休場中(;・ω・)初代梅ヶ谷の雷親方に叱られたのでは出るしかありません。 明治29年春場所星取表 |
![]() ○回向院大相撲 ・雷山に増田川は、立上り増の左差しに来るを外して二三度突き合いしが、タタき雷の勝。 ・唐辛に岩木野は立上り右四ツ必死と角力ううち、ヂリヂリと岩は寄せ来るを土俵際にて上手投にせんとする一居合、双方に踏切りありとて苦情起こり預りとなりしが、星は多分唐の物なるべしという。 ・小天龍に当り矢は、立上りすぐ突き出して当りの勝。 ・小松山に越ヶ嶽は、立上り左四ツすぐ合四ツにて揉み合い、間もなく釣りで小松山の勝。 ・谷ノ音に玉龍は、立上り玉の足癖を物の数ともせず寄り倒して谷の勝。 ・鬼ヶ谷に北海は、立上り激しく突き合い鬼は土俵際にてすでに危うくなりしが、低くなりて足を取り勝となりしは幸福。 ・梅ヶ崎に朝汐は、立上り一二合突き合いすぐ突き出して朝の勝。 ・大砲に若嶋は、立上り双方激しく突き合い若の左差しをたぐりつつまた寄りて大の勝。 ・大戸平に京ノ里は、立上り大戸の泉川にて押し来るを足くせにて京の勝を制せしは一世の幸福なり。 ・中入後、勝平に笹嶋は立上るが早いか足を取りて勝の勝は名詮自性。 ・楯甲に逆鉾は、立上り一二度突き合いすぐ突き出して逆の勝。 ・一力に鉄ヶ嶽は、立上り右四ツここを先途と争ううち、一の寄り来るを土俵際にて捨てんとして共に倒れ扇は鉄に上りたれども、苦情起こりて預りとなれり。 ・不知火に出羽ノ海は、立上り左差し寄り切って不知の勝。 ・鳳凰に今泉は、立上り今の両差しを閂にて振り投げんとせしが効なく、崩して左四ツと寄りて鳳の勝。 ・大纒に千年川は、立上り一二合突き合い左差し寄り切って千年の勝。 ・海山に高浪は、立上るや否や小手投にて海の勝。 ・大碇に天ツ風は、立上り泉川にて碇の勝。 ・大蛇潟に小錦は、立上りすぐ押し出して錦の勝にて打出したり。 ![]() 大戸平が新入幕の狭布里に敗れる波乱。十両では強みを見せていた新入幕の若嶋は連敗スタート。幕内下位の力士は序盤で上位と対戦する形になるので、新入幕力士にとってはキツい対戦が続きます。小錦は休場明けですが抜群の安定感を見せているのは流石です。 明治29年春場所星取表 |
![]() ○回向院大相撲 ・前号の紙上に記せし如く紛紜無事にまとまり一昨十九日初日となりたり、同日は日曜日の事とて面白き顔合せの少なきにも拘わらず景気よかりし。 ・勝平に大蛇潟は、左差し寄り倒して大蛇の勝。 ・当り矢に大纒は一二合突き合い、突き出して当の勝。 ・天津風に鬼ヶ谷は、合四つにて角力いしが下手投にて天の勝。 ・今泉に松ヶ関は五六合突き合い、今の左差しをはづして右四ツとなり揉み合いしが、押し倒して今の勝。 ・鉄ヶ嶽に鳳凰は、撓め出しにて鳳の勝。 ・越ヶ嶽に海山は、左四ツ海の釣り出しを堪えまた左四ツとなり、上手投げにて越の勝は綺麗なり。 ・千年川に不知火は、三四度突き合い不知のよろめく所を廻りて突き出し千年の勝。 ・小錦に一力は一二合突き合い、すぐ突き出して錦の勝。 ・中入後、両國に梅ヶ崎は、激しく突き合い瞬く間に突き出して両の勝は素早きもの。 ・玉龍に雷山は、二三合突き合いハタキ込みて雷の勝。 ・逆鉾に小松山は、左筈押し出して逆の勝。 ・出羽ノ海に谷ノ音は、左四ツ引落して谷の勝。 ・北海に唐辛は、突き合い寄り倒して北の勝。 ・京ノ里に大砲は、一二合突き合い寄り切りて大の勝。 ・若嶋に大碇は、立上り左四ツまた合四ツとなり角力ううち水入、後再び組みて腰くだけ若の敗。 ・朝汐に小天龍は、突き合い突張りにて小天の勝。 ・高浪に大戸平は、左差し寄り倒し大戸の勝にて打ち出したり。 ![]() ○大相撲 ・紛議に紛議、葛藤に葛藤を重ねたる回向院大相撲は、前号に記せし如く首尾よく和解の好果を見るに及び、本日を以て返り初日を出す事になりしにつき、昨日は午前八時より十組の触太鼓を廻し小屋の木戸口には飾り樽を積み贈り幟を立てたれば、近傍一円にわかに景気づき昨日の霜枯今日の春陽、二季の相撲を命の綱と頼む関係人一同が開く愁眉と引く霞、瑞雲靄靆、並ぶ櫓はなけれども錦繍を引くに異ならず、殊に今日の初日は日曜の休暇なるをもて貴顕紳士会社員の付込みも少なからず、二十一日よりは吉原その他の付込み概ね虚日なしという、かねては昨日年寄仲間と主だちたる力士とが和解の祝宴を開く筈なりしも、力士仲間はこの程より連日の集会に金を使い過ぎ化粧廻し羽織などを七ツ屋へ飛ばしたも多ければ、この上酒を飲んで第二次会でも開いた日には身躯も疲れる懐中も寂れる稽古も充分出来ぬからとて閉場後打ちくつろいで飲む事に寸法を替えたという。(東京朝日新聞/1.19) ![]() 開催の危ぶまれた春場所、待ちに待った初日でファン達の喜ぶ様子や何となく華やいだ街の雰囲気が目に浮かびます。西ノ海は休場してしまいましたが他の役力士は勢揃い。先場所の好成績で新小結に昇進した怪力の海山は越ヶ嶽との力相撲で黒星を取ってしまいましたが、今回の事件で奔走した西方力士がよく奮闘して白星を稼いでいます。化粧廻しを質屋に流してしまった力士は気の毒ですが、集会のたびに酒を飲み過ぎなのではないかと想像します(;・ω・) 明治29年春場所星取表 |







